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プロローグ

 トビィ・ラビットテールにとって、ここ最近の午前中というのは、憂鬱の種でしかなかった。

 以前であれば、春は種まき、夏は水撒き、秋は収穫、冬は休業と、実家の農業に併せた四季折々を感じることの出来る、幸せな時間であった。

 だが、実家を離れ、見たこともなかった王国の首都に招かれ、そこで学び鍛える身分となった今となっては、ただの苦痛でしかない。


「う、わ、ちょ、ま!?」

「オラオラオラ!!」


 手に握った木剣を襲う連撃。手にした剣を握りしめるので精一杯のトビィを、同じように王国で学びあう同士は容赦なく叩き伏せようとする。

 トビィも何とか反撃を行おうとするが、下手に剣を振り上げれば、がら空きとなった胴体に強烈な一撃をもらってしまうのはすでに学習済みだ。おかげで、剣を盾のように構えるという防御方法は学んだ。

 結果として、防御一辺倒に固められてしまい、手も出せずにジリジリと消耗戦を強いられているわけだが。

 トビィの顔に、玉の様な汗が浮かび、木剣を握る手の中にもジワリと汗が浮かびだす。

 がちがちに固まった体が、木剣を襲う衝撃によって少しずつ、本人の意に添わぬ形で解けはじめた。

 やがて、トビィの口から耐えかねたようなか細い吐息がこぼれた瞬間。


「オォラァァ!!」


 彼の緩みを見抜いた少年は、その隙を狙って全力で木剣を振るう。

 すでに精神的にも肉体的にも疲労困憊に陥っていたトビィの木剣は、その強力な一撃に耐えることが出来ずに乾いた音を立てながら持ち主の手の中から大きく弾き飛ばされた。


「いった……!」

「はっはぁー! 俺の勝ちだ!!」


 木剣を弾かれた痛みに思わず顔をしかめるトビィ。勝利をもぎ取った少年は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、思わずといった様子で屈み込むトビィを見下ろした。


「たいしたことねぇなぁ? 招かれた候補生様の癖になぁ?」

「………」


 蔑むような、勝利の愉悦に満ち満ちた少年の言葉に、トビィは何も返さない。

 ただ、痛みに耐えるように唇を噛むだけだ。

 何も言わないトビィの様子をいい事に、さらに何かを言おうとする少年。

 だが、彼が何かを言う前に、二人の戦いを見ていた一人の男性が声を張り上げた。


「いつまで突っ立っているんだ二人とも!! 次の訓練の邪魔だ!!」

「うっ!? す、すいません!?」

「あ、はい……」


 禿頭の男性――教官の怒号に、少年は慌てたようにその場を離れ、トビィは弾き飛ばされた木剣を拾おうとする。

 だが、トビィの背中に教官は声を投げかけた。


「待て、トビィ・ラビットテール!」

「あ、はい……」

「前にも言ったはずだ! 守るばかりではいつまでたっても勝てん! 痛みを恐れる気持ちは理解するが、それでも攻めねばいつまでたっても終わりはこんぞ!?」

「はい……」


 教官の叱責を受け、しょげるトビィ。

 すっかり縮こまってしまったトビィを睨み付ける教官は、そのままトビィに新しい指示を出す。


「先の訓練で負けた罰だ! 他の者たちの訓練が終わるまでに、王城の外周を十週してこい!」

「え、ええぇ……」


 今トビィが立っているのは、王城内の訓練用グラウンド。一個師団が十全に訓練できるだけの広大な敷地を持つここだけでなく、数百人超が詰め寄っても余裕で納まりきるだけの大きさを誇る学び舎も存在する王城の敷地は、一周するだけでも十分は掛るだろう。

 ちらりとトビィがどこからでも見えるように王城の中心に立てられた時計塔に目をやると、現在時刻は十一時前。

 午前の訓練は十二時で終わりの予定なので、普通に走っていては他の者たちの訓練などあっという間に終わるだろう。下手をするとお昼ごはんを食べる時間すらなくなるかもしれない。

 だが、教官はトビィに有無を言わさない。


「反論は許さん! さあ、行け!!」

「は、はいぃ……」


 教官の表情から一切の冗談が通じないことは承知しているトビィは、即座に身を翻し、全速力で駆け出した。悠長にマラソンしていては、教官の指示はこなせない。下手すると、更なる罰が課せられるかもしれないのだ。

 瞬く間にグランドから消え去ったトビィを見送った教官は、一つ頷くと他の訓練生へと檄を飛ばす。


「――さあ次の者! いつまでもまごついてないで前へ出ろ!」






 ――ある時、世界は闇に包まれた。

 大地は枯れ、空は暗黒で覆われ、人々の頭上に光が差す事はなくなった。

 世界に遍く住む人々は絶望し、世界は常しえの闇に沈み込むものかと思われた。

 だが、ほんの一握りの、僅かな人々は決して諦めなかった。

 世界を覆う闇を。どこまでも深く、広く、無限に存在する霧のような絶望を。

 世界に遍く住む人々のために打ち払わんと、その身を、命を削り戦った者たちがいた。

 その者たちは、戦いの中であらゆる力を身につけ、あらゆる闇と戦った。

 その力は森羅万象を覆し、百人力すら撥ね退けるほどの力を発揮したとされるが、世界を覆う闇はその力をもってしても容易に打ち払うことが出来なかった。

 目の前を覆う無限の霧を。払えど払えどまた現れる闇を。その者たちは必死に必死に払おうとした。

 時として守ろうとしていた者たちにさえ舌を見せられ、唾棄されようとも。彼らはいつの日か光を取り戻せると信じて目の前の脅威に必死に立ち向かい続けた。

 やがてその者たちの努力は実を結び、世を覆う闇の根源を……後の世において魔王と呼ばれることとなる存在と戦い、勝利した。

 天が轟き、大地が裂け、後の世に聖戦と呼び習わされることなるその戦いの後、人々は希望を取り戻し、闇の晴れた世界の中で、喉が裂けるほどに歓喜の声を張り上げたという。

 しかし、世界中が喜びに包まれる中、魔王と戦った者たちは、闇が晴れても安堵しなかったという。

 彼らは、予感を感じていたのだ。自らが戦った魔王……それが、いつの日か、蘇るであろうことを。

 彼らは、知っているのだ。世界中の人が死んだと思っている魔王が……まだ、辛うじて生きていることを。

 故に彼らは、後世の者たちのために、一つの国を作ることとした。

 魔王の魂を封じ、それが復活せぬように監視を続けるための国を。

 あるいは、いつの日か生まれてしまうかもしれない新たな魔王に抗するために、自分たちのような使命と力を兼ね備えた者たちを育て上げるための国を。

 世界があるべき姿にあるために、その指標となるものが集うための国を。

 世界が光に包まれ、希望を取り戻してもなお、世の人々のために尽力し、その身を捧げ続ける者たちを見て、世界中の人間は彼らに相応しい称号と、国の名を送った。

 勇ましい者たちの収める国……すなわち、勇者王国、フォルティス・グランダム、と。











「――首尾のほうはいかがです?」

「あぁん? まあ、上々なんじゃないのか?」


 勇者王国、フォルティス・グランダムから西方。

 大小様々な王国が群雄割拠するこの時代にあって、差し当たり目立った特徴も持たぬ小国の王城。

 その玉座の傍に立つ血色のローブを身に纏った魔導師姿の男の言葉に、全身を黒金の鎧に身を包んだ筋骨隆々の大男はつまらなさそうに答える。


「この国に住む雑魚ども全員の駆除は完了だ。あとは、ガキどもが定点方陣刻んで帰ってきたら終わりだろう?」

「ええ、ご苦労様です」

「つまらない仕事だ。張り合いってもんがない」


 大男は魔導師の労いに対し、吐き捨てるように言い置いて玉座にドカリと腰掛けた。


「これで三つ目だが、どの国にも勇者が出てこねぇ……。イデアの使い手すらいねぇ。五百年前も、こんなに脆かったのか?」

「おそらくは。まあ、数年に一人程度、イデア使いが生まれる勇者王国が存在するのが異常なのであって、こういった国の方が当たり前だったのですよ、あの時代は」

「ふぅん」


 玉座に腰掛けたまま、つまらなさそうに呟く大男。

 彼の態度を前にしても、さして気にした様子もなく魔導師は何かに気づいたように大きく開かれた天窓の方に顔を向けた。

 すると、タイミングぴったりに一組の少年少女が天窓を潜って玉座の間へと現れた。

 酷く色白な顔をした少女は玉座に降り立つと、ニヤリと不気味に顔をゆがめながら、魔導師へと声をかける。


「魔法陣、仕掛け終わったよ……」

「併せて、生命体の反応も確認しました。今現在、この国に生きた人間は存在しません」


 酷く表情の抜け落ちた様子の少年の報告を聞き、魔導師は一つ頷くと嬉しそうに笑った。


「ご苦労様です。この国でおおよそ数は揃います」

「ふん。ということは、いよいよか?」

「ええ。永く、お待たせいたしましたね」

「まったくだ」


 魔導師の言葉に、大男は嬉しそうに鼻を鳴らしながら立ち上がる。


「じゃあ、さっさと終わらせて、攻め込むとしようじゃねぇか。どうせ、あとはぶっこみかけるだけなんだろう?」

「ええ。この国での作業を終えたら、出発です。貴方たちも、準備しておきなさい」

「うん……わかった……」

「かしこまりました」


 魔導師の言葉に頷く二人。

 魔導師はゆっくりと開かれた天窓に近づき、そこから外へと出る。

 ふわりと空を飛び、そのまま屋根へと飛び乗った魔導師は、そのまま聞き取れぬ発音の言語を詠唱し始める。

 朗々と歌うように唱えられる謎の詠唱は、その旋律がさながら曲のように響き始める頃に国の姿を少しずつ変化させ始める。

 初めは、国の敷地内に仕掛けられた魔法陣が輝く程度であった。だがその輝きが強くなるにつれ、国の中でなにかの影が動き始める。

 国中を覆う血溜りの中から起き上がったのは、白く輝く骨だ。

 その身を覆う血肉を捨て去り、起き上がったスケルトンたちは魔導師の詠唱に答えるように音無き咆哮を上げる。

 一匹二匹、詠唱が続くたびにスケルトンが数を増してゆく。

 玉座の間のテラスから身を乗り出し、昨日まではごく一般的な王国だった国の惨劇を眺めながら、大男はにやりと顔を歪め、ポツリと呟く。


「いよいよだ……。いよいよ、勇者王国への侵攻開始だ……ククク」

「ウフフ……いよいよね、御姉様……」

「………」


 大男の呟きに、少女もにやりと笑みを深める。

 少年は何も呟かず、少女の後ろに控えている。

 朗々とした魔導師の詠唱は、その王国の死体すべてが新たなスケルトンに転生するまで続いた。




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