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Multi Element 〜幻(ユメ)の代償〜  作者: kon
総和記号―Sigma Scythe―(B)
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(6)

第1章第6話です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いします。

 北條の振るう鎌が正面三方向から飛来した《空牙》を捉え、薙ぎ払うと、その剣速、いや鎌速(けんそく)は落ちることなく、左側面三方向から貫こうとする《空牙》を打ち砕く。

 さらに体を捻ると同時に、鎌が二つに分解――否、増殖し、両手持ちにしたその鎌で残りの六本の刃たちをも打ち払ったのである。


「マ――」

「マジかよ、って思った時点でお前の負けだぜ?」

「――っ!」

 北條は鎌――いつの間にか一振りに戻っている――をくるくると回して最後に肩にかけた。

 完全に、オレの敗北だった。確かに実力差があることは戦う前から分かっていたし、覚悟もしていたのだけれど、ここまで現実味を帯びた敗北感を突きつけられてしまうと言葉を失わずにはいられない。

 別に相手が間合いを詰めたわけでもないのに、足が一歩、二歩と下がる。

 先ほどまでは軽々と振るっていたはずの《黎玄》がやけに重く感じる。

 だというのに、それと相反するように己の得物が相手の得物に比べて、ひどく矮小に思えた。

 しかし、そうではない。

 負けているのは得物ではない。状況が特別不条理に不利なわけでもない。


 負けているのは自分の技術。そしてそれを宿す心。

 これでは未来を守るなんてことがままなるはずがない。


 《黎玄》の柄を強く握りめ、立ち尽くす。

「はっ。今さら実力差を認識したのか? それとも、最初から分かってたことを改めて思い知らされたって感じか? まぁいずれにしろ、てめぇが俺より弱いってのはもう分かっただろうが。そんなら――」

 気づいたときにはもう懐に入られていた。あまりにあっさり。


「さっさと負けてくれや」


 鎌がオレの身体を刈り取るように払い、オレはなす術なく地面に転がった。


「まぁ、可哀想だからこの鎌の効果ぐらい教えといてやるよ」

 今度は一歩ずつ歩み寄りながら北條は言った。

「この鎌は《シグマ・サイズ》ってんだ。俺のME装備技師ウィザードとしての自信作。お前みたいな馬鹿じゃあ知らないかもだけどな、シグマってのは総和記号なんだよ。足し算だよ、足し算。だから――」

 オレの目の前で止まるとゆっくりと鎌を振り下ろした。オレは《黎玄》でそれを受ける。それは最初普通の鎌だった。しかし時間を追うごとにその鎌は――重くなってきたのである。

 北條は別段力を加えているわけでもないのに。

「だんだんきつくなってきただろう? こいつは任意のタイミングで重量を増加させられるんだよ。まぁ厳密には体積を維持したまま密度を維持してるんだけど、そんなことはてめぇには関係ないからな。つまり平く言やぁ、重量を足し算してるってわけさ」

「ぐっ――」

 その重量は確かに今や《黎玄》を両手で持っても支えられないほどになっていた。さっき《空牙》を打ち払ったときに鎌のスピードが落ちなかったしたのはそのせいか。運動エネルギーってのは重量と速度の積になっているらしいが、《空牙》と衝突で失う分のエネルギーを、重量増加によって補っているわけだ。


「ああ、あと。それともう一つ。こいつは重さだけじゃなくて――」

 その言葉が合図だったかのように鎌が再び二振りに増殖し、オレの身体を斬りつける。

「単純に数を増加させることもできるってわけか?」

「おお、おお。馬鹿のわりに頭の回転はそこそこだな。おうよ。こいつは数を増やすこともできる。てめぇの《空牙》は数が最大の武器だろうが、それは俺の《シグマ・サイズ》に対してはなんの利も生まねぇよ」

「その《シグマ・サイズ》とやらの特性をオレに話してお前になんの得があるんだ?」

「はっ。やっぱ馬鹿か、てめぇは。得なんてあるわけねぇだろ? このまま俺に負けるてめぇへのせめてもの餞別だよ」

 これは挑発ではあるけれど、かといっても全くの虚飾ではない。そんなことは一番オレが分かっている。先ほど北條は数の利のことを言っていたけれど、しかし実際にはたった二振りで六本の《空牙》を打ち払っているのである。だから、北條はまだ余力を十二分に残して戦っているということに他ならない。

 つまり、オレと北條の差はあくまでも、オレと北條の差であって、《黎玄》と《シグマ・サイズ》の差ではない、ということを言いたいのだろう。ME装備技師ウィザードとして、それなりにME装備に造詣が深いのであろう北條だからこそ。お前が弱いのを得物のせいにするな、と。

 そういうことでもあるし、執行演習だけに限らず、弱いがゆえに、オレが北條よりも誰かを、未来を守るに不適であるとも、暗にそう言っているのである。


 視覚ディスプレイにはオレのベール残量が50%を切っているということが表示されている。ここまで、身も心もコテンパンにされることを数分前のオレが覚悟していたかと問われると、とてもイエスとは言えない。


 ふらふらと立ち上がって、オレはそういえばずっと尋ねていなかったを思い出した。


「北條、お前、なんでそんなに未来にこだわっているんだ?」


 この数分間戦っていて、北條という男が女好きということを考慮した上でもやけにオレに対して攻撃的だった。そして、その裏返しとして、それほど未来に対してあまりにも執着が強いのではないか。

 未来は初対面だと言っていたけれど、北條に入れ込み具合は初対面の人間に対していくらなんでも過剰であるように思えた。

 これが未来でなければ、本人が忘れているだけで、北條にとっては大きな恩情があるということもあり得るのだけれど、しかし未来に限ってはそんなことはありえない。

 なぜなら彼女は絶対論理の核の力によって完全記憶能力の持ち主なのだから。


「――てめぇには関係ないことだろ」


 北條は少し間をおいて言った。

「さて、話はここらへんにして、もうそろそろ終わりにしようぜ」

 北條はにやりと不敵な笑みを浮かべて、一振りに戻った鎌を構えた。オレも軽く舌打ちをして《黎玄》を構えて、《空牙》の軌跡を描こうと考えを巡らせようとした。




 しかし、その瞬間に異変は起きた。



 観覧席をスタジアム内の戦闘から保護するための透明なシールドが真っ黒に染まったかと思うと、おびただしい量の赤い文字列が流れ、オレと北條のいるスタジアムに大量の《ドロイド》が現れた。


 《ドロイド》。

 MERが所有するMINEのチップに保存された戦闘思考を利用することによって自律的な戦闘を可能とした訓練用のロボットで、この学園にも保管されていると未来が前に言っていた。


 しかし、今現れている《ドロイド》はMEによって生成されたものである。すなわち学園のものではなく、誰か《設計図》を盗んで生成したものということになるか。


 数はおおよそ二〇機。

 サーベルと鎧、そして盾を持つ《伯爵アール》。

 斧をもった小型ドロイドである《小鬼ゴブリン》。

 ビームライフルらしき銃を携えた《兵士ソルジャー》。


 とにかく雑多な装備を持つ《ドロイド》がひしめき合っていた。その姿はまさに機械の軍隊。


「おい、北條! これもお前の鎌の能力なのかよ?」

「んなあるわけあるか! てめぇこそ何しでかした!?」

「オレでもねぇよ!」

「まぁお前にこんな芸当ができるわけねぇか」

「んだと、この野郎……てめぇはオレにいちいち喧嘩売らねぇとしゃべれねぇのかよ!?」

「喧嘩売るも何も事実だろうが。お前じゃ《ドロイド》を同時に二〇機も動かすことはできねぇだろ?」

「だからっていちいち勘に障る言い方をするんじゃねぇってことだろうが」

「はいはい、仰せのままに」

「てめ――」



 キィン!!

 オレと北條の言い合いに割り込むように突っ込んできた《小鬼》が振るった斧と《シグマ・サイズ》が耳を劈くような金属音を響かせる。


「北條!」

「何心配そうな声で叫んでんだよ、てめぇは。てめぇはてめぇの心配だけしてろよ、雑魚」

 北條は質量増加を利用して小柄な《小鬼》のボディに鎌の切っ先を深々と食い込ませながら言った。

 そしてそれを見ていたオレの視界が水色に染まる。



『二機の《伯爵》がサーベルではさみ打ちにしてくる。それを避けられずまともに斬られらたオレのベール残量が0となる』



 時の核あるいは原点たるクロノスの能力。その顕現の一つによる未来視。


 視界が元に戻るとオレは反射的にその未来視によるルートを覆すように、《伯爵》たちが迫り来るはずの方向を先読みして、《空牙》の軌道を目線で描くと、号令として《黎玄》を振るう。

 すると金属同士がこすれる不快な音ともに飛来した刃が二機の《ドロイド》の頭部を貫いた。

 


「はっ。《ドロイド》相手ならまだ戦いようもあるってか? じゃあお前にサービスだ。さっきの勝負、この二〇機のうち多く《ドロイド》を倒した方が勝ちにしてやるよ」

「はぁ!? この非常事態にそんなこと言ってる場合かよ?」

「あん? じゃあそこでビビりながら見てろよ、雑魚」

 北條は地面を蹴って手近な《兵士》に飛び掛ると、その首を一撃で刈り取った。


「これで二体。イーブンだ。さっさとしねぇとサービスが無駄になるぜ?」

 残念ながらここまで言われてまだ平静でいられるほどオレは出来た人間ではない。

「ああ、わーったよ! 絶対後悔させてやるからな!」

 もちろん、そうは言っても、それだけが理由じゃない。あの黒くなったシールドの向こうで未来たちが無事でいる保証はどこにもないのだ。であれば、一刻も早くこの《ドロイド》たちを片付ける必要がある。





 気づけばあの白い世界。オレの前にはあの水色の眼と雪のように白い髪をもつ少女、クロノスが立っていた。

 そういえば、前は髪を水色のリボンを一緒に編み込んでいたけど、未来を助けて目を覚ましてからは髪をおろしている。


 いや、今はそんなことはどうでもいいか。


「ほう、やるのかい、ユウ?」

「ああ、こうなったら意地でもあのサル野郎を泣かせてやるしかないだろうが」

「まぁ、お前の大事な“幼馴染”も心配なんだろうからな。ならば、授けようじゃないか」


 オレは膝をついて右眼を閉じる。すると、クロノスの柔い唇が瞼にそっと触れた。


――ときの代償をもって、ときを司る目を汝に与えん。我の口づけをもって、契約の証となす――

どうもkonです。

更新が少し遅くなりました。申し訳ないです。

久しぶりにクロが出てきました。まぁ声は最初から出てきていましたが、視覚的に描かれるのは久しぶりですね。

リボンはどこにいったんですかねぇ……?

はい、あとがきで伏線を張ったところで(注 三流のやり口です)失礼します。

では次回もお楽しみに!

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