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第1章第3話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「よし、大分人数は多いが、全員揃ったようだな。ではこれより九組十組合同執行演習を始める」
「貴重な機会やさかい、それぞれしっかりと互いのええところを吸収しておくれやす」
篠原先生に続いて、九組の担任である柊先生がそう言うのに対し、執行演習の時にはいつもピリピリしている十組男子勢の空気が弛緩する。
柊先生は篠原先生とは対照的に若者らしい派手めな格好をしている。もちろんケバいのではなく、おしゃれに気を使っているという意味で。
その和やかな京言葉も男子生徒たちがほだされる要因なのかもしれない。
「合同演習で浮かれるのもいいが、注意散漫な者には容赦はせんぞ?」
しかしその一瞬の弛緩を見逃さないのが篠原紀伊というお方で、すぐに冷たい言葉が飛んできた。
ヒッという悲鳴がちらほら聞こえたかと思うと、これまた一瞬で緊張感がみなぎる。
それを見渡して、ある程度満足したらしい篠原先生はコホンと一つ咳払いをして言葉を続けた。
「よし。ではこれより新しいチームに分かれてミーティングを行ってくれ。ミーティングの後は互いのMINEのペアリングを始める準備をしておけよ。では解散!」
篠原先生の号令と同時に生徒達はあらかじめチームごとに決められた集合ポイントへと移動し始める。
「ゆうく〜ん、迷子にならないように香子さんが付いて行ってあげるよ〜」
「流石のオレでもそこまでドジじゃないですよ。まぁでも、折角同じ班なんですし一緒に行きましょうか」
「いえ〜い。いや〜どんな人がチームメイトなんだろ〜ね〜。いや〜楽しみ楽しみ〜」
やはりこの人に悩みなんてないじゃないか、と心の中で思ってみながら、オレと香子も集合ポイントへと向かう。
集合ポイントでは先に二人の生徒が待っていた。
「えーっと、XD5班で合ってるよな?」
オレはその二人の生徒に確認してみる。すると返事をしたのは生徒のうちアッシュブラウンのロングストレートの髪を真ん中分けにしている少女だった。
「はい、わたくしどもがXD5班としてお二方とチームを組んでいただく美鳥祇 現と日中 天でございます。以後、お見知りおきを」
そう言って上品にお辞儀した少女の斜め後ろで長身痩躯で眼鏡をかけた少年も同様に頭を下げている。
「お、おう! こちらこそよろしくな。オレは緒多悠十で、彼女が葵香子」
やけに大仰な自己紹介に面食らったオレは頭をかきながら子どもみたいな挨拶をしてしまう。
「葵……香子さんですか。存じております」
美鳥祇と名乗った少女は目を細めて香子の方へ視線を移す。
「あ〜れ〜? あたしたちってどっかで会ったことある〜?」
首を傾げて無邪気に尋ねた香子に、美鳥祇は一歩前に出て香子を見下ろすように見た。
今気づいたが、美鳥祇は女の子にしては背が高い。すらりとしたその姿はモデルと言われても何も驚きはしないレベルだ。それに加えて香子は平均より少し低いぐらいなので余計に背が高く見える。
「では、あなたが学年長であり、主席生ということでよろしいですね?」
柔和で丁寧な口調の裏に明らかな敵意が感じ取れた。
「まぁ〜そうなるね〜。それがどうかしたの〜?」
香子はニコニコした顔をピクリとも動かさずに再び尋ねた。すると美鳥祇は微笑を浮かべながら答えたのだった。
「どうかするわけではございませんが。そうですわね。わたくしと一戦交えていただけませんか?」
さらりと言った言葉にオレは固まる。何を言ってるんだこいつは。展開が急すぎてついていけない。
「ん〜。一応聞いてもいいかな〜? どうしてつーちゃんはあたしと戦いたいのかな〜?」
この状況で初対面の美鳥祇に対して「つーちゃん」とあだ名で呼んでみせる香子の余裕に驚いたが、美鳥祇はそれには反応することなく、真っ直ぐ香子を見据えて答える。
「あなたが学年長であり主席生であり、わたくしが次席生であり翡翠塾の社長、美鳥祇 劉朔を父に持つゆえに」
「あ〜なるほどね〜?」
オレにはさっぱり理解できない。
「ご理解いただけたなら早速、始めたいのですが?」
「いやいや待てよ、美鳥祇。何かよく分からないけど、とりあえず今は勝手なことしないほうがいいって。篠原先生怒らせると怖いからさ」
オレは一触即発の二人の間に割り込んだ。理由はどうあれ、勝敗がどうあれ。ここで彼女たちを戦わせるのはまずい。今周りの生徒らはMINEの執行システムを起動していない。すなわりベールによる庇護を受けていない、生身の体なのだ。そんな中でMER同士の戦いなどが始まったらどよめく程度じゃあすまない。
二人の間の緊張感とオレの焦りが頂点に達したとき、美鳥祇の後ろで控えていた少年が美鳥祇の前に立った。
「現様。お止めください。逸る気持ちもお察ししますが、あくまでわたくしたちは生徒の身。教師の指示に従うべきかと」
「天。そこを退きなさい。主人の前に従者が立つなど許されませんわよ」
オレと香子に対して背を向けて立っているので、その日中という少年がどんな表情で話しているのかは窺えない。
しかし、美鳥祇の強い口調の後に日中は一つ小さなため息をついたかと思うと先ほどまでの恭しい態度から一転、迷いのない口調で答えた。
「……。現様。わたくしは常識のない主人に仕えた覚えはございませぬ」
「そ、そのようなこはありません!」
「そもそも現様は世間の常識に疎すぎるかと。出会ったばかりで決闘を申し込むなど、そんな無礼なことは聞いたことがございません。わたくしはそのような主人に仕えるくらいなら美鳥祇の執事としての任を解いていただいて結構でございます」
「困りますわ! あなたにいなくなられたら、誰がわたくしの執事をするのです!?」
「それはわたくしの知ったことではございません」
「………………分かりましたわ。ここはひとまずあなたに従いますわ」
「左様でございますか。ではそのように」
くるりと身を翻した日中はオレと香子に深々と頭を下げた。
「大変失礼いたしました。わたくしたちはMER向けの塾の一つである翡翠塾に所属している者でございます。先ほど申し上げた通り、美鳥祇現は翡翠塾の社長である美鳥祇劉朔の実子であり、次期社長でございます。そしてわたくしは美鳥祇現の執事として仕えております」
「それで、なんで決闘なんてことになるんだ?」
オレは緊張で強張っていた体がやっと解けていくのを感じながら日中に尋ねた。
しかしその問いに答えたのは日中でも美鳥祇でもなく、オレの背後にいた香子だった。
「それはね〜ゆうくん。学園がMINEの発行権利を独占しているからだよ〜」
「MINEの発行権利?」
「そう〜。翡翠塾も含めてMERの育成機関は学園以外にもたくさんあるけど〜、MINEを生徒に発行してあげられるのは《学区》を与えられている学園だけなんだよ〜」
「それでもまだ分からないですよ。MINEの発行権利を学園が独占していることと決闘を申し込まれることと、どういう関係があるんです?」
この問いには日中に諭されてふてくされている美鳥祇が答えた。
「学園がMINEを独占することが正当化されているのは学園が他の機関よりも優れているという前提があるからなのですわ。逆に考えれば、学園生よりも塾生の方が優れているという証明さえあれば、その前提は覆るのです」
「それで学園のトップである香子さんに決闘、か」
確かに議論としてはあり得ることなのかもしれないが、オレからしてみるとどうしてそこまでしてME技術に執着するのかという心の部分までは理解できなかった。
それはME技術が必ずしも正義を生むわけではないということを蓼科の事件で嫌という程知ってしまったということに起因しているのだろう。
まぁ何はともあれ、日中の説得のおかげで美鳥祇と香子がこの場で戦うことは避けられた。
「とりあえず、今は戦うわけにはいかないんだし、先生の言ってた通りペアリングの準備でもしようぜ」
「は〜い」
「……」
「現様」
「わ、わかりましたわ!」
……なんだか波瀾万丈の交流授業になりそうである。
どうもkonです。
美鳥祇現ちゃん、日中 天くん。名前読みにくいですね。そのうちこの子のキャラクターも深めていけるといいですが。
では次回もお楽しみに!