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Multi Element 〜幻(ユメ)の代償〜  作者: kon
天候操作―Calamity Palette―(B)
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(7)

第2章第7話です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。

 そして、放課後。


 昼休みにまとまったように、オレは未来、そして怜とともに香子の見舞いに行くことになった。


 向かうのは香子の自宅。住所は未来が覚えていて、彼女の記憶を頼りに向かうこと1時間。オレたちは白い一軒家の前に立っていた(ちなみにすっかり斜めになってしまった未来の機嫌を取るために、道中、通常の二倍はする高級クレープを買うはめになった)。


「なんつーか、思ったより普通の家だな」


 葵、という表札を確認しながらオレは言った。


 なんの変哲もない、普通の一軒家だ。学園長の実の娘だし、香子本人も文字通りずば抜けて優秀でいて、それと同時に一風変わった性格をしているので、なんとなく人並みの家ではなかろうと無意識に予想していたのだと思う。


 そして、思いの外普通だったその家を見て、つい数時間前に聞いた事実の不可解さとのギャップが、やけに滑稽に思えたりしてしまうのだ。


 美鳥祇の話によれば、あの日香子を介抱したのは、オレだったという。


 しかしそれはおかしい。


 なぜならオレはその日学園に訪れていないのだから。


 退院したその帰り道、鴉狩りに巻き込まれ、燕斎に助けられ、日中と話をして、そして帰路についた。一秒たりとも学園に足を踏み入れていないし、香子に会ってすらいない。


 だが、美鳥祇は見間違いでもなければ、人違いでもなく、オレであったと断言したのだ。


 矛盾。


 完全な矛盾である。


 同じ人物が二箇所で同時に観測される。そんなことはありえない。


 もしかしたら、香子に聞けば分かるかもしれない。彼女の身体は心配だが、確かめなければならない。


 嫌な予感がするのだ。


 何か良くないことが起こっているという、そんな予感が。


 オレはインターホンのボタンを押す。いたって普通のチャイム。


 数秒経って、ガッと回線が繋がる音がしたかと思うと、スピーカーから枯れた少女の声がした。


「は~い。もしもし~」


「香子さん。悠十です。お見舞いに来ました」


「……」


「香子さん?」


「……ああ、うん。だいじょ~ぶ。他に誰かいるの~?」


「未来と怜も一緒ですよ」


 そのとき、香子がほっと安心したように息をついた音を聞くことができたのはオレだけだろう。


「じゃあ~上がって大丈夫だよ~。鍵は開けとくからさ~」


 その言葉のあと、すぐにガチャンとあちらから通話を切られた。


 想像以上に弱っている香子に内心驚きながらも、オレは未来と怜に家に上がる許可が降りた旨を伝えると、ドアの方へ歩み寄る。


 ガチャリ


 オレがドアの取っ手に手を掛ける寸前に鍵が開く音がした。それを聞いて、そのままドアを開く。



「や~。みんな~。よく来てくれたね~。お見舞いありがと~。上がって上がって~」


 香子は青いパジャマ姿でオレたちを出迎えた。髪のところどころ跳ねているし、少しやつれたようにも見える。


「何も用意してあげられないけどゆっくりしてってよ~」


 そう言って香子はフラフラとした足取りで廊下の奥へと歩いていく。



 暗い。



 それが香子について行きながら辺りを見回して思ったことだった。


 暗いのだ。異常なほど。夕方とはいえ、今日は7月中旬。日没まであと1時間はあるのだ。なのに、香子の家の中は真っ暗だった。


 電灯が点いていない、というだけならさっきまで寝ていたから、という説明がつく。しかし、外の光が全く差し込んでいないというのはやはり不審だった。


「か、香子さん。あ、明かりつけてもいいかな?」


 未来がオレの心を代弁する。


「あ~。ごめんごめ~ん。暗かったかな~?」


 香子は今気づいた、というように言うと、電気のスイッチを押した。


 やっと見えるようになった家の中はいたって普通だった。特に散らかっているわけでも、過剰に整理整頓されているわけでもない。


「じゃあその辺に掛けててよ~。あたしはジュース持ってくるから~」


「わ、わたしも手伝うよ!」


「ありがと~。台所狭くて2人しか入れないから~、ゆうくんと怜ちゃんは待ってて~」


 香子はそう言い残すと、未来を連れて台所へ向かった。


 改めて見回すと、部屋の中は本当に"普通"だった。だからこそ、余計にこの遮光の過剰さが不気味だった。


 オレはカーペットの上に腰を下ろすと、そばにあったカーテンを少し動かしてみた。


 思わず、息を呑んだ。いや、驚いて声を上げなかっただけも奇跡だったと思うが。


 

 カーテンの奥にある窓にはびっしりと黒い画用紙が貼られていたのだ。


 道理で光が差さないはずだ。


 もうそれは採光のための窓ではなく、遮光のための壁と化しているのだから。


「お待たせ~。オレンジジュースは嫌いじゃない~?」


「……むしろ好き」


「ゆうくんは~?」


「えっと……大丈夫」


 オレは動揺を抑え込みながら答える。すると未来がリビングの中央にある低いテーブルにオレンジジュースの入ったグラスを順に置いていく。


 そしてようやく4人が落ち着いたところで、珍しく怜から話し始めた。


「……体調は……大丈夫……?」


「う~ん。意外と長引いちゃってるけど大丈夫だと思うよ~」


「びょ、病院にはもう行ったの?」


「いや~? 多分ただの疲労から来る風邪だと思うし~」


「で、でも長引いてるなら診てもらった方がいいんじゃ……」


「ミィちゃんは大袈裟だよ~。ちょっとお休みすれば大丈夫だよ~」


 会話を聞いている限りでは香子自身、それほど大事だとは思っていないようだ。


 もちろんあくまでも香子の主観的判断ではあるが、本人がそう言う以上、あまり過度に心配しても仕方がない。


 未来も怜も同じように思ったのか、話題は最近できたカフェテリアなんかの話に移っていった。


 いわゆるガールズトーク。


 なんの変哲もない楽しい時間。


 それに水を差したくなくて、聞かなくてはいけないことを口に出さず、話を振られれば答え、相槌を打ちながら過ごすこと30分ほどが経った。


「ミィちゃんジュースもう一杯いる~?」


 香子が未来の空いたグラスを見ながら言った。


「あ、う、うん。で、でもさっき場所教えてもらったし、わ、わたしだけで大丈夫だよ」


「そっか~。あ、でも~そろそろ飲み物だけじゃなくて食べ物も欲しいな~」


「さ、さっきあったシャーベットとか?」


「あ~いいね~。じゃあ、それ出しに行こ~か~」


「そ、それも場所分かるから大丈夫だよ! か、香子さんは体調悪いんだからゆっくりしてて、ね?」


「でも一人にやらせるのは忍びないな~」


「じゃ、じゃあ怜さんとい、一緒に準備するよ! そ、それなら気にならないでしょ?」


「……葵さんはじっとしてて……僕と緋瀬さんで準備する……」


「む~。ミィちゃんは過保護だな~。じゃあ~お願いしようかな~」


 香子がそう言うと未来はホッとしたような顔をして、怜に目配せをしてから台所へと向かっていった。


 そして残されたのはオレと香子だけになった。


「……」


 香子は何も言わず、ただ空の一点を見つめている。


 真実を確かめるにはこのタイミングしかない。


「香子さん、話したくなかったらいいんですけど、オレが休んだ日に美鳥祇と執行演習をしたって聞いたんですけど、本当ですか?」


「……あ~。うん。そうだよ~」


「その時に、気絶したって……何があったんですか?」


「だから過労だってば~。ゆうくんも過保護さんなの~?」


「でも、すごい叫んでたって……」


「大丈夫ったら大丈夫なんだってば~。あんまりしつこいと香子さんも怒るよ~?」


「じゃあ、最後にもう一つだけ聞いていいですか?」


「も~仕方ないな~」


「香子さんを保健室に運んだのは、誰ですか?」


「え~。それはつーちゃんじゃないかな~。あの場にいたのはつーちゃんだけだったし~」


「そう……ですか」


「つーちゃんがなんか言ってたの~?」


「それが――」


「も、持ってきたよ!」


 もう一人のオレが、と言いかけたちょうどそのとき。未来と怜がお盆にシャーベットとジュースを注いだグラスを手にテーブルに戻ってきた。


 ここで話すのは、未来や怜に余計な不安を与えるだけ……か。


「いや、なんでもないです。ただ気になっただけで」


 オレは取り繕うように言った。香子は少し怪訝そうな顔をしたがすぐに未来や怜との平和な会話へと移っていった。



 そして、それから一時間後、香子の自宅をあとにするまで、その先の言葉を伝えることはなかったのだった。



* * * * * * * * * * * *



 その帰り。


 オレは二人と別れてから、最寄りの駅から歩いていた。


 学園からの帰りならバス停から帰ることになるのだが、今日は香子の家から帰ったので、位置の関係上、駅から歩く方が早いのだった。


 夏休み目前の夜にしては、今日は涼しい。空を見上げると、星々が輝いている。


 とは言っても、街がそれなりに明るいせいで、見えるのは特に明るい星だけなのだが。


 そして、家まであと5分というところで踏切に差し掛かった。


 踏切。


 大袈裟な言い方をすれば、それはあちらとこちらの境界線、通用門とも言える。


 カンカンカンという警告音とともに遮断機が降りていくのを見ながら、列車の通過を待つ。


 あちらには誰もいない。

 こちらにいるのはオレ一人。


『ユウ』


 久しぶりにクロノスがオレの名前を読んだ。


「(なんだよ、クロ)」


『嫌な予感がする』


 時を司る者にしては、予感という言葉はやけに曖昧である。


「(はぁ? 何言って――)」


 ブオオと風を切りながら、あちらとこちらの境界線を縫うように列車が通過していく。


 つかの間、あちらを見通せない時間が続く。


 そして。


 列車が過ぎ去った後に、あちらに一つの人影があった。




 それは、最もよく見覚えがあるはずだが、いてはならない存在だった。




 なぜならそれは。





 オレだったのだから。




 同じ人物が二箇所で同時に観測される。そんなことはありえない――。


――同じ人物が二人存在するという状況を除いては。

どうもkonです。

踏切ってなんだか不気味ですよね笑

もう一人の悠十。一体何者なのか。その目的は。

来週もお見逃しなく!

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