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第3章第2話です。
ブクマ、コメントとうよろしくお願いします。
自業自得。
自らの業の結果を自らが得ること。
それは、本来結果の良し悪しを問わず用いられる言葉ではあるけれど、多くの場合、悪い結果について言及される。
そして、今、日中の言ったそれも例に漏れることなく、悪い結果について言及されたものであることは想像に難くなかった。
「まず最初に前提として。私のイメージ演算領域の大半は人体生成にのみ使うことができるように特化されています」
「人体生成にのみに特化……?」
それがどういうことを指しているのか、オレにはよく分からなかった。
「はい。特化というよりも制限というべきなのでしょうか。本来イメージ演算というのは様々な物体をその場その場でイメージするという可変性を有しているものです。しかし、その分、行えるイメージ演算の精緻さはダウンします。ですが、私の場合、人体の生成のみをイメージできるように固定化されています。つまり、様々な物体をイメージすることはできませんが、人体については誰よりも精緻にイメージすることができるようになっています」
「えっと、すまん。正直脳がついていけてない」
「少し抽象的に過ぎましたね。……そうですね、工場に例えてみれば分かりやすいでしょうか。パンと服と本という三つ製品を同じ工場で作るときには多種多様な機械を導入しなくてはなりませんから、それぞれの製品は量も質も大したものは作れません。しかし、パンしか作っていない工場は、パンを作る機械だけ導入すればいいですし、他の作業もパンの製造だけに特化させて良いわけですから、同じだけの予算を与えれば、ずっと多くの、良質なパンを製造できる。この理屈は分かりますよね?」
「まぁ。それくらいは」
「ですから、私のイメージ演算領域は、人体生成だけは他のMERよりも正確に、それこそMINEを使用しなくても可能なほどに、特化している一方で、それ以外に関してはからっきし、というわけでございます」
「それで――。それの何が自業自得なんだよ」
「……。緒多様には確か、ご兄弟がいらっしゃいましたよね?」
「ああ、まぁな。日中もオレが燕斎に助けられた日に会ってると思うけど、弟が一人いるよ」
兄弟。
戸籍上で言うなら、という一言は言わずにおいた。
別にそれは関係のないことだろうし。
それに、オレはあいつのことを弟のように思っている。
もちろんそれはあいつに世話になっている、恩を感じているからなのだろうけれど。
「私にも妹が一人いるのですよ」
「妹、ね」
「はい。名を栞と申します。そして、日中の家に生まれたからには美鳥祇の者に仕えるは宿命。それに関しては私も栞も昔から教育されておりました」
そこで、日中は一拍置いた。
「しかし、私は一度、その仕えるべき主人を裏切ってしまったのです」
裏切った、というのはいささか婉曲した表現であるように感じられる、などとオレは場違いなことを考えたが、何も言わなかった。
「いえ、ここまで話したからにははっきり言ってしまいましょうか――」
「――私は栞のために現様を殺そうとしたことがあるのですよ」
殺しかけた、というのはいささか直接的な表現であるように感じられた、などとオレは当然なことを考えたが、何も言えなかった。
そして、そんなことがあるのか、と。
オレにとっての未来であるはずの、美鳥祇を日中が殺そうとした?
驚きが思考に遅れてやってきた。
そして、日中は“栞のために”と言った。
オレにとってのヒサにあたる、栞という見知らぬ少女のために、美鳥祇を殺そうとした、と言ったのだ。
「なんで、そんなこと、に」
我ながら馬鹿のような質問を、阿呆のような声音で問うた。
「去年のクリスマスに起きた事件のことを緒多様は覚えてらっしゃらないのでしたよね」
「クリスマスの事件って……」
クリスマス。オレの記憶の終点にして、記憶喪失の始点。
それは蓼科とあの遊園地で、まさに死闘を演じたときにも言っていた。
園立美山病院で起こった過激派NORによるテロ事件。オレが蓼科の病院に搬送されることになったというテロ事件。
そして、蓼科によれば、MEが「こちらの世界」に生じることになった発端。
「私と栞、そして現様もその事件の際、あの園立美山病院にいたのですよ、人質の中に」
「な……」
そんな偶然ってあるのか。もちろんこの地域に住んでいるということは同じ病院に同じタイミングでいたことが奇跡ということはない。
それに、そうだというなら、日中と蓼科の間に面識があったとしてもおかしくはないのだ。本人、もしくは関係者がオレと同じように蓼科医院に搬送されたなら。
確かに理屈は通っている。けれど。
さっきから「驚愕の真実」が明らかになりすぎて、整理がつかない。しかし、そんなことには構わず、日中の話は続く。
「そこで犯人グループが何をしたかも、いや、人質たちに何をさせたかも、緒多様はご存知ないのですよね」
「……」
そう。知らない。蓼科に言われたのちも、後に後にと引き延ばし、テロ事件について調べることはおろか、考えることすらしていない。
「犯人グループは、MERが人を殺した、というその事実だけが欲しかった。その事実さえあれば、MERに対する反感は倍増する、と考えたのでしょう。だから、彼らは人質にいたMERに銃を渡し、一緒にいた者を一人殺せ。それが人質を解放するための条件だと、そう脅したのです」
それが誰だったのか、もうこの時点でオレには分かってしまったのだった。
そんな脅しをされたなら、誰も自分がMERなんて言い出すはずがない。
けれど彼はオレや美鳥祇よりも一つ年上。つまり、その時点で彼はすでに学園の生徒だったということになる。だから、もし、そのとき制服を着ていたなら、犯人グループからMERだと簡単に判別されてしまったことだろう。
もちろん、その場には彼以外の他の多くの学園の生徒がいただろう。
「緒多様、もし、あなたなら。緋瀬様と弟君とどちらを撃ったのですか」
そういうことだった。
そういうことでしかなかった。
一人は彼にとって、一族の命として護りたい人だった。
一人は彼にとって、家族の絆として護りたい人だった。
一方を救うということは、他方を救わないということ。
一方を選ぶということは、他方を選ばないということ。
そして、その時の日中は――。
「私は、我が主を撃ったのです。この手で。引き金を引いたのです」
「でも、それは――」
「脅されたから。えぇもちろんそれは、真実です。けれど、だからといって結果が変わるわけではないのですよ」
日中の目はとても遠くの物を見ているようだった。
「結果よりその過程が重要だという言葉がありますが、しかし、それは絶望的な結果が自身の身に降りかかっていない者の希望的観測です。結果ほど救いようのない物はありませんからね。状況が完了してしまっている以上、それはどうにもならない。エンドマークが打たれたバッドエンドはどうひっくり返ってもハッピーエンドにはたどり着かない」
「でも、美鳥祇は今現に生きているじゃないか」
「はい。そうです。でもそれは私にとって僥倖であるとともに贖罪の結果でもあるのですよ」
「贖罪?」
「はい。美鳥祇家からすれば私の行いは立派な背信行為。自身の家族可愛さに主を射殺しようとするなど、まさに罪以外の何物でもございません。だから、美鳥祇家は私にある役目を与えました。それがこの結果です」
日中は自分の手を拳銃のような形にして、こめかみにあてた。
「美鳥祇家の決断は私の生成能力を以て、現様の損傷した身体の一部を維持する、そしてこれ以降の損傷の治療を行うことで、日中家の失態を不問とする、というものでした」
「それは今も――」
「えぇ。今も。つまり、そのために私のイメージ演算領域は治療、すなわち人体生成に特化しているのですよ。もし私が生成能力を失えば、現様の身体の一部を維持することはできなくなります。それが私に課せられた罰です」
オレは大きな勘違いをしていた。
オレや北條が権利として未来を護りたいと思っているのに対して。
日中天という少年は権利ではなく、ましてや義務なんて生易しいものではなく。
贖罪のために美鳥祇現を護ろうとしているのだった。
どうもkonです。
シリーズ前作の「刻の代償」と関係するところも多くなってますので、そちらも併せてご覧いただければと思います。
では次回もお楽しみに!




