(6)
第3章第6話です。
日中に連れられて、到着した学園はいやに静まり返っていた。
占拠された、なんていう言い回しから、穏やかならぬ雰囲気を勝手に感じていたのだけれど、そして実際にも決して穏やかな状況とは言えないのだろうけれど、こうして目の当たりにする限り、休日の学園はこんなもんなのだろうという感想だった。
ただ、静まり返っているだけで、特に校舎のどこかが損壊しているとか、焼失しているとか、そういうことはなく。
ますますどういう手段を使って生徒や教師陣を制圧したのかが分からなかった。
対人戦闘において、ドッペルゲンガーのあいつはさほど卓越した能力を有していたわけではないから、てっきり破壊工作によって制圧したのだと思っていたのだが。
もちろん、ハード面の破壊工作に限らず、ソフト面の破壊工作だってありえるのだけれど、篠原先生や葵宗二郎校長をして、この長時間に渡って回復できないということがあるだろうか。
ソフト面の破壊工作というのは、システムという特性上、復帰に時間はかからない、いわば可逆性がある一方で。
ハード面の破壊工作というのは、物理的な問題から不可逆性を有し、復帰にも相当な時間がかかるものである。
だからこそ、彼が校舎を破壊するという選択をするのが最も合理的で、もっともらしいと予測していたのだ。
「それで、どこかで待ち合わせというか、落ち合わせる、あるいは鉢合わせるとか、決まっているのか?」
オレは日中に尋ねる。
「はい。園立美山病院のロビーで、ということでございます」
「美山病院ね……」
学園のすぐ近くにある病院であり、学園が保有する病院である。
ということは学園が占拠された、という言葉には、美山病院も学園の一部として占拠されたということまで含まれていることになる。
確かに、戦闘能力を有する学園本体に比べて、より難易度は低いだろうが、病院というからにはそこにいたのは医者のみならず、治療を必要としている人たちも巻き込まれたことになる。
別に罪の大小が必ずしも重要ではないのだけれど、やはり、その罪は深いし、重い。
自然と、拳に力が入る。
「どういたしますか?」
「どうするって?」
「裏から侵入するか、表から正面きるか、でございます」
「表から正面きって入るよ」
「来ると分かっている以上、何かしらの罠を張っている可能性もありますが」
「それは裏から入っても一緒だと思うぜ。何しろ、何度も言うように、あの教師陣を全員封じ込めてるんだ。日中はともかく、オレみたいな素人が隠密行動ぶってみたところでたかが知れてるんだから」
「なるほど。緒多様がそうおっしゃるのであれば、私もそれに従うまでにございます」
「うん。じゃあ、行くか」
「はい」
そう言って、オレと日中は学園の門を通りすぎて、園立美山病院へ足を向けた。
* * * * * * * * * *
「よお」
オレは全くオレと同じ顔をしたドッペルゲンガーに向かって、わざとなれなれしく声をかけた。
「こんなところで、待ち合わせってのもなかなか、いい趣味してるよな」
「そんなところに、のこのこと出てくるお前も、いい趣味してると思うけどな」
ドッペルゲンガーは見慣れない制服を着ていた。
「それで、何をすればいい?」
オレはまっすぐに彼を見つけて問う。
「未来たちを助けるために、オレはどうすればいい? いつぞやの夜のように死闘を演じればいいのか?」
「まぁ、それもある種、俺好みの展開ではあるけどな。しかし、オレ。俺が今回ここまで手の込んだことをしたのは、そんなにシンプルな目的のためじゃあないんだよ」
「シンプルな目的だか、複雑な目的だか知らないが。お前、どれだけ人を巻き込めば気が済む? 無関係な人たちを巻き込んで。こんなことが許されるとでも思っているのか?」
「巻き込む、ね。巻き込んだのは、俺というか、お前だと思うぜ。お前の生き様がみっともないから、こんなことになってんだからよ」
「…………」
「だがまぁ、安心しろ。今、お前の大好きな緋瀬未来を始め、ほとんどの生徒や教師、そしてここの患者た医師はただ、おねんねしてるだけだ。かといって、本当に純粋な意味での睡眠じゃあないんだけどな」
なるほど。
占拠しているはずの学園から離れているのは妙だとは思ったが、そういうことか。
こいつは、ハード面の破壊工作をしたわけでも、ソフト面の破壊工作をしたわけでもなければ、対人戦闘で封じ込めたわけでもない。
マインド面での凍結。皆の意識を、思考を、感情を、操作を、停止した。
そりゃあ、教師陣も対抗できないはずだ。
そして、そんなことができるのは。
「《情念の核》か……」
「へぇ。意外と察しがいいじゃねぇか」
元から、あの赤紫色の光を見た時点で、核の力が関係していることくらいは予想ができていたのだ。
あとはそれが、《情念の核》なのか、《空間の核》なのかというだけのこと。
《時間の核》である、クロノスもそうだが、核に起因する能力や事象はかなり包括的、もっとラフに言ってしまえば、アバウトだ。
未来の記憶を視る。
時間を歪めて斬る。
記憶と記録を消す。
要は物事を時間という概念でとらえるのか、空間という概念でとらえるのか、情念という概念でとらえるのか。
だから、この核には、この能力があるという風に即座に決定することのできるものではないのだ。時間に関する事象として捉えることができるのなら、そしてそれに見合う代償を払うことができるなら、クロノスにできないことは基本的にない。
そして、今回の場合。
人の意識、言うなれば人の感情を凍結させる能力。
事象たる既存物と心象たる生成物を交換させる笛。
これらは、やはり、空間として捉えるよりも、情念として捉える方が自然だ。
もちろん、これも恣意的な推論ではあるけど、こうして彼が認めた以上、やはり情念の核、パトスなのだろう。
「それで、情念の核たるパトスを保有しているお前が、ここまでしてオレに何をさせようって言うんだよ」
「そうだな、先ほどお前は死闘を演じると言ったな」
「それがどうした? 確かにオレはそう言ったけれど、その解答を他でもないお前が一蹴したんじゃないか」
「一蹴って。そこまではしてないだろ。むしろ部分否定だ。半分は間違いじゃない」
「…………」
オレは背中にかけた《シンゲツ》に手を伸ばす。
「ああ、違う違う。合ってるのは述語のほうだ」
「述語?」
「そう。演じる。演じるのさ。それも死闘ではなく、失敗を演じてもらう」
「失敗?」
「そう。お前がどういう失敗をしたのか、その身をもって演じ、体験してもらおうっていう話だよ」
「何を言って――」
「少々役不足な感じもあるが、まぁそれは、代役を用意してある」
「お前、さっきから――」
「これは香子が望んだことだ」
「香子さんが望んだ……」
「お前の役もあるぜ、執事さんよぉ」
「てめぇ、日中でも巻き込むつもりか!?」
「巻き込む、巻き込まない以前にそいつも立派な関係者だ。エキストラとはいえ、しかし、重要な役どころには変わりない」
「役……?」
「そうだよ、舞台の前に登場人物を排除する馬鹿がどこにいる」
「ふざけるのも大概に――!」
「ふざけてねぇよ。ふざけてるのはお前の方だ。おっと、その前に前回までのおさらいをしておかなくちゃな」
「前回までのおさらい?」
「そう。おさらい。物語には文脈ってもんがある。その前に登場人物がどういう経緯を辿ってきたか、どういう感情を抱いていたか。そういうもんがなけりゃあ、舞台の役者の演じる事象や感情は意味を持たない」
そう言って、茫然とするオレの首根っこを右手でいとも簡単に掴む。
その瞳は、やはり赤紫色の光を湛えていた。
そして、一言。
「再生、開始」
どうもkonです。
少し投稿時間が遅れまして、すいませんでした。
次回もお楽しみに!