第13話:勇者王国、動く
「状況を知らせよ!!」
「ハッ! 見張り塔の衛兵たちの報告より、ワーム三! スケルトン一千以上! さらに魔導師一以上を確認! 王都西方より、こちらへ接近中とのことです!」
突然に鳴り響いた警鐘。平和なフォルティス・グランダムに広がった戦いの気配を前に、アルス王は険しい表情となっていた。
「一体何者が……何の目的で……?」
「現在、相手側からの宣告そのほかは不明! 射程距離に入り次第、最大火力にて迎撃すると衛兵長より報告がございます!」
「……わかった」
アルス王は深くため息をつき、報告へやって来ていた兵士を下げ、内政大臣の方を見やる。
「大臣。王都内の避難はどうなっている?」
「ハッ。警鐘発令後、王国騎士団により避難誘導を行っております。現在、大きな混乱は見られず、避難完了確認まで一時間程度だろう、と報告がございます」
「よし。安全を確認するまで、国民たちに外出を禁ずるよう、徹底せよ。もし必要があるのであれば、必ず伝声石を通じ、衛兵か騎士を呼ぶようにするのだ」
「騎士たちを通じ、徹底いたします」
大臣は一礼し、そのまま玉座の間を後にする。
玉座の間に残されたのは、アルス王とニーナの二人だけとなった。
(資源も芳醇な大地も存在しないこの国を襲う理由は……やはり魔王の存在だろうか)
フォルティス・グランダムを襲う戦略的理由など、そのくらいしか思いつかない。
フォルティス・グランダムは国を支える資源の大半を、貿易によって賄っているような有様だ。わざわざこの国を襲う理由など、今だ滅んでいないとされている魔王の封印か何かを解くためだとしか考えられない。
(この国の中にも、そのような痕跡はないというのに……。いつの時代にも、愚か者はいるものだ)
深く玉座に腰掛け、また一つため息をつくアルス王を見て、ニーナが不安そうな声を出す。
「お、お父様……」
「ニーナ、心配するな。このような日が来ようとも、我々は負けぬために日々を過ごしてきたのだ」
アルス王は決然とした瞳でニーナを見やり、力強く頷いた。
「今は信じるのだ。この国の……フォルティス・グランダムの強さを」
「は、はい……」
不安げにニーナが一つ頷いた時、足早に玉座の間へとやってくる者たちがいた。
「国王! 先ほどの警鐘は!?」
「おお、ゲンジ君に、ノクターン君か」
警鐘を聞いて、午後の訓練を放り出してやってきたゲンジとノクターンであった。
二人とも、険しい表情でアルス王を見つめている。
「すまんな、わざわざ……。君たちには、勇者候補の皆を守って欲しいところであるが……」
「そうも言ってられませんでしょう、国王。今、この国にいる勇者は、こちらのゲンジのみです」
ノクターンはそう言って、一歩前に出る。
「私も英傑の一人。多少の悪漢は跳ね除ける自信はありますが……イデアを持っているものが現れたならば、話は別です」
「最悪には、常に備えるべきでしょう。アルス王、状況は!?」
ノクターンの後ろに立ちながら、ゲンジは拳を握って王に問いかける。
返事を聞き次第、すぐにでも飛び出しかねない勢いだ。
そんな二人を見て思案しながら、アルス王はゆっくりと状況を語った。
「ふむ……。王都の西方より、ワームを含むスケルトンの群れが接近している」
「ワームと……スケルトン?」
「うむ。最低でも、一人以上の魔導師が随伴しているようだ。恐らく、この国を襲うためにどこかで召喚された者たちだろう」
王の言葉に、難しい表情になるゲンジたち。
どう対応すべきか、悩んでいるのだろう。
そんな彼らの悩みを断つ様に、アルス王ははっきりと告げる。
「すでに、城壁にて衛兵たちが迎撃体勢を整えておる。諸君らはフォルティスカレッジへと戻り、候補生たちに指示を出すのだ。警鐘を聞き、勇み足に走るものもでるかも知れぬ」
勇者となるべくフォルティスカレッジにやって来た者たちは、大なり小なり功名に走り勝ちだ。
それを諌めるのもまた、教官の仕事である。
「「――ハッ!」」
ゲンジたちはアルス王の言葉に敬礼を返し、素早く身を翻した。
――フォルティスカレッジに戻る道すがら、二人は簡単に現状を話し合う。
「王都を襲うメリット。魔王の伝承意外に何かあると思うか?」
「ないな。この国は、言うほど裕福と言うわけではない……。六大国の盟主ではあるが、その実験は張子の虎状態だ。わざわざ、危険を冒して潰す必要もない」
ノクターンは険しい表情で、王城の片隅、魔王討伐時代から存在すると言われる、宝物庫の方を見やる。
「……古い魔法道具の類ならあるが、あんなものを欲しがる理由もわからん」
「そうか。なら、理由は考えないようにするか。まずは、脅威を排除すべきだな」
ゲンジは思考を切り替え、今迫っている危険を考えることにしたようだ。
「王の言うとおり、まずは候補生たちを抑えるほうが先だな。幾人か、町に飛び出しかねんだろう」
「……そうだな。まずは、そちらから」
ノクターンも首を振り、今度はフォルティスカレッジの方を見る。
警鐘発令のため、訓練中止しているが、場合によっては何かさせて気を逸らす必要もあるだろうか。
二人の教官は、残してきた候補生たちのことを考え、王城内の廊下を駆け抜けた。
その頃、フォルティスカレッジの一角では。
「ダトル!! どこへ行く気なの!?」
フランの怒号が辺りに轟いていた。
廊下に飛び出した彼女の視線の先には、ダトルと彼の取り巻きをしている少年た血が、今まさに階段を下りようとしているところであった。
「私たちに与えられた指示は講義室での待機よ! 命令違反は許されないわ!!」
「黙ってろよフラン! こいつはでかいチャンスなんだ!!」
ダトルは振り返り、フランに向かって手勝ち誇ったような表情をする。
「俺たちが勇者として認められてねぇのはなんでだ!? 初代アルス王は、俺たちぐらいの歳にはもう勇者として認められてたんだぜ!?」
「そんなの、実力不足に決まっているでしょう!?」
「いいや、実績だね!! 初代アルス王は、この歳ですでに町を一つ救っていた!」
「何を言ってるの……!?」
「この警鐘は、俺たちへのプレゼントさ! 手柄を立てろってな!!」
大げさな身振り手振りで叫ぶダトル。
強い自己陶酔が見られるが、周囲の少年たちはそれを諌める事はない。それどころか、彼らも何かに酔っているように見える。
「この警鐘を鳴らした危機の原因を取り除いて、俺たちは一足先に勇者になるんだ! あの、招かれ組なんかじゃなく、俺たちが勇者になるのさ!!」
「バカじゃないの……!? 貴方がいったところで――!」
フランは呆れたように叫ぼうとするが、それを無視してダトルは階段を駆け下りていった。
「ダトルッ!!」
「お前はそこで足踏みしてなっ!」
そのまま姿の消えてしまったダトル。
フランは一瞬だけ迷ったが、講義室の中に向かって叫ぶ。
「私、ダトルを連れ戻しにいくわ!」
「え!? だ、大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃないわよ……! 先生たちには、私たちのことを正直に言って!」
仲間にそう告げ、フランはダトルを追って駆け出す。
「私たちなんかがいっても、邪魔になるだけなのはわかるでしょう……! なんなの、ダトル!」
フランが悪態を突いたとき、ダトルもまたブツブツと呟いていた。
「何が招かれ組だ……! 何であんな連中がいるんだよ……! この国を……世界を守る勇者ってのは……! 俺たちだけで十分だろうが……!」
周りの仲間たちには、聞こえないように。
ブツブツと呟くダトルは、鬱屈した思いを発奮するように叫ぶ。
「勇者になるのはこの俺ぇ! ダトル・フラグマンなんだよぉ!!」
フォルティスカレッジを飛び出した彼は、仲間を引き連れ武器を取りに向かう。
どんな危機が迫っているにせよ、まずは武器が必要なのだから。
「―――ハッ!?」
時間は少し遡り、ちょうど御昼時。
村長宅で、少し豪華なお昼ご飯をいただいていたトビィは、スープのお代わりを注いでもらったあたりでようやく我に返った。
「しまったぁぁぁぁ!!?? 早くフォルティスカレッジに戻らなきゃぁぁぁぁぁ!!??」
「あらあら?」
「ようやく思い出したんかい」
のんびりご飯を食べていたトビィに呆れていた村長は、一つため息を吐いた。
突然大声を上げたトビィを見て、夫人は驚いたような声を上げつつ、困ったように微笑んだ。
「ごめんなさいねぇ、気づかなくて……」
「いえお構いなく!! 全部僕が悪いのでっ!!」
トビィは器に注いでもらったスープを一気に飲み干し、むせる。
「ごほっごほっ!?」
「まあまあ! そんなに慌てちゃ駄目よ?」
「は、はい、ずいまぜん!」
村長夫人はむせたトビィを心配そうに見つめるが、トビィは何とか咳を押さえ込むと、慌てて村長宅を飛び出そうとする。
「急がないと、懲罰だけじゃ――!」
「おい坊主!! 忘れもんだっ!!」
「あっ!?」
村長の怒鳴り声を聞いて、トビィは自身の目的を思いだす。
ゲンジから託された信書を届けに来たのだ。恐らく返書があるのだろう。
扉を開ける寸前に足を止め、トビィは村長へと振り返った。
「はいっ! なんでしょうか!?」
「ほれ」
振り返ったトビィに向かって、村長は無造作に一つの包みを投げてよこした。
トビィはそれを危なげなく受け取り、しっかりと頷く。
「これを、ゲンジ先生に――」
「中にはチーズと固焼きパンが入ってる。帰り道で腹が減ったら食いな」
「――へ?」
てっきり返書か何かが入っていると思っていたトビィは、村長の言葉に、間抜けな声を上げてしまう。
呆然としたまま立ち尽くしているトビィを見て、村長は呆れたような表情を見せる。
「なんだよ? 帰り道の弁当がいらねぇのか?」
「い、いえ……あの、返書とかは……?」
「また今度、書いて持っていってやるよ」
村長はそれだけ言うと、鷹揚に手を振った。
「ほら、いったいった。早くかえらねぇと、先生にどやされるんじゃねぇのか?」
「あっ!? は、はい! 失礼します!」
トビィは釈然としないものを感じながらも、村長の指摘を受けて急ぎアイマを出立する。
村をすごい勢いで飛び出していくトビィを見送りながら、村長夫人は夫に問いかける。
「……それで、支援の話はどうするの?」
「そうだなぁ」
キセルを軽く燻らせながら、村長は軽く微笑んだ。
「あいつくらいに、元気で素直な連中がいるんなら、受けてもいいかもな」
「ええ、そうね! そのほうが、村が元気になるものねぇ」
村長の言葉に、夫人は嬉しそうに頷いた。
もうすでに姿の見えなくなった、小さな勇者の見習いの姿を思いながら……。