第11話:昼食を終え
午前の訓練を終え、昼食であるサンドイッチを頬張りながら次の座学訓練の準備をしているゲンジの元へ、同じようなサンドイッチを抱えたノクターンがやってくる。
いつものように彼の隣に座った彼女は、憮然とした表情で彼を睨み付ける。
「……結局、トビィ君は戻ってこなかったな?」
「ああ。今頃は、アイマの農作業を手伝っているんじゃないか?」
「? どういうことだ?」
妙に具体的なゲンジの予言に、ノクターンは首を傾げる。
ゲンジはサンドイッチをまた一つ平らげながら、アイマへの信書の内容を明かした。
「アイマをはじめとする、過疎村落に対する支援を王に進言していてな。テストケースとして、王都に最も近いアイマに農村生まれのトビィを送り、手伝わせてみているところだ」
「農村の支援? どういうわけだ?」
「この国も自活できるほどに農業や畜産業が盛んというわけではないが、近年は勇者としての育成活動が活発なのも手伝ってか、王都周辺の村落でさえ人手不足であると聞く。そうした村落に、フォルティスカレッジの者たちを何名か送り、農作業の手伝いをさせようかと考えている」
「ふむ? 寂れた村落の活性化としては悪くないと思うが……何故そんなことを?」
ゲンジの提案を聞き、ノクターンは軽く首を傾げた。
過疎村落への支援。言葉だけ聞けば、大変素晴らしいことだと思う。
魔王没後、あらゆる場所に人の居住地が生まれ、フォルティス・グランダムをはじめとした多くの国は復興に向けて全力を尽くした。
人の数こそ少なかったが、闇が払われた広大な大地はあった。魔物を滅ぼすための魔法を、大地を耕すために用い、少しでも多くの食料を生産するべく、平地ばかりではなく山や谷底、海辺の付近とあらゆる場所に畑を作り、作物を生産し続けた。
そうした先人の努力は見事に実り、今を生きる者たちは食うに困らないだけの食料を毎日手に入れることが出来ている。食料生産に適した村落は大きな農業都市へと発展し、自国に十分と言える供給ばかりか、他国への輸出さえ出来る余裕さえ与えている。六大国の一つ“ノーマ”などは、この大陸の食料生産を一手に担うだけの一大農業国家として君臨している。
だがその一方で……農業に適さない場所に生まれてしまった農村などは、滅びの危機に瀕し始めていた。人材の流出が止まらないのだ。
豊かな時代に生まれた若者は、夢や希望を求め、王都などを目指す。フォルティス・グランダムであれば、フォルティスカレッジに人々が集う。そうして一箇所に人材が集中した結果、地方の豊かでない村落が寂れていくこととなる。
フォルティス・グランダムで言えば、アイマが比較的危うい村落だろう。王都に近い食料供給源ではあるが、往復でも一日は掛る山間に存在する上、フォルティスカレッジが目と鼻先に存在する。この状況を前に、村に留まって静かに農業をして一生を終えたい、と考える若者がどれほどいるのだろうか。
例え山間にあったとしても、交易路の付近にある村であれば、一泊の宿場町として生き残る活路を見出せるだろうが、あいにくアイマの近くに道は存在しない。ぽつんと山の中に存在するのが、アイマと言う村なのだ。
現在、フォルティス・グランダムにおいても、過疎によって滅んだ村が確認されている。数は一つ二つ程度であり、原因は全住民の移住ではあるが、その理由は「人が住まなくなったから」なのだ。人の移動で滅ぶのであればまだ救いはあるが、次に滅ぶ村落の者たちに移住するだけの力があるとは限らない。
ゲンジの提案は、そうした村落を一つでも救おうというものである。その考えや行いは立派であるが、彼はフォルティスカレッジの教官である。わざわざそんな提案をする理由も必要もないと、ノクターンは考える。
彼女の言いたいことを察したゲンジは、一つ頷き、己の真意を明かしてゆく。
「一つは、過疎村落の末路を知っているが故だ。老人しかいなくなってしまった地方の村落は、裏寂れるばかりではなく、色濃く死と絶望を纏う。幾度かそうして滅んでしまった村を埋葬したことがあるが……筆舌に尽くしがたい」
「……街道から遠くはなれた、アイマのような村落はどうしても発展とは縁遠いからな。王国としても看過できない問題でもあるが……」
ノクターンは腕を組み唸りながらも、ゲンジを見やる。
「……一つは、と言うことは二つ以上理由があるのか?」
「無論。どちらかと言えば、こちらが本命だ」
ゲンジはサンドイッチを再び頬張り、一つため息をついた。
「……もう一つは、一回生たちの体力作りのためだ。考えていた以上に、地力が足りんものが多い」
「ふむ? 彼らとて、フォルティスカレッジへの入門試験を潜ってきた子達だ。基礎体力の類は備わっていると思うが」
「いや。一度の試験で発揮できる程度の力など、たかが知れている。試験で潜在能力は見れても、平時に発揮できる通常能力までは把握し切れん。はっきり言うが、今俺が受け持っている候補生たちは、三時間程度のマラソンをこなせる者もおらんぞ」
「……三時間の、マラソン……?」
「トビィ以外では、だがな」
ゲンジは一つため息をつき、天井を仰ぎ見る。
「険しい戦いの中、最後まで戦い続けるために必要なのは、まず持久力だ……。耐え忍び粘るための力がなければ、大抵の者が戦いの中で脱落する。中には、死亡してしまう者もいるだろう」
「生きるのにも、体力は必要だものな。だから、農村の手伝いなのか?」
「ああ、そうだ。農作業の多くには体力を要する。生きるために必要な食料を育てる過程は、多くのことを学ぶ機会でもある。勇者を育成するのであれば、またとない機会となるはずだ」
「ふむ、なるほど……」
ゲンジの理屈に同意するように何度か頷くノクターン。
そして何かに気づき、ゲンジをじろりと睨みつけた。
「……つまり、トビィ君が一日で戻ってこれないのは、予定通りである、と」
「そういうことになるな?」
「……君は本当に性格が悪い」
生徒が自身の言いつけを守れないのを知った上で、送り出しているのだ。しかも、生徒にも足せた手紙が原因と来た。
ノクターンの指摘を受けた性悪教官は、したり顔で何度か頷いた。
「ちょうど良い機会だ。仕置ついでに、簡単な戦い方くらいはみっちり教授してやらねばな。丸一日くらい」
「そっちが本命なのではないかね……?」
妙に気合を入れてトビィの訓練内容を考え始めるゲンジを見て、ノクターンは深いため息を一つついた。
(……輝かしい星の一つ。つぶしてもらいたくはないのだがな)
胸のうちの秘め事を、思い返しながら。
昼食を終え、候補生たちが思い思いに短い休憩時間を過ごしている教室の一つ。
トビィも所属しているゲンジ組と呼ばれる教室では、ダトルが大口を開けて笑い声を上げていた。
「ッハハハハハハ!!! ホントになさけねぇよなぁ、トビィの奴は! この間のテストくらい、まともに答えられねぇのかよ!?」
今朝、ゲンジより聞いたトビィの懲罰について言及し、彼は周囲に同意を求める。
「なあ!? どう思うよ、実際!」
「ありえねーよなー」
「ホントよねー」
ダトルの周囲にいた候補生たちも、彼に同意するようにトビィに対して嘲笑を浮かべる。
周りの意見に満足したように何度か頷いたダトルは、そのままぐるりと首をめぐらせ、自分の席で大人しく次の訓練の準備をしているフランに声をかけた。
「フラァーン! お前はどう思うよ!?」
「……なにが」
振り返りもせず、返事を返してきたフランに、ダトルは小ばかにしたような笑みを浮かべながら問いを投げかけた。
「ご執心の招かれ組様のことだよ! テストにすら満足な結果が残せねぇあいつの子と、どう思ってんだよ、実際!」
顔では笑いながら、少なくない悪意を込めた問いを投げつけるダトル。
トビィに絡んだ時、彼を助けるように間に割って入ってくるフランは、彼にとっては面白くない存在の一人だ。自分の意見に同調しない部分も気に入らない。
救うべき存在たるトビィがいない今のうちに、叩くか立ち位置をはっきりさせてやろうと考えた。
対するフランは、振り返らないままダトルの問いに答える。
「別に……。テストの点が悪いことなんて、誰にだってあるでしょ」
「そうかぁ? この間のテスト、簡単すぎて満点も取れそうだったぜぇ?」
「そう? 魔王討伐から連綿と連なるフォルティス・グランダムの歴史に対する回答テスト……一問につき、五点の配点だったけれど、貴方は全部答えられるの?」
「ウッ……」
フランの背中から投げかけられた冷たい質問に、ダトルは一瞬言葉につまる。
だがすぐに気を取り直し、その背中に刺々しい言葉を投げつけてやる。
「……俺のことなんざどうでもいいんだよ! トビィのことだよ! 愛しの招かれ組様がどうなってんのか、お前気にならねぇのかよ!?」
「……愛しの、ねぇ……」
そこでフランははじめてダトルの方へと振り返る。
「ダトル。勘違いしているようだから、言っておくわ」
その眼差しは、どこまでも冷ややかで、ダトルに対する侮蔑を一切隠していなかった。
「トビィ君のことはどうでもいいわ。フォルティスカレッジのスカウトの方々に見出された才能を腐らせている男のことなんて……。それよりも、ダトル。貴方の方が気になるわね」
「な、なんだよ……」
フランの視線の強さに、思わずたじろぐダトル。
そんな彼の様子を鼻で笑いながら、フランはきっぱりと告げる。
「あまり見苦しい真似は止すのね。貴方の浅ましさは、この場所の門を潜らせたかもしれない。けれど、勇者と言う高みに届くには、あまりにも浅はかで愚かしいわ」
「なんだと……!?」
「私には、目標がある。この国の勇者となり、父様に認めてもらうの。だから、みっともない真似は程ほどにしなさい? 貴方が勝手に汚れるのは構わないけれど、勇者の名まで汚されてはたまらないわ」
「フランっ! てめぇ!!」
そう言って、ダトルから視線を外すフラン。
ダトルは顔を真っ赤にし、激昂したまま立ち上がる。
フランは彼の叫びを涼しげに受け流し、座学訓練が始まるのを待つ。
そんなフランの態度に、いよいよダトルは彼女へと詰め寄ろうとした。
―カーン……カーン……―
その時だ。王都全土に広がる、警鐘が鳴り響いたのは。
「「っ!」」
フランとダトル、そして教室内の全ての候補生が弾かれたように窓の外へと視線をめぐらせる。
フォルティスカレッジの外は、いつものように平和な光景であった。
――一見した、限りでは。