(4)
第3章第4話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。
「今――なんて――」
オレは無意味に日中に問い直す。
「緒多様の姿をした少年が、学園を占拠した。そう申し上げました」
何度聞き直したって、彼の言葉が変わることはない。
占拠した。どういうことだ。
あのドッペルゲンガーが、緒多悠十として学園を制圧したというのか。
「彼が占拠を始めてから、すでに丸一日が経ちました。学園のシステムを掌握し、教師や生徒を人質に学園に立てこもっている状態です。警察や特殊部隊に対しての連絡回線も全て絶たれています」
教師や生徒――。
「まさか、未来や怜も――」
「えぇ。緋瀬様も柑野様も同様に監禁されています」
オレは奥歯を強く噛んで怒りが爆発しそうになる衝動を嚙み殺す。
――巻き込んでしまった。
オレの問題だったはずのこの事件にまたしても少女たちを巻き込んでしまった。
《道化騎士》
《分離実験》
《世界樹の鍵》
《絶対論理の核》
彼女たちは既に苦しんだというのに。
彼女たちは既に終わったというのに。
また、他でもないオレが巻き込んでしまった。
――いや、待て。
本来、オレとドッペルゲンガーの問題だったというなら。
なぜ学園を占拠する必要があった?
「目的が……分からない」
そう、目的がさっぱりだ。
彼の目的は一体――なんだって言うんだ。
あの日、オレに対して向けられた殺意は確かに本物だった。
動機は分からずとも、少なくともオレに対する殺意があったことだけは本当だった。
しかし、そのオレを葬った後にとった行動が、学園の占拠。
そこに、何の因果関係も、相関関係も、対抗関係も、対称関係も見いだせない。
繋がりが見えないということはそれらの事象が向かっている先も見えない、ということだ。
「目的、ねぇ……?」
蓼科はそう言いながら未だに赤いキューブを弄び続けている。そして、その隣の日中を見たとき、一つ疑問が生じた。
「あれ……。じゃあどうして日中はここにいるんだ?」
教師や生徒が人質に取られたというなら、日中もまたその監禁対象に含まれているはずじゃないのか。
「それがまさに疑問なのですよ、緒多様。実は私は彼に開放されたのです。いや、開放というよりは使役されたというべきでしょうか」
「使役された?」
「そうでございます。何せ、私にここに来るように命じたのは他でもない、あなたと同じ顔をした彼なのですから」
「ドッペルゲンガーがここに来るように言ったのか?」
「えぇ。そしてそれだけでなく、彼は『自身』を――すなわちあなたをを連れてこいとも言ったのです」
「それって――」
奴は、オレが借り物とはいえ、身体を取り戻したことを知っている――?
いや、そもそも蓼科がオレの身体を生成し直すことを知っていた――?
違う、それだけじゃ足りない。それだけじゃ説明できない。
奴は〈ME化したオレを蓼科が発見し、そこに人体生成に特化した日中が現れ、オレを錬成人間として復帰させる〉というそのシナリオそのものを予見し、実行したということになる。
「そんなことが――」
可能な存在を、オレは知っている。
白い髪の少女。
今はオレの傍にはいない、時間という時間の原点。時間という時間の《核》。
彼女の力をもってすれば、不可能じゃない。
だとすれば――そういうことになる。
「で、どうするんだい、悠十くん?あちらさんは悠十くんの出演を望んでいるようだけど?」
「そりゃあ、行くしかないだろ。だって――」
「まぁ、悠十くんはそう言うと思っていたけれどね?おおかた、学園の人たちが巻き込まれたのは自分のせいだ、とでも思っているところじゃないかな?」
「見透かしたようなことを言うなよ」
図星、だった。
「でもね、悠十くん。分かっているかもしれないけど、今の悠十くんにMERとしての能力はないし、その、“アレ”の力もないわけだよね?それで、一体全体どうやって対抗するっていうんだい?」
蓼科は赤いキューブを天井の照明に翳して眺めながら言った。
“アレ”と、クロノスの力を伏せて話したのは、日中がいるからだろうか。さっきから気になっていたことだけれど、どうやら日中は《核》については関知していないようだ。
それはともかく。
蓼科の言ったことは確かに現実的な指摘である。
何度も言うように、今のオレは錬成人間。身体を生成してもらったときに、一度試したが、簡単な生成もできないようで、MINEが使えないどころの騒ぎではなく、完全にオレは生成能力を失っている。
そして、クロノスの力は当の本人が不在。
ゆえにオレは現時点で、戦力にならない。
さらに付け加えると日中もMERとしての戦力に数えるのは難しいだろう。
彼も元から人体生成特化のために任意の物を生成するイメージ演算領域は失っている上、オレの身体を維持するために生成能力をさらに摩耗しているのだ。
しかし。
だからと言って、やはり引き下がるというわけにはいかない。
それにオレも日中もMERとしてはともかく、完全に無能というわけではないのだ。
水平流剣術。
それがどれだけ通用するかは分からないが。
しかし、少なくとも前回彼と対峙したときには、彼自身の戦闘技術が今のオレよりも高いということは感じられなかった。
得物さえあれば。一対一の戦闘なら互角。ましてや二対一なら有利とも言える。
「技術的には勝てなくもない……と思う。ただ、何か武器になるようなものはないか?」
「ああ、それなら、悠十くんが襲われたであろう踏切にこんなものがあったけど?」
蓼科は思い出したように立ち上がって、部屋の奥は何やら漁り出す。
そして数秒後、彼は何やら長いものを取り出して、戻るとテーブルの上に置いた。
布にくるまれたそれを慎重に観察する。
そして、ゆっくりとその布をほどく。
それは、刀だった。
しかも、知らぬ銘ではない。
《シンゲツ》
オレがドッペルゲンガーに襲われた日、手にしていた日本刀。
なぜ、これがここに。
「悠十くん、これは君のものかい?」
「ああ、おそらく、だけど」
「そうかい?じゃあ、確定だね」
「確定?なんの話だよ」
「《大天使の笛》の能力に決まっているじゃないか」
《大天使の笛》の能力。
確かにそれは、とても重要な謎ではあったけれど、なぜこのタイミングでその能力の子細が明らかになることになるんだ?
「まさか、とは思うけど、悠十くん。ここに来てピンと来ていないのかい?」
「いや……全く……」
「やれやれ。やれやれやれやれやれ。鈍いなぁ、悠十くんは」
「オレを責めたい気持ちは分かったから早く説明してくれよ」
「はぁ……。いいかい、悠十くん。普通、MERがいなくなったとき、つまりイメージ演算領域の主が消えたとき、生成したものはどうなると思う?」
「そりゃあ還元されるだろう。MEで生成された物は言ってみれば、想像されるから、存在するんだし」
「そう。人間が『我思う、ゆえに我あり』ならMEは『我思われる、ゆえに我あり』だからね。じゃあこれは本来ここに存在しないはずじゃないのかい?思うはずの悠十くんが、一時的にとはいえ消失したんだから」
「その理屈は分かっているよ。確かに、ここにそれがあるのはおかしい。けど、それがどうして《大天使の笛》の能力に繋がるのか分からないって言っているんだ」
「おかしいことに気付いたなら、その次を考察するべきだと、僕は思うけどね。じゃあこう考えたらどうだい?悠十くんがいなくても、なくならないものってどういうものだい?」
「そんなものはいくらでもあるだろ。このテーブルだって、この研究所だって、オレがいようといまいと存在し続ける」
「それをもっと一般化して言うと?」
「一般化……?」
数秒考えて、もっともシンプルな解答が。
「MEで生成されてないもの……?」
「そうだよ。そう。つまり、生成物ではなく、既存物。心象によって生み出された物ではなくて、現象として既に在った物」
「じゃあ、オレが襲われたときに使っていたのはMEに生成されたものじゃなかったとでもいうのかよ。そんなわけ――」
「そんなわけないじゃないか。戦ってる人の刀をすり替えるなんて、よっぽどだよ?それにそれじゃあ、《大天使の笛》の能力とは無関係じゃないか」
そして、オレはさらに考える。
考える。
考える。考える。
考える。考える。考える。考える。
考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。
考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える――
そして、解答。
「生成物から既存物に――“なった”?」
「正解。つまり、どういうことになる?」
「つまり、《大天使の笛》は――」
生成物を既存物に変える。
既存物を生成物に変える。
心象を現象に塗り替える。
現象を心象に塗り替える。
それが嘘のような真実だった。
どうもkonです。
思い返してみると、意外のこの小説は安楽椅子探偵っぽいところがありますね。
まぁどうでもいいことですが(笑)
では次回もお楽しみに!