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第3章第7話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「――と。――うと。悠十!」
放課後。
俺は名前を呼ばれて、机に伏していた顔を起こす。
見ればそこには、腰に手を当て、しかめっ面をした少女。
栗色のボブカット。
セーラ服の上に白いカーディガン。
その手には、ストップウォッチとバインダー。
そんな少女に対し俺は、ため息をついて。
渋々。嫌々。応答する。
「なんだよ、香子」
「なんだよ、じゃあないでしょ! 最近練習も来てないし、ミーティングも出てないじゃない!」
不二崎中学校陸上部マネージャー。葵香子。
3年生の秋、10月3日。引退を賭けた駅伝大会を直前に控え、最後の大仕事ということで、気合が入っているというところだろうか。
もちろん、俺もまた、彼女と同じ3年生で、引退試合を控えていることも事実である。
しかし、確かに、彼女が先刻指摘したように。
この一週間。俺は一度もグラウンドのトラックに足を踏み入れていない。
理由という理由はない……と思う。ただ、きっかけがあっただけ。
「別にいいだろ。走ってないわけじゃないんだから」
そう。走ってないわけじゃない。中学に入ってから、走らない日などない。
自分で選んだロードを走ることは、この一週間も続けている。
大きい川沿い。10キロメートルほどある道を。
3キロメートル走り、500メートル流し、3キロメートル走り、500メートル流し、3キロメートル走る。
それが、俺の日課で。
それはやめていない。
だが。
やはり不二崎中学校のトラックを走る気にはならなかった。
「でも駅伝なんだから、他の選手とのコミュニケーションも大事だってば」
コミュニケーション、ね。
正直、俺と積極的にコミュニケーションを取ろうなんて変わった人間は、目の前にいる香子と、あともう一人ぐらいしか、この中学校にはいないと思う。
そもそも、そういう仲間とか、チームメイトとか。
そういう関係性を背負うことができるような人間ではないのだ、俺は。
「んなことしたって、仕方ないだろ。結局、走るときには一人なんだからさ」
走るときに、人は一人。
走るときには――独り。
だから、走っているとも言える。独りで、いたいから。
そういうことを考えると、やはり、“アレ”は柄にもないことを、我ながらしてしまったものだと思う。
「はぁ……まだ引きずってるの?」
「……別に」
「隠したって分かるよ。悠十が考えてることくらい」
「分かったような口を聞くなよ」
「分かったような口を聞くわよ。悠十はあたしの――」
――親友なんだから。
親友。親しい友。
言葉だけなら、それはとても簡単なものだけれど。
いやはや、こうして改めて言われると、重いものを感じざるを得ない。
それこそ、俺なんかには背負えない。
背負うのは、幼い頃に契った、あの一つの約束で十分だ。
「とにかく」
香子はバインダー抱えるように持ったまま、言った。
「明日は大事なミィーティングがあるんだから、ちゃんと来てよね」
「んー、はいはい」
俺は気のない返事を返す。
「じゃあ、ここまでは事務連絡ね」
香子は俺の席から二つ離れた自分の席にバインダーを置いた。
「事務連絡? 事務連絡以外に何かあるのか?」
俺は伸びをして香子の顔を見る。
すると、その顔はいたずらを思いついた子供のようにニコニコしている。
「実は駅前に新しいホットケーキ屋さんができてね!」
「ホットケーキ?」
「それでね、今カップルサービスで、男女二人で行くと50円引きなの!」
「カップルサービス、ね」
「いい?」
「何が?」
「なんでわかんないのよ!」
「人に頼み事するときにはそれ相応の態度ってもんがあるだろうが」
「う……。い……」
「い?」
「一緒に行ってください、お願いします」
香子は嬉しそうな顔から一転、悔しそうな顔で香子は頭を下げた。
「でもよ。俺たち別にカップルじゃないんだし、そのサービスは無効なんじゃないか?」
「べ、別に付き合ってる必要はないわよ! 単純に男女二人ならいいの!」
「へー。そういうもんか」
まぁ確かに、男女二人が付き合っているかどうかなんて、どうとでも言えることだし、それを調べる方法もないのだから、そこまで厳格にやっているわけもないか。
「つーか、あいつでいいじゃん。練習の後に二人で行けばいいだろ」
「あいつって……」
「俺とお前の会話の中で、不定称でも分かるやつって言ったらあいつしかいないだろうが」
香子がわざととぼけてることぐらい俺にだって分かった。
――どうしてとぼけたのか、も。
「……陸とはその……いいのよ」
「……あっそ」
だからって、俺自ら動こうとは思わない。
何やってんだこいつらは、と思うしかない。
踏み込む必要は、ないのだから。
* * * * * *
「…………はぁ」
俺は一つ、溜め息をついた。
別に大した意味はないけど。
目の前にいる“親友”がシロップやらホイップクリームやらが大量に載せられたパンケーキをペロリと平らげている様を眺めさせられて、我ながら、「何をしてるんだ」と思ってしまった、というくらいの意味しかない。
元来、欲求が薄い(と自認している)俺にとって、三大欲求の一つである食欲もその例外ではなく、夕飯前にこれだけのカロリーを取り入れるというのは、正直考えられないことである。
別に香子は特筆するほど大食家というわけでもないのだけれど、甘いものに関しては別腹ということなのだろうか。
「あーおいしー。でもこれで、またしばらく甘いものは控えないとか……」
何やらぶつくさ言っている。その辺はよく分からないけど。
まぁいいか。俺には関係ないことだ。
俺は安っぽい味のする紅茶をすする。それはまだ熱いままだ。
「ほら、早く食べ終われよ。俺だって暇じゃないんだ」
「むー。それ、女の子に言う台詞じゃないよ。デリカシーなさすぎ」
「ほっとけ」
「というか、悠十。暇じゃないってどういうことよ。家に帰って何かやることがあるの?」
「……勉強」
「勉強? なんでまた急に」
香子は訝しげに首を傾げる。
まぁそうだろうな。
香子や“あいつ”には勉強しなきゃいけない理由なんてない。
先天的な能力の有無だけが、入学要件となるあの学園に進学するなら、それほど必死に勉強する必要はない。
――それが、“あちら側”の常識。
まぁ、かといって俺だってそんなに必死こいて勉強するかといえばそうでもないのだけど。
ただ、比較的に、相対的にこいつらよりも勉強の手間が多いというだけだ。
いずれにしろ、一つ確かなのは、こいつらとの付き合いも残り数ヶ月ということだ。
「急に、じゃねぇよ。俺は学園に進学できないんだからさ」
「それって……」
「俺はお前らと違ってNORだってことだよ」
どうもkonです。
本当に久しぶりの投稿となります。
ここ1ヶ月は物理的にも、精神的にも整理が必要だったためお休みさせていただきました。
徐々にではありますが、落ち着いてきたので、これからもよろしくお願いします。
では、次回もお楽しみに!