Phase:01
香子目線のストーリー第1話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
常に他人に、そして自分に対して嘘を吐きながら生きるということが理解できるだろうか。
騙り、嘯き、偽る。
動詞としてどの言葉を用いるかどうかは、まぁいいにして、とにかく、真実とは異なることを述べ続けるということが、いかような結果をもたらすのか、あるいはいかような結果をもたらさないのか。
健全な人間であれば、そんなものは想像するだけでゾッとする、といったような感想を抱くであろう。そしてそれが真であるならば、あたしという存在もまたゾッとするようなモノなのであろう。
しかしながら、言い訳をさせてもらえるならば、あたしはそうでもしなければ生きているのが苦しかったのであり、かつ、それが可能な状況に置かれていた、置かれてしまっていたのである。
いや、ここで過去形を使ってしまうのも無責任かもしれない。今もなお苦しいのであり、そういう状況に置かれてしまっているのであり、そして今もなお嘘を続けているのである。
騙っている。嘯いている。偽っている。
ともすれば、今のあたしの言葉でさえ騙っているかもしれない。嘯いているかもしれない。偽っているかもしれない。
こういうことを言い出すと、ある程度知識のある人ならば「クレタ人のパラドックス」などを想起するかもしれない。自らを含む集団について嘘を吐いていると自己言及したときにパラドックスが生じるというあれである。
しかし、そういったパラドックスがあることなどを想い起こすと案外、嘘と真実というのは、それほどはっきりと区別しうるものではないのではないかとさえ思えてしまう。
そして人間というのは、「祈る」生き物であり、「願う」生き物である。
祈る、願うというのは、現状に対してその命題が真でないという前提条件が必要である。言い換えればその命題が偽である必要がある。叶っていないから、人は祈り、願うのだから。
人間が祈り、願う生き物である限り、騙り、嘯き、偽る生き物であり続けるということは言えなくもない。
長々と言い訳を述べてしまったのだけれど、つまりあたしは、騙り、嘯き、偽り続けているあたしは、そう特別な人間ではないのだということが言いたかっただけなのである。
たった一人の、単なる少女に過ぎないのだ。
葵香子という名のただの少女である。
あたしという人間がどういうモノであるかというのをあたし自身の言葉でこれから語っていくわけだけれど(騙っていくとはあえてここで言わない。そんなことをしたら、あたしの話を誰も聞いてくれなくなってしまうだろうから)、その前にあたしの最初の嘘を暴露しなくてはならない。
嘘というか、秘密。
葵香子には失われた過去がある。
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葵香子には失われた過去があるなどと言ってしまうとまるで駄洒落のようにも、冗談のようにも思える。
しかし本当に冗談のような話で、もう一人の、というか本来の語り手である緒多悠十と同じように記憶喪失だというのは、もはや駄洒落というか、洒落になっていない。
もちろん、緒多悠十ほど大きな記憶喪失ではない。彼のように自分の存在をまるごと消し去ってしまうような記憶の失い方はしていない。
記憶の失い方なんていう突飛な表現を他に使う人がいるのだろうかという疑問はさておき、とにかくあたしはそれなりの 記憶を保持している。裏返して言えばある一定期間の記憶を喪失している。
具体的に言うならば、前回のホワイトクリスマスから始まる冬休みの一週間のことである。
一週間。七日間の記憶である。
あたしは七月一日になった今でもその七日間における記憶を取り戻せずにいる。いや、もしかしたら取り戻さずにいるのかもしれない。
だって、その失われた記憶の前後でとてつもなく世界が変わってしまっていたから。その記憶を持っているということはとてつもなくこの世界に馴染みにくいことだったから。
そう。その変化とは。
この世界の誰もが、何もかもが。
一人の少年のことを忘れてしまっていたのである。
だからあの日。《道化騎士》と化した柑野怜(当時は蘇芳怜という名であったけれど)が緒多悠十を襲い、それを救った後。病院であたしは彼を知らないフリをした。彼を忘れたと嘘を吐いたのである。
もっと正確に言うならば、誰もが、何もかもが彼を忘れてしまったからだけではなくて、彼もまたあたしのこと忘れてしまったからなのだけれど。
ああ。あまりに突然に、というかあっさりとあたしが緒多悠十のことを以前から知っていて、かつそれを忘れていないという衝撃の事実を暴露してしまっているがゆえに、置いてけぼりを食らわせてしまっているかもしれない。
だから少し順を追って、整理して話そうか。
あたしと緒多悠十の本来の意味での最初の出会いを。
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不二崎中等学校。それこそがあたしと緒多悠十の通っていた第十二学区内にある中等学校であり、そしてあたしと緒多悠十の出会った場所だった。
正確に言うならばその不二崎中の陸上部であたしは緒多悠十と出会った。
やれやれ、そろそろ緒多悠十とフルネームで呼ぶのもまどろっこしいので当時あたしが呼んでいた呼び名で呼ぶとしようか。
その不二崎中の陸上部であたしは悠十と出会ったのである。
今みたいに「ゆうくん」などと呼んだりはしていなかった。第一そんな呼び方をするようになったのは――いや、ここで話すのはやめておこう。話の骨が折れてしまう。この話は後に譲るとしよう。
話を戻すと、あたしはマネージャーとして、悠十は長距離選手としてそれぞれ不二崎中陸上部に入部したのである。
ここでは子細を話すことはしないけれど、とにかく結論からいうとあたしと悠十は親友だった。
もっと言うと、あたしと悠十、そして阿佐ヶ谷陸というもう一人の長距離選手の少年を加えた三人がいわゆる仲良しグループだった。
少なくとも当時あたしはそう思っていたし、周りからもそう認識されていた。
もっとも当時の悠十はいまよりもとっつきにくい人物だった。もう少し人を寄せ付けないような硬い人物だった。
実際、悠十と陸は仲良しというよりも互いに意識する好敵手だった、というのがより近い。
いがみ合う二人を、まぁまぁとなだめているのがあたし。
そういう三人組だった。
そんな生活はとても平凡で、とてもエキサイティングとは言えなかったけれど、しかし、とても楽しい生活だった。
そして楽しい日々はいつまでも続くと思っていた。
けれどそうではなかったのである。クリスマスから始まる一週間を経て(あたしからすれば失って)、悠十はあたしを忘れ、世界は悠十を忘れ、あたしは悠十を忘れたフリをした。
そしてあたしは不調和を起こさないように、そして自分が傷つける何かが入っているかもしれない記憶の箱を開けないように、嘘を吐き続けることにした。
騙り続け、嘯き続け、偽り続けることにしたのである。
だが、それが正しかったのか、あたしには分からなくなっていた。もし、あの時あたしが嘘を吐かなかったら。
今彼の一番近くに立っているのは、緋瀬未来ではなく、あたしだったかもしれない。
そういうのを嫉妬、というのかもしれない。七つの大罪の一つにも数えられる、嫉妬。
いやはや。醜いものである。男の嫉妬は醜いなどというが、女の嫉妬だって大概だ。
まぁ何はともあれあたしは様々な理由で彼を知りながら、彼を知らないフリを続けてきたわけである。
それが何の影も落とさないというわけにはいかなかった。冒頭に散々言い訳したようにあたしは所詮ただの少女なのである。口では呑気に間延びした口調で天才を気取っていても、それはあくまで自分を取り繕っているのであって。猫被りといってもいいが。
ただ、その被った猫の皮はしばらくうまく被れていたはずだったのだけれど、この頃そうもいかなくなっていることにあたしは気づいていた。
具体的には悠十が未来を救うためにもう一度記憶を失った時から。さらに正確を期して言うならば、この目であのあけぼの遊園地で、一度は死んだように思えた未来に寄り添う悠十を見た時。
あの時から被った猫の皮は脱げかけてしまっている気がする。
だから、悠十が未来のために北條と一悶着を起こしたときに止めに入れなかったのかもしれない。自分のときには仲裁の立場をとった悠十が、未来のことになるとムキになるのが、少し面白くなくて。
余裕、ないなぁ、とつくづく思う。もしかして、怜には感づかれているのかも。要注意である。
それと今気づいたことだけれど、北條が阿佐ヶ谷にどことなく似ていることもあたしが動けなかった理由かもしれない。
じくり、じくりと。
頭が、胸が、心が痛み出す。
自分の醜さが顔を出すのも時間の問題だった。
どうも、konです。
今まで、悠十以外のキャラクターが中心のときには第三者視点というのがルールだったのですが、「幻の代償」では香子の気持ちが大事になってくるので、このような形になりました。
表面上の香子と本当の香子のギャップとかも楽しんでいただければと思います。
また急なカミングアウトだったり、第四の壁突破だったりと、少し癖のあるものになっていきますが、本編と合わせてお楽しみください。
では、次回もお楽しみに!