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第3章第3話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「私の話は以上です。お時間をいただき申し訳ございませんでした」
日中はそう言って頭を下げた。
命を懸けて一人の少女を護る。
言葉にしてみればそれはとてつもなく尊く、清く、美しいものなのだけれど。
そういう背景を下敷きにしてしまうと、さして美談というわけでもなかった。
「さて、さて。それじゃあ悠十くんの中でおおよその疑問はもう解決してくれたのかな?」
蓼科は先ほどの赤いキューブを指で弾いて弄びながら、言った。
「とりあえず、日中がこうしてここにいて、オレの身体を維持してくれているってところまでは」
日中が疲弊している理由も明らかだ。常に美鳥祇の傷をカバーしながら、オレの身体をそれこそ丸ごと生成しているのだ。それで疲弊しないわけがない。
「それは結構だね?じゃあ、これからどうするのかを――」
「待てよ、蓼科」
オレは蓼科の言葉を遮る。
「まだ、オレは最初の疑問について答えを得ていない。ここがどこかっていうさ」
「ああ、そんなことかい?別にそれは重要なことじゃないだろうに」
「お前にとっては重要じゃなくても、オレにとっては重要なんだ」
「ふうん?まぁいいけれどね?」
「あんたはあの事件で――正確に言えば能見を殺した罪で捕まったはずだ。それがどうして、こんな場所で一般人であるところの日中と接触を持って、こんなところにいるんだ」
蓼科が《道化師》として暗躍した数か月間、実際に彼が起こした罪というのは「能見秀星の殺害」である。
その他については未遂というか、どう裁くべきか分からないところなのだろう。
《クロノス》を使ったMEに関する記憶の抹消。
《ロゴス》の開発。
そもそもそれらが人智を超越しているがゆえに、人工であるところの法で裁くなんてことが不可能なのだ。
だけれど、一点。
能見秀星という、あの下卑た、下劣な、不純な、下品な、不善な、科学者をナイフの投擲によって殺害したという事実だけは。
人を殺めたという事実だけは。
法で裁くことが可能な罪だ。
だからこそ、蓼科は殺人という罪に応じた罰を受けているはずなのだが。
ここはどう見ても収監所という感じではなかった。
収監所というよりも。
研究所というべきだ。
脱走?
まぁこいつの知能指数を鑑みればそんなことがありえないわけでもなさそうだが。
だとしたら、日中は脱走犯を匿っているということにもなりかねない。
オレとしてはそういう流れは望むところではない。
そんな危惧を察してかは分からないが、蓼科はその気怠そうな口調のまま、本当にどうでもよさそうに答えた。
「こう見えても僕はパイプはあるほうでね?上の隠したいことをちらつかせて、収監所入りを免れるくらいの芸当はそれほど難しいことじゃないんだよね?むしろ悠十くんの戸籍を偽造するほうが苦労したくらいさ?だから、天くんが脱走を手伝ったとか、そういう非合法なことに絡んでいるわけでもないし、特別気を付けなきゃいけないことがあるわけじゃないよ?」
上の隠したいこと、なんて言葉がある時点で、大分黒に近いグレーだと思うのだが。
「で、ここは上が用意したプチ研究施設ってわけだよ。今まで通り医療機関にしてもらうって手もあったんだけど、殺人犯がお医者さんってのもぞっとしないからね?隠居で研究しているんだよ」
日常的にオレを監視しているやつが何を言ってもぞっとする、あるいはぞっとしない話だ。
ところで、ぞっとしない話、というのは感心しない話という意味で、ぞっとする話というのは怖い話っていう意味だ。一応注釈。
「じゃあ、今度こそ、これからの話をしようか?」
いい加減めんどくさくなってきたので、オレも未だにいくつか残っている疑問を飲み込んで首肯した。
「とりあえず、悠十くん?君は身体を取り戻さなくてはいけないよね?」
確かに、そればっかりは否定しようのない事実だった。現在、オレの身体を維持するために日中に負担を強いている。その状態を打開することが必要であることは、それこそ疑問のはさみようがない。
「だけど、蓼科。その方法は分かってるのかよ?そもそも敵の正体すらいまいち掴めていないのに」
敵が誰かは分かっている。
オレの顔をした分身。ドッペルゲンガー。
されど、あれがどういう存在なのかは未だに不明なのだ。
オレに酷似した者という可能性がないわけではないし、ホログラムか何かでオレに変装した誰かという可能性だって捨てきれない。
もちろん超常現象としてのドッペルゲンガーということもありえるし、現在のオレと同じような錬成人間という可能性もあるけれど。
しかし――。
「敵の正体、ね?でも、悠十くんのことを最初に特定して狙っていることを考えれば、つまり悠十くんを最初に特定して恨んでいるのだったら、悠十くんの知り合いという可能性は強いんじゃないかい?」
知り合いによる犯行。
だというなら、誰かが変装しているということになるのか。
そうなると動機から推測することもできるだろう。
つまり、あのドッペルゲンガーが抱いていた第一にして唯一の動機は、香子。
香子のことに関してオレに恨みを抱いている人物……?
そうなってしまうと、今度は誰でもありえてしまうように思えた。
例えば、香子のことを好いているクラスメートとか。
例えば、香子の実父である葵宗二郎氏とか。
ありえな……くはないだろう。
それにもう一つ。
あの赤紫色の光。
嫌な経験則ではあるけれど、やはりあれは、《核》の力に類するものだと思うのだ。
人工である《絶対論理の核》を除けば、残るは二種。
空間を司る《コスモス》。
情念を司る《パトス》。
それら実際にどのような能力を有しているのか、オレは知らないし、それを時間を司るところのクロノスに聞くこともままならない。
身体を失った時にクロノスを失ったと考えるべきなのだろうが、日中による生成によって錬成人間状態になった今でも、クロノスの存在を感じないあたり、まだクロノスを取り戻してはいないのだろう。
本物の身体を有していない以上、《核》を留めることはできないのかもしれない。
そうなると、あのドッペルゲンガーが何者かの生成によって存在する錬成人間であるという線は消えるということになるし、超常現象説もひとまずは排してしまっていいことになる。
やはり、実在の人物による人為であるのだろう。
と、ここまでぐるぐると考えたところで、蓼科の言葉に違和感を覚えた。
「……蓼科、今なんて言った?」
「いや?だからね、敵の正体が悠十くんの知り合いである可能性は強いんじゃないかってことだよ」
「違う、その前だ」
「『とりあえず、悠十くん?君は身体を取り戻さなくてはいけないよね?』」
「戻りすぎ」
そこで、蓼科はまた嫌味な笑みを浮かべながら、先ほどのセリフを再生した。
「『でも、悠十くんのことを“最初”に特定して狙っていることを考えれば、つまり悠十くんを“最初”に特定して恨んでいるのだったら』」
――こいつ、わざと惚けやがったな。
「最初に、って……どういうことだよ」
「最初ってことはその続きがあるということじゃないのかい?」
続きが、ある。
続きが、あった?
嫌な予感が、否、嫌な実感が借り物の身体を走る。
「おい!蓼科!何があった!?」
オレが声を荒げたところで蓼科は嫌味な笑みを浮かべるだけだった。
日中の方に向き直り、オレは今にも過多になりそうな呼吸を抑えながら、質問を繰り返す。
「日中……答えてくれ……」
懇願するように、嘆願するように。
否定してくれと、全否定でなくともいい。
せめて部分否定でもいいから。
「何が……あった」
そして、日中はかけていた眼鏡を一旦外し、オレから視線を外してこう言った。
「緒多様の姿をした少年によって学園が占拠されました」
どうもkonです。
「ぞっとする」の否定形は「ぞっとしない」ではないというのは面白いですよね。
ニホンゴッテムズカシイ(笑
では、次回もお楽しみに!