(4)
第1章第4話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
【カラーコード#00FF00、ユーザー名:美鳥祇現とのペアリングが完了しました】
【カラーコード#808000、ユーザー名:日中天とのペアリングが完了しました】
MINEの音声ガイダンスが告げると視覚ディスプレイに二人の情報が表示される。所属の欄には確かに翡翠塾の文字が並んでいる。正直なことを言うと、オレはMERのための塾に対してあまり良い印象がない。というのも怜が事件に巻き込まれた要因の一つには御縞学院という存在があったからである。先に言ったようにオレには事件の詳細に関する記憶は残っていないし、あえて怜や香子、未来に尋深くねて掘り返すつもりもないけれど、それでもMERのための塾の陰謀によって怜が母子の絆を失いかけたことくらい把握している。
もちろん御縞学院と翡翠塾は全く別の組織だし、それを同類に括ってしまうのは偏見染みてしまうところもあるだろう。しかし、塾生であるがゆえに美鳥祇と香子は衝突しかけたことは事実である。
オレは学園と塾の間にある軋轢について詳しくはない。だが、先ほどの短いをやりとりを聞けば相当な緊張関係にあることくらいは察せられた。
兎にも角にも、香子と美鳥祇の衝突がこれ以上大きな問題に発展しなければいいのだが。
『人様のことを気にしている場合かい?』
突然にクロが問いかけてくる。今日はやたらと絡んでくる気がする。
「(なんなんだよ、クロ。そんなにトラブルテイカーになりたいのかよ)」
『なりたい、なりたくないの問題ではあるまいよ、ユウの場合。なんせユウはあの赤目娘のことになるとどうも周りが見えなくなる傾向が――』
クロが言葉を終える前に隣のグループから少年の声が聞こえてきた。
「今週の土曜日! 空いてない?」
何を騒いでいるんだ、とオレはそちらを振り向く。
アッシュグレーのツンツンとした髪。目付きはあまりよくない。むしろ悪い。しかしそれでいて人懐っこい感じがする笑顔で、少女に詰め寄っていた。
――学園の中でナンパってスゲェ趣味してるな。
普通ならそう流して終了だし、実際オレもすぐに視線を戻そうとした。
「え、え、えっと、あの、その……」
しかし、詰め寄られている少女の聞き覚えのある声を聞いてそうもいかなくなった。というか、そうもいくとか、いかないとかそういう思考の前に身体が勝手に動いてしまった。
「ゆうくん〜?」
突然動いたオレに香子が呼びかけるが、オレはそれに応えることなく、隣のグループの方へと足を向ける。
「何やってんの、お前」
オレは未来と少年の間に自分の身体を割り込ませて言った。
「何って、未来ちゃんをデートに誘ってるんだけど?」
少年はさっきまでの人懐っこい笑顔を引っ込め、眉間にしわを寄せて応える。
こいつ、今「未来ちゃん」って言ったか?
「未来の……知り合いか?」
オレは目の端で未来を見ながら問うた。
「え、えっと、今知り合ったばっかりで……」
「それがどうしたんだよ。別にお前は関係ないだろ?」
「関係はなくねぇよ。未来はオレの……」
そのあとの言葉が続かなかった。未来はオレの幼馴染であり、チームメイトであり、恩人である。でもいずれの言葉を選んだにしてもこの少年が未来をデートに誘うのを止める理由になっていない気がする。
「未来ちゃんのなんだって?」
なんだ、この感情は。
少年が「未来ちゃん」と馴れ馴れしく呼ぶたびに胸がざわつくというか。重くて、流動的で、粘着的な何かが心に絡みつくような不快感がオレを苛む。
「いいからお前は退いてろよ。他の班にちょっかい出してなくていいからさ」
そう言って少年がオレの右肩を押そうと手を伸ばす。
「痛――!」
少年が小さく叫ぶ。
ふと気づくと、オレの左手が少年が右手首を強く握りしめていたのだった。
「離せよ、阿呆!」
そうだ。いくらなんでもこれはやり過ぎだ。早く離してやらないと。
そう思うのにオレの左手は離そうとしない。むしろますます握る力は強くなる。
「ゆ、悠十くん! そ、そろそろ離してあげないと……」
未来がオレの服の裾を引っ張りながら言う。はっとしたオレはやっと手を離した。
「な、なんなんだよ、お前」
少年は右手首を摩りながらオレを睨んだ。
「オレが誰とか関係なく、未来にそういうことするんじゃねぇよ。盛りのついた猿か、お前は」
「だからなんでお前に横からぐちゃぐちゃ言われなきゃなんねーんだって言ってんだよ」
「ぐちゃぐちゃなんて言ってないだろうが」
「そーか。ぐちゃぐちゃじゃなくてワンワンだったか、ワンころくん?」
「どうもオレたち馬が合わないみたいだな」
「ああ、それはオレも同感だ」
オレと少年の視線がバチバチと音を立ててぶつかる。さっきまで香子と美鳥祇の衝突を心配している方だったというのに、だんだん情けなくなってきた。だが、ここで退くのもどうも癪にさわる。
そういえば未来は怜と同じ班だったはずだ。それに隣のクラスのやつももう一人いるはず。しかし、どうも怜もそれらしき人物も、辺りには見当たらない。香子ならこちらの様子に気づくこともできるのだろうが、なぜか介入してこない。未来もあたふたしているだけだ。
そんな訳で第三者の介入なしにオレと少年は数十秒ほど睨み合っていた。どちらも退くに退けないことは分かっていたが、その時間はいやに長く感じられた。
しかし、そのまったく笑どころのないにらめっこは意外な形で終わった。
ガツン、ガツン!!
頭頂部への衝撃と同時に目の前に星がちらついた。頭蓋骨にヒビでも入ったんじゃないかというほどの重い音二回の後に金色のたらいがけたたましい音を立てながら地面に転がった。
「「いってぇぇぇ!!」」
そしてオレと少年は頭を抱えてうずくまるというまったく同じ格好で叫んだ。
「お前たち、実習中に何をやっている!」
ズキズキと痛む頭を押さえながら顔を上げると篠原先生が腕を組んで立っていた。
「いや、あの……」
オレは自分の顔から血の気が引いていくのを感じながら、言い訳を探していると、篠原先生の斜め後ろにいる怜に気づく。
どうやら篠原先生に通報したのは怜らしい。
「そやしちゃんとせんとどつかれる言うたんえ、北條はん?」
遅れてやってきた柊先生が頭を摩りながらあぐらをかいている少年に向かって言った。柊先生の隣にはこの班のメンバーであろう赤みがかった茶髪をおかっぱにしている小柄な少年が立っていた。
「別に俺はこんなおおごとにするつもりはなかったんですよ。あ、柊先生今日も綺麗ですね」
北條、と呼ばれた少年は先ほどまで未来に見せていたあの人懐っこい笑顔を柊先生に向けた。というか最後の一文に関してはもうよく分からない。
「柑野と空岸から大体の話は聞いたがな。北條、女を口説くのは授業外にしろ」
「いやぁ、口説くだなんて。篠原先生を口説くにはまだまだ修行が足りないっすよ」
……こいつ、女の子に対する態度と男に対する態度のギャップが大きすぎるぞ。
「緒多も、あまりムキになるな。自分のチームメイトをほっぽらかして何を考えている」
「す、すいません……」
確かに軽率だった。ぐうの音も出ない。そう反省しかけたとき、少年、いや、北條が口を開いた。
「はっ。あーっと、緒多? だっけか。ムキになるなってよ」
「こいつ――」
「なんだよ、まだやんのか」
ガツン! ガツン!
またたらいを落とされた。
「同じことを何度も言わせるなよお前たち」
そう凄んだあとに、篠原先生は大きくため息をついた。
「そんなにお互いが気にくわないならいい機会をやろう。緒多、北條。お前たちにはクラス代表として模擬戦をやってもらう」
「「え」」
オレと北條は同時に声を上げた。
「なぜ嫌そうな顔をする? 模擬戦という大義名分のもと、やり合わせてやると言っているんだ。不満はないだろう」
「いや……あの……」
まずい。今執行演習をやれというのは非常に厳しい。
なぜか。
答えは簡単だ。執行演習の記憶があまり残っていないのだ。同じ三ヶ月の訓練期間であっても、オレはその大部分の記憶を失っている。戦い慣れていないのだ。
クロノスの力を使えば、まだやりようはあるかもしれないが、だが先ほどあれだけはっきり啖呵を切ってしまった手前、そこに頼るのも憚られる。
「いやー。ビビってるやつ相手にしてもなぁ。可哀想なんで他のやつにしてもいいですよ」
そんなオレの憂慮など知りもしない北條は頭の後ろで腕を組み伸びをしながら煽ってきた。
かちん。
後から思えば本当に自分らしくないのだが、その時のオレはまさに売り言葉に買い言葉だった。
「分かりました。やります、模擬戦。その代わり、北條。オレが勝ったら、未来にやたらめったら絡まないって約束しろよ」
「ああいいぜ。やれるもんならやってみろよ、この犬野郎」
「絶対泣かせてやるからな、この盛り猿」
この行動があまりに軽率だったということにオレが気づくのはもう少し後の話だ。
どうもkonです。
書き溜めたのをどんどん消費している感じです。(ちなみにこのあとがきは7/28に書いてます)
ちなみにこの前の小説では、悠十くんが男の子と絡むシーンはすごい少なかったんですが、今回はこの北條くんが活躍してくれる――かもしれません!
ではその辺も注目していただくとして、次回もお楽しみに!