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Multi Element 〜幻(ユメ)の代償〜  作者: kon
天候操作―Calamity Palette―(B)
20/32

(6)

第2章第6話です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。

「しかし、珍しいこともあるもんだな」


 オレは電子ペンをくるくると回しながら言った。


 時は昼休み、場所はゲレンデ。


「そ、そうだね。か、香子さんが体調不良で一週間も休んでるなんて」


 未来は大量に買ったサンドイッチのうち一つを齧りながら言った。


 なんだかリスのようだ、と思いながら、オレは回していた電子ペンをテーブルの上に放り上げて、背もたれに全体重をかけるように身体を反らせた。


「だぁぁ、もう、わかんねーよこれー」


「……そんな風にふてくされたって、課題は終わらない」


 ぬっとオレの視界に現れたのは逆さまの怜の顔だった。


「それは言われなくても分かってるけど……。なんでオレが休んだ日に限ってこんな難しい自習課題が出るんだ……」


 オレは態勢を戻すとテーブルの上に広げられた課題を恨めしげに見つめる。


 それはオレがドロイド暴走事故で入院した次の日、すなわちオレが鴉狩りに遭い、燕斎にあった日、自習用として生徒たちに課された課題だった。


 自習課題なら休んだオレにやらせなくてもいいのでは、という疑問は抱いたのだが、座学において周りよりも一歩どころか五歩ほど遅れているオレにあの篠原先生がそんな慈悲をくれるわけもなく。


 一週間という猶予付きではあったが、その課題を課されたオレは昼食を取る余裕もなくなっているわけである。


「そういえば香子さんはこれすぐ終わらせたんだっけ?」


「う、うん。み、みんなが苦戦してるのに悠々と終わらせてたよ」


「やっぱ香子さんだな……」


「……美鳥祇さんもすぐに終わっていた」


「美鳥祇? へぇ、あいつも頭いいのか」


「……葵さんがいなければ……学年長は美鳥祇さんだったと思う」


「なるほどね。あれ、香子さんが体調悪くなったのって未来たちが見舞いに来てくれた日だったよな? 次の日は元気だったのか?」


「え、えっと、自習課題が終わった人から自由時間だったんだけど、終わったあとに、香子さんはどこかに行って……そ、その次の授業では早退してたと思うよ」


「じゃあ、体調悪いのがぶり返したってことなのか」


「そ、そうかもしれないね」


「……自習課題が終わったあと……美鳥祇さんと葵さんが話してるのを見た」


「香子さんと美鳥祇が?」


「……うん」


「あの二人が話してる内容が穏やかな気がしないんだが……」


「……僕も、そう思う……一度美鳥祇さんに事情を聞くか……葵さんに直接聞いてみた方がいいかもしれない……」


「それもそうだな。二人は今日の放課後は時間あるのか?」


「……問題ない」


「だ、大丈夫だよ! か、香子さんのお見舞い行くんだよね?」


「ああ。美鳥祇にはオレから聞いてみるよ」


「……そのためには悠十がその課題を終わらせる必要がある」


「うっ……。ゼンショします」


「……リパーソナライズが大変なのは分かるけれど……悠十は勉強も少し頑張る必要がある」


「そんなこと言われなくても分かってるって!」


「……僕は」


 ぐっと怜が身体を寄せたことで、いつもはフードに隠れている整った顔が露わになった。


「悠十と一緒に2年生になりたい」


 その言葉はとても真っ直ぐにオレの心を貫いた。


 ただ、一緒に進級したいという。


 ただそれだけの言葉。


 だけど、ここにいていいのだと認めてもらえたような気持ちにさせてくれる、そんな言葉だった。


 そんな言葉に返すに足る言葉を、オレは持っていない。


「えっと、ああ。分かってるよ。オレも怜達と一緒に進級できるように頑張るから。心配するなよ」


 オレは気恥ずかしくなりながらも、怜の頭をフード越しに軽く撫でた。


「……それなら、いい……」


 怜はそう言って寄せていた身体を元に戻す。その表情は再びフードで見えなくなってしまったが、心なしか嬉しそうに見えた。


「ところで、未来、ここなんだけど……」


 そう言いかけたところで怜とは対照的に未来の表情が不機嫌になっていることに気づいた。


「あれ、なんで怒ってるんだ?」


「べ、別になんでもないもん。も、もう!ど、どこが分からないのかな?れ、怜ちゃんに教わればいいんじゃない?」


「ちょ、未来、本当にオレなんかしたか?」


「べ、別に……」


 いや、絶対に何か怒っている。こんなに分かりやすく頬を膨らませている女の子を怒っている以外に形容できない。


「怜……、なんで未来は怒ってるんだ?」


「…………僕をもう一度撫でれば分かる」


「こうか?」


 オレは言われるがまま怜の頭を今度はしっかり撫でた。


 すると、未来が勢いよく立ち上がって椅子が派手な音を立てて倒れた。


「いや、全然未来の怒ってる理由が分かるようにならないんだが……」


 オレは怜にそう言ってから恐る恐る怜の顔を見る。


「お、お、お、おい、怜! 未来の顔が余計に不機嫌になってるじゃねぇか!」


「ゆ、悠十くんの馬鹿」


「な――!」


「……悠十は馬鹿だからね」


「が――!」



 愚かなオレはそのまま膨大な課題に顔を埋めて項垂れるしかなかった。



* * * * * * * * * * * *



「葵さん……ですの?」


 次の授業が行われる場所への移動の時間。たまたま見つけて呼び止めたオレの質問に訝しげに美鳥祇は首を傾げた。


「ああ、うん。オレが休んでた日に香子さんと美鳥祇が話してたって聞いてさ。もしその時に香子さんが体調悪そうだったとか、そういうのあったら教えて欲しいんだ」


「わたくしを何か疑ってらっしゃるんですか?」


「あ、いや。そういうわけじゃないんだよ。ただ、何か知ってるかなって」


「それを疑っている、というのではなくて?」


 やけに好戦的な言葉を放つ美鳥祇。もちろん、香子に対しては好戦的ではあったけど、決して邪険ではなかった。


 何か知っていて、神経が過敏になっている――そんな感じ。


「現様。何も緒多様はそこまでおっしゃっているわけではございません。そのような態度を取るのは失礼にございます」


 そばに控えていた日中が美鳥祇をなだめるように言った。


「天。あなたは黙っていて。とにかくわたくしは何もしていませんわ!」


 ピアノ線のように張り詰めた声で美鳥祇は言い放った。


「あ……悪かったな。気を悪くしたか。忘れてくれ」


 これ以上詰め寄っても逆効果であることを悟ったオレは引くことにした。


「緒多様、申し訳ございません。主人がご無礼を」


「なっ――!天!」


「おいおい喧嘩するなよ、二人とも。別に何もなければ大丈夫なんだ。ただ、ほら。一応オレたち期間限定とはいえ同じチームだからさ。香子さんはもちろん美鳥祇のことも心配だったから。まぁそれで美鳥祇の気分を害しちゃ意味なかったんだけど。とにかく、またなんか思い出したことがあったら教えてくれよ」


 じゃあ、オレは一回荷物を取りに行くから、と言ってから二人に背を向ける。


「あ、あの!」


 と、美鳥祇の声。振り返ると難しい顔をして、俯いていた。


「どうかしたのか?」


 オレはもう一度二人に正対して言った。それから3秒ほど経って、迷った末に美鳥祇は顔をあげた。


「三つ、思い出したことがありますわ」


「本当か! なんでもいいから教えてくれ」


「あの日、わたくしは葵さんに決闘を申し込みましたわ。もちろん安全な形で。そして葵さんはそれを承諾してくれたのですわ。それで、そのとき、見たのですわ」


「見た?」


「ええ。痣を。背中に紋様のようについた大きな痣ですわ」


「それは誰かに傷つけられたってことか?」


「誰に、というのは分かりかねます。何しろ、葵さん当人もわたくしに指摘されて初めて気付いたようでしたから」


「そんな大きな傷を……どういうことだ……」


「二つ目は、その決闘の結末ですわ。わたくしは所属の特性上、天候を疑似的に作り出すことができますの。そして決闘の中で雪を使った攻撃をしたのですけれど、途端に葵さんの体調が急変されたのですわ」


「雪? 体調が急変って、具体的にどういうことか聞いていいか」


「その、すごい断末魔でしたわ。頭を抱えて、喉が千切れんばかりに叫んでいらっしゃいました。――とてもただの体調不良とは思えませんわ」


 確かにその表現が誇張でないのなら、それは異常な光景で、ただの体調不良というには不適切だろう。


「で、でも、わたくしは何もしておりませんわ!ただ雪を使って攻撃しただけ。それ自体は、執行モードによるベールの加護さえあれば安全なものですし、何か細工をしたわけではございませんわ」


 美鳥祇が後ろめたく思っていたことが分かった気がした。彼女に悪気がなくとも、そして実際に原因が彼女になかったとしても、その雪による攻撃が香子に何かをもたらしたのかもしれないという不安。それこそ彼女にしてみれば不当に疑われたように思えて仕方なかったのだろう。


 だから話したがらなかった。

 だから怒った。


「とりあえず状況は分かった……とまでは言えないけど、状況の輪郭は掴めてきたよ。それで、もう一つは?」


 彼女は三つ思い出したと言った。もう一つ何かしらの情報があるということだ。だから、オレがそう尋ねたのは自然な流れだったはず。


 しかし、美鳥祇は再び難しい顔をした。少しさっきとは違うニュアンス――困惑、というよりも疑問。しかし確かに不快のシグナルを発する表情だった。


「どうかしたのか?」


「あ、いえ……。三つ目を話す前に一つ緒多さんに確認したいことがあるのですわ」


「確認?構わないけれど、何かな?」


「あの日、本当に緒多さんは休まれていらっしゃったのですか?」


「え?確かに休んでたよ。退院したばかりだったし、その後も色々あって、学園には行ってないし……」


「最初から疑問だったのですわ。緒多さんがあの日の葵さんの状態を知らないことが」


「それってどういう……」


「決闘の直後、発作で気絶した葵さんを引き取ったのが――緒多さん。あなただったからですわ」

どうもkonです。

先週はおやすみをいただいてすみませんでした。

今回からは再び本編です。謎が深まってます。笑

では来週もお楽しみに!

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