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第1章第2話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「……ではここで授業を終わるが、皆に連絡がある」
午前中の最後の授業で、篠原先生は凛とした声で言った。
相も変わらず幼児のような見た目だが。
「知っている者も多いと思うが、七月一杯、クラス間交流を目的とした合同授業を行うことになっている。このクラスは隣の九クラスとともに学ぶことになる。合同授業ではいつも組んでいる四人一組を半分に分け、九クラスの半分と合流してもらう。グループ構成はこちらで決定したので、各自これから送るグループ表を確認しておくように。昼休みのあと、Dスタジアムで顔合わせをするので、そのつもりでいてくれ。言わずともわかっていると思うが、くれぐれも遅刻はするなよ」
そう言ったところで終業を告げるチャイムが鳴った。
オレは篠原先生から送られてきたリストを浮遊ポッドの備え付けディスプレイで眺めた。
オレが所属しているのは10組のD5班で、未来、怜、そして香子がチームメイトである。
そしてそのリストには次のように示されていた。
XD5班
葵 香子
緒多 悠十
日中 天
美鳥祇 現
YD5班
緋瀬 未来
柑野 怜
空岸 旧佑
北條 衛司
正直に言おう。オレはその時少しばかり不安になってしまった。
別に香子と同じ班になってしまったからではない。香子のことは尊敬すべき友人として慕っているのだから、それが嫌だなんてことは万に一つもない。
ただ、オレは未来がいつもよりも遠いところにいるということが少しばかり不安だったのだ。
独占欲とは違う。
未来はオレの方向指針となっていたのだ。彼女が甲斐甲斐しく世話してくれたからこそここまでなんとか乗り切ってきたし、彼女のためなら何でもしようと思っていた。
しかし、今オレはその方向指針となっていた未来が離れていく気がしてしまったのだ。
――こりゃあ、依存しすぎだな。
オレは自分を嘲るように小さく呟いた。
そして煩悩を断ち切るようにリストを閉じて浮遊ポッドをポートの方へ動かす。
ドームのような教室から出るため、端末に瑠璃色のプレートを押し当てたところで後ろから追いかけてきた未来が話しかけてきた。
「ゆ、悠十くん……そ、その、班別になっちゃったね」
「ああ、そうだな。まぁなんとか頑張ってみるよ。香子さんもいるんだし、なんとかなるだろ」
「う、うん……」
なぜかオレよりも深刻そうな顔をしている未来に対し、オレはそんなに心配するなよ、と言おうと口を開いた。
「そ~そ~。ゆうくんには香子さんが付いてるから~」
いつから後ろにいたのか、そこにはニコニコと笑顔を浮かべた香子がいた。その表情には自信が溢れていて、そして本当になんの不安もないのだろう。
「とりあえず~ごはんごはん~」
香子はオレと未来を追い抜いて去って行った。
「香子さんってきっと悩みとかねぇんだろうな」
ふとオレはポツリと言った。
「う、うーん……。か、香子さんにも悩みの一つくらいあるんじゃないかな……。学年長のお仕事とかもあるだろうし」
「まぁそりゃあオレらよりも仕事は多いだろうけど、香子さんだからなぁ。なんでも軽くこなしてしまいそうなものだけど」
「……悠十って葵さんには厳しいよね」
「厳しいって、そんなにか、怜? むしろ香子さんには尊敬しか抱いてないぜ?」
「……うん。……厳しい。その信頼はある意味で……厳しい」
未来と怜が意外と賛同してくれなかったことに若干モヤモヤした気持ちになったオレは
「そうか、以後気をつけるよ」
と返して購買部の方向へと歩き始めた。別に未来も怜も怒っているわけではないようで、特に変わった様子もなく話しながら後ろからついてきている。
厳しい……か。
葵香子という少女はオレの目にはまさに完璧な才女として映っている。故に彼女に対して自分が厳しいというのはなんだか妙な気持ちだった。
まぁ確かにその完璧さに寄りかかって、頼りきって、甘えてかかるというのも筋違いであろう。
未来とは違う意味で彼女に依存している己を追い出すように、オレは頭を左手の平で軽く叩いた。すると未来が突然振り返った。
「あ、そ、そういえば悠十くん、きょ、今日も着けてるね」
「え? ああ、これか。まぁ折角選んで貰ったんだしな。出掛ける時はいつも着けてるよ」
オレは左手首に着けたブラックメタルの腕時計を指差して言った。
退院してすぐに、未来と一緒に買いに行ったものである。というのも、左腕を切断された時に時計も無くしてしまったのである。
無くしてしまったというのは奇妙に聞こえるかもしれない。でも本当に「無くしてしまった」のである。それも左腕ごと。
オレが入院していた美山病院の医師の話によれば、オレの左腕は回収できなかったそうである。
人間の腕などという大きなものが見つからないというのもおかしな話なのだが、実際に見つけることはできなかったのだからどうしようもない。
兎にも角にも、生活する中で時計があった方が便利な事もあろうと思ったオレは未来に時計を一緒に選んでもらうように頼んだのである。
そして未来に連れられて訪れたのは「五六時計店」というやけに古びた小さな時計屋だった。
店内にはこれでもかというほどの時計が陳列されており、だいぶ時間をかけて選ぶことになったわけであるが、未来の中でオレは黒が似合うのだそうで、最終的にこのブラックメタルの時計を購入したわけである。
そして購入以来、外出するときは常にその時計をつけていた。前の時計を自分が大事にしていたか分からないが――その辺の記憶は未来を生き返らせたときに失ったらしい。そもそも前の時計がどんな形状だったかさえも忘れてしまっている――この時計は未来との繋がり、みたいなもののように思えて、オレのように手の中にあるものを次々と無くしてしまうような男はそういう目に見える何かにしがみつきたくなってしまうのだった。女々しいということは自覚しつつも、お守りのように毎日着けている。
「そ、そうなんだ! そ、その、気に入ってくれてるなら嬉しいよ!」
「ああ。大事にするよ」
オレは微笑んでみせる。
そう、オレは大事にしなくてはならない。思い出ごと。
* * * * * *
『それで? どういう方針で行くんだい、ユウ?』
Dスタジアムの更衣室で紫黒色の執行服に着替えていると、突然に話しかけられた。
「(方針? なんのことだよ?)」
『なんのことだよ、じゃないよ。ワタシの力を使うのかどうか聞いてるんだ』
「(今のどこに使う必要があるんだよ。ただ服着替えてるだけじゃないか)」
『はぁ……全く鈍いな、ユウは。今じゃなくて、このあとだよ。今後、ワタシの力を使うのかと聞いているんだよ』
「(ああ、そういうことか。使わねーよ)」
『ふーん。そうか』
「(何か言いたげだな)」
『いんや? ワタシから言いたいことなんて一つもないさ』
「(そうは思えないけど)」
『そうさね。強いて言うなら、そうやすやすと平和な日常に戻れるもんなのかというのが、私にはどうも引っかかるというだけさ』
「(平和な日常……?)」
『ああ。私の力に頼らずに生きていけるような日々が長く続くとは思わないことだ』
「(……この後何か起こるのか?)」
『それは言えない約束だ。《刻の代償》無しにはな』
「(まぁそう言うと思ったけどな)」
『どっちにしろ、もう前のような奇跡は起きない。前のユウが残しておいた残存記憶はもうないんだからな』
「(ああ、オレ自身都合が良すぎる展開だったと思っているよ)」
『まぁそれが分かっているなら、あとはユウの好きにすればいい』
そうクロが言ったところで、着替え終わったオレはMINEを耳に装着する。
「お前の力を使わないようにするんだったら、少しでも、オレ自身が強くならなきゃいけないってことか」
オレは小さく呟いて、スタジアムに向かった。今度こそ、護りたいものが護れるように。
どうもkonです。
登場人物も増えてきますが、どうぞお付き合いください<m(__)m>
では次回もお楽しみに!