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第1章第8話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「やぁ、ユウ。これまた過激な幕切れだったねぇ?」
白い世界で横たわっているオレにクロは面白そうに言った。なんというか、何度こんなことを繰り返すのかと、些かうんざりする気持ちもあったのだが、これだけ繰り返しているともはやこの状況の方がむしろ落ち着いた気分にさえなっていた。
ここに来るのは大体、事態が開始するときと、事態が収束し終わったときである。そして今は明らかに後者。
事態は収束したのである。
「なんにせよ、オレも北條も無事に切り抜けたんだからいいってことにするよ。結局クロの力に頼ることになったことはすげぇ不満だけどな」
「まぁそんなきなきなするなよ。相変わらず自虐的なやつだよ、ユウというやつは」
「うるせーよ」
そこでふと思い出す。聞かなくてはならないことを。
「ところで、クロ。北條がお前の眼に映らなかったのって――」
「《特異点》」
聞かれることを予想していたのか、若干食い気味に答えたクロはさっきまでの面白そうな声音とは打って変わって不機嫌そうな声だった。
まったく、声の表情もコロコロ変わるなんて、忙しいやつだ。などと呑気なコメントをすんでのところで飲み込むと、クロが言った言葉について思いを巡らせる。
「トクイテンって……特別に異なる点と書いて“特異点”でいいのか?」
「ああ。それで相違ない」
「それで、北條がその――《特異点》っていう能力を持っているのか?」
「いや、能力というほどのものではないんだけどな。そういう性質にあるものというだけで」
「能力じゃなくて、性質?」
「ああ。ワタシを含め、《核》が時間、空間、情念の《原点》というならば、あの少年は《特異点》というのが正しい」
「じゃあ、あいつも《核》を持っているのか?」
「いやいや、そうではないよ。むしろ《核》とは最も相性が悪い相手だよ」
「なんだか曖昧でよく分からないぞ?その《特異点》ってのは具体的にどういうものなんだよ?」
「そうだな。例えば、反比例の式というやつを知っているか?」
「まぁ、それくらいは。y=1/xみたいな関数のことだろ?」
「そうそう。じゃあそのy=1/xでx=2のときにyはどうなる?」
「そりゃ1/2だろ?」
「意外にユウは勉強ができるんだな?」
「おい、オレを馬鹿にしたいだけなら話を終わらせるぞ?」
「まぁ待てよ、ユウ。じゃあxが1のときにyは?」
「はぁ……1だよ」
「――じゃあxが0のときには?」
「えっと――無限大?」
「まぁ、そういう答え方もあるにはあるな。だけど、ユウ。無限大ってのはあくまで数字じゃないんだよ。単純に無限に大きくなるってことさ」
「じゃあお前ならどう答えるんだよ?」
「x=0のときにはyは定義されない、だ」
「なんかそれずるくないか?」
「まぁユウがどう思おうが、x=0のときには誰もyに正しい数字をいれることはできないのさ。無理矢理y=10なんて言ったら他のルールが破綻してしまうからな」
「じゃあ、それはいいとして……。結局それがこれと何の関係があるんだよ?」
「だからそのままだよ。《核》、この場合はワタシ、すなわちクロノスの司る時間という基準において、あの少年は“定義されない”んだよ」
「“定義されない”って……。じゃああいつは時間軸上に存在しない、幽霊みたいなものってことか?」
「いや、なにもそこまでは言わないさ。だけれど、《核》という基準の上であの少年は“よく振舞わない”、つまり例外的な扱いを受けるのさ」
「例外的な扱い……それはお前の力を使ってもあいつの未来は見えないってことか」
「それも一つだ。しかし、そんなに規則性があるものでもないんだよ。それこそ《特異点》だからな。《核》の力をキャンセルするとか、そんなに分かりやすいものでもないのさ。今回はそういう形で《特異点》の性質が表出したというだけで」
「あいつはそれを自分で分かっているのかな?」
「まさか。《特異点》は基準があってこそ存在するし、《原点》からしか観測できない。あの少年自身が自ら認識するなんてことはないし、自らその性質を利用することももちろんないよ。あくまで《特異点》の性質は《原点》に対して受動的なものだ。そういう意味では《核》なんていう大それたものではない」
「でも、《核》が思い通りにできない存在ってことか」
「うう。まぁそういうことだ」
どうやら自身を時間に関しては万能と称していたのにもかかわらず、思い通りにならないものがあるということをオレに知られたことが不機嫌になっているらしかった。
「ふーん。まぁ曖昧にだけど分かったよ。それにしても、お前やっぱり見栄っ張りだよな」
「な!?なんてことを言うんだ、ユウ!今回助かったのだってワタシのお陰だろう!」
珍しく興奮した様子で言ったクロをオレはわりと和やかな気持ちで眺めていた。
しかし、一息ついてクロはまた深刻な顔になった。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、そういえばもう一つ言っておかなくてはいけないことがあった」なと思ったんだ」
次の言葉を聞いて、オレはその重要性になぜ今の今まで気づかなかったのかとむしろおかしくなってしまうほどだった。
「ユウのMINEはさっきの戦いで破壊されてしまったようだぞ」
事態が収束したと思っていたオレの読みは完全に間違っていたのだった。
* * * * * * * * * * * *
《色彩殺し(アクロマート)》というものがどういうものであるのかということは知っていたけれど、それがどれほど恐ろしいものなのかということは一向に知らなかったというのが今回オレの最大のミスかもしれない。
いや、ミスといえば過去を失うほどの過ちを犯すようなオレだから、そんなものはわざわざ大事におぶってるんじゃないかというほど身近なものはあったのだけれど、今回のこれはオレの精神的な構えが取れなかったという意味で大分痛手だった。
園立美山病院のベッドで目覚めたオレの視界に入ったのは、未来でも香子でも怜でもなく。篠原先生でもヒサでも、もちろん蓼科でもなく、柊先生だった。
柊先生は開口一番にこう言った。
「まず、最初に謝らせてや。緒多くん、こないなことになって、いや、こないなことになることをうちらがとめられへんで、ほんまにごめんなさい」
「いや、そんな。柊先生が謝るようなことじゃないですよ。これは事故なんですから。幸い大きな怪我もないですし、壊れたMINEは修理すればいいんですから」
そう言ったオレのセリフに余計に柊先生の整った華やかな顔が曇る。
「そんことなんやけど……」
「はい」
「柊先生。私から説明する。あくまで緒多の担任は私だからな」
声に反応して柊先生とオレが病室の入り口に視線を向けると、篠原先生がいつか見たことのある小さな銀のアタッシュケースを持って立っていた。
「それって――」
「回収したMINEだ。念のため返しておこうと思ってな」
篠原先生はそう言ってその銀のアタッシュケースをオレに渡す。
開けるとそこには色を失った、つまりパーソナライズ前のあの鈍い銀色になったMINEがあった。
《色彩殺し》たる所以をまざまざと見せつけられて確かにそれはショックではあったけれど、しかし、未だにオレは何故目の前の教師二人がそれほど深刻な表情になっているのか分からなかった。
「MINEの色がなくなってるってことはもう一回パーソナライズをしなきゃいけないってことなんですよね。まぁ確かに若干面倒な気もしますけど、それぐらい我慢しますよ」
「緒多。落ち着いて聞け」
「は、はい」
「《色彩殺し》の被害にあったケースは公式に報告されているだけでおおよそ1000件。いずれもお前のMINEと同じようにパーソナルデータが破損し、色を消失している。そして、お前が言ったように全件についてMINE保持者はリパーソナライズに挑戦した」
「ああ、前例が結構あるんですね。それなら――」
「しかし、回復したのはそのうち3件。しかも三人とも元の状態とまでは戻っていない」
「え――」
「つまり、辛うじてMINEを使えるようになる確率は0.3%、完全に回復する可能性は0%ということだ」
どうもkonです。
今回は会話中心です。数学が嫌いな人はごめんなさい笑
では次回もお楽しみに!




