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Multi Element 〜幻(ユメ)の代償〜  作者: kon
Another MEmory②
19/32

Phase:04

アナザーストーリー第4話です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。

 ロッカーから歩いて数分後、現の指定した時刻になると同時にあたしはトレーニングルームのドアを開けた。


「丁度ですわね。……まだ着替えていらっしゃらないのね」


 あたしの格好を見るなり、現は少し不満そうな表情で言った。


 当の彼女はあたしの予想通り、私物の執行服に身を包んでいる。


 いや、正確には完全な私物というわけでも無さそうだ。


 白をベースに翡翠色(エメラルド)のラインが施されたそれは、彼女の属する組織の公式ユニフォームだろう。


 すなわち、翡翠塾生のためにオーダーされる執行服というわけである。


「ごめんね~。時間に間に合わなそうだったからそのまま来たんだ~」


「構いませんわ。わたくしはウォールバリアのセッティングをしておりますから、その間葵さんは着替えていただいて結構ですわ」


 ウォールバリア。読んで字のごとく壁に張り巡らされたMEの保護膜である。


 トレーニングルームは一般的な体育館よりも一回り小さいくらいの正立方空間であるが、その壁や天井はただの真っ白なコンクリートである。


 1対1であってもMER同士の戦闘が行われれば、設備磨耗は相当なものとなる。


 そして、いくら国家や民間から巨額の支援を受けるこの学園であろうとも、コストダウンは必要不可欠な課題である。


 設備費用の削減もまたその対象に漏れることはなく、その一環として考案されたのがウォールバリアというわけだ。


 トレーニングルーム内のMERのイメージ演算領域の一部を利用することで壁や天井に、MINEによって生成されるユーザー保護用のベールと同質のベールが展開される仕様になっている。


 複数ユーザーのイメージ演算領域を利用するという点ではパッチワークシステムと似ているが、トレーニングルーム内にいるユーザーだけに限られる上、使用の度にセッティングが必要という点で、使い勝手が悪い反面、セキュリティとしては固い。


 そういうわけで、パッチワークシステムが停止されている今でもこのウォールバリアのシステムは利用可能というわけだ。


 とは言っても、クラスを全員収容するほどのサイズはないから授業として執行演習を実施出来るほどのスペースはないのだが。


 何はともあれ、現がセッティング作業をやってくれる以上、あたしは出来るだけ早く着替えるべきだろう。


 そう思ってあたしは青いベストとYシャツを一気に頭から脱いだ。まるで子どもみたいな脱ぎ方をしたので、シワになってしまうかも知れないけれど、どうせまたすぐ着るのだから、いいだろう。




 とその時。




「――ひっ!」




 現の小さな悲鳴にあたしは思わず振り向く。


「どうしたの~、つーちゃん」


「葵さん、その背中の傷……なんですの……?」


「背中?」


 はて、何のことだろうか。


 あたしは簡単な鏡をMEで生成して現が少し血の気が薄い指で指すあたしの背中を観察した。




 そこには"痣"があった。



 しかし、それは単に"痣"というには、あまりに異様な形状をしていた。


 否、異様なのではなく、模様であった。


 明らかにそれは何らかの意味を持っているような。


 紋章。そう、紋章である。


 痣によって刻まれた紋章。


「う~ん。正直身に覚えがないな~」


 その痣は痛くもなければ痒くもない。疼きもしなければ痺れもしない。もし、現が指摘しなければ気づかなかっただろう。


 いつから? なぜ? そもそもこれは一体なんだ?


 浮かび上がる疑問に答えを出してくれる者はいない。


「大丈夫なんですの……?」


「まぁ別に問題はないかな~、明日にでも診てもらうよ~」


 あたしは鏡を還元すると、現の視線からその痣を隠すように青い執行服を着た。


「よ~し、お着替えかんりょ~! 早速始めよ~か~、つーちゃん!」


 わざと明るい声を出す。ここで弱気になるようでは「葵香子」ではないだろう。


「わ、わかりましたわ。戦う以上、先ほどの痣のことを配慮したりはいたしませんわ」


「もちもちロンドンだよ~」


「で、では、このスターターの合図で始めますわよ」


 空中に投影された信号器のようなスターターの点灯が一つずつ減っていく。


 あと三秒。


 二、


 一。



 スターターが青に点灯した瞬間にあたしは二挺拳銃を生成する。《二度の啼鳥チャープ・トワイス》。それこそがその二挺の拳銃に、あたしが付けた名前である。


完全被甲弾フルメタルジャケット照明弾フレア


 あたしは音声認識ボイスオーダーを利用して拳銃が撃ち出す銃弾の種類を設定する。


 一方の現とはというと、未だに装備を生成することなく、あたしの様子を窺っているようだった。

「あれ~?つーちゃん装備はどうしたの~?」


「問題ありませんわ。そちらからどうぞ」


 何を企んでいるのか、あるいは何も企んでなどおらず、本当にこちらの出方を窺っているのか。


 しかし、このまま何もしなければことは進展しない。できるだけ早く決着をつけたいというのが本音だ。


 そこであたしは、現の思い通り、先に動くことにした。


 左の拳銃を右、左、上の方向に向けて立て続けに引き金を引く。左の拳銃に装填されているのは照明弾フレア。まともに見れば目を眩ませるほど強烈な発光能力を持つ銃弾である。


 そして、あたしはそのまま音声認識で射出錨ワイヤーアンカーを選択し、頭上に撃つ。アンカーといっても、このトレーニングルームの天井は凹凸もないばかりか、ウォールバリアで守られているから、実際の先端部分はMEに張り付く特殊なマグネットであるが。


 天井にその先端部分が固定されると同時にもう一度左の拳銃の引き金を引く。ワイヤー部分が一気に巻かれ、身体が引き上げられていく。


 今、現の周り三か所では照明弾フレアが強烈な光を放っている。そして、そのうち一つの光に隠れるように位置取ったことで、あたしから現の頭上はがら空きだ。


「まずは三発かな~」


 あたしは右の拳銃を未だに動かずにいる現の頭頂部に向けて引き金を引いた。


 トゥン。トゥン。トゥン。


 サイレンサーでかなり抑えられた銃声が三回。


 確実に着弾すると確信した瞬間。


 何かに薙ぎ払われたように完全被甲弾フルメタルジャケットが蹴散らされたのだった。


 チャランと、軽やかな金属音を立てて銃弾が床に落ちる。


 壁に射出錨ワイヤーアンカーを撃ち込み、そのまま自由落下していく身体を壁の方に引き寄せるとあたしは地上五メートルほどの位置に、まるで蜘蛛のように張り付いた。


 そして何が起きたのかを考える。


 銃弾は何かに薙ぎ払われたように、というだけで、実際に何か物体によって薙ぎ払われたわけではない。


 しかし、結果としては、確かに銃弾は軌道を無理矢理に逸らされ、地面に転がっているのだ。


「なにそれ~。すごい面白いね~」


 あたしは壁に張り付いたまま、最初の位置から動かないままの現に語り掛けた。


「そう言っていただけるなら光栄ですわ」


 現はそう言いながら、おもむろにあたしの方へと手を伸ばした。いや、手を伸ばしたというより差し向けたと言った方がいいか。


 それが何を意味するか分からないまま、警戒していると突然に身体が横に吹き飛ばされた。


「!?」


 それは、風、だった。


 それも射出錨ワイヤーアンカーのマグネットを無理矢理壁から引きはがすほどの突風である。



天候操作カラミティ・パレット



 それが彼女の所属する翡翠塾の《命題テーマ》。そしてその副産物としての――。



「《風神の筆エアロ・ドロウイング》ですわ」


 なるほど。翡翠塾の《命題テーマ》研究は予想以上に進んでいたわけだ。彼女が学園に対してその力を示そうと焦っていたのも頷ける。



「では、見せてあげましょう。これが完成間近の《天候操作カラミティ・パレット》ですわ」


 天候とは、気流の変化によって生じる。正確には温度や湿度の違う気団がぶつかりあうことで気流が生まれているわけだが、現は温度・湿度の異なる「空気」そのものを生成することによって人工的に気流を生み出しているのだろう。しかし、そのコントロールは理論が分かったところで簡単に実現できるものでもない。


 しかし、それを今まさにやろうとしている。蜘蛛のようなあたしを蹴散らし、まさに雲を創り出そうとしている。


 あたかも風神が、空というキャンバスに天候という絵を描くがごとく。


 幸い、いや、不幸いなことにあたしが天井高くに撃った照明弾フレアが雲を創り出すための核として働いたらしく、瞬く間に、風が渦巻き、雲が生まれた。まるで天候の変化を説明するためのミニチュアみたいな光景である。


「そうですわね。今は夏目前で暑いですから、こんな天候はいかがでしょう?」


 そう現が言った瞬間、白い雪片があたしの型に落ちた。


「葵さん。あなた、冬はお好きかしら?」


 そのとき、猛烈な吹雪があたしを襲った。


 正確には雪を巻き込んだ竜巻が、まさに竜のようにあたしを飲み込んだのである。みるみるあたしの残りベール残量が削られていくのを感じる。


 それだけで十分ピンチだったのだけれど、さらなる負荷があたしを襲った。



 それは耐え難いほどの頭痛。あたしの脳を誰かにかき混ぜられているのではないかと思うほどの激痛だった。


「あ、あああ」


 割れる。そう思った。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 自分のものとは思えない叫び声を聞いたあと、あたしは気を失った。


* * * * * * * * *


 そのあと、現がどんな思いであたしを保健室に運んだのかは予想もできないが、とにかくあたしは目覚めると保健室にいた。


 まず感じたのは倦怠感。そして、その次に衝撃だった。


 何に対する衝撃か。



 それはあたしがゆめから醒めてしまっていたという事実だった。


 幻。


 自分に対してついていた、嘘。






 今まで思い出せなかった冬休みの七日間の記憶を「失っていた」という嘘。



 つまり、あたしはその七日間の記憶を思い出した、否、思い出せないという幻想から醒めてしまっていたのである。



 そして、それと同時に。


 緒多悠十という人間があたしに何をさせたかということ。

 そして、あたしがこの世界に何をしてしまったということを思い出してしまったのである。



 それを語るのは後にしよう。


 一つだけ重要な事実を述べておくとするなら、こうなるだろう。




 あたしが、情念の核、《パトス》の所有者であって、そしてこの世にMEを生み出した張本人である。


どうもkonです。

アナザーストーリーで章タイトルの回収となってしまいましたが。笑

来週は本編に戻ります。とはいっても、いよいよアナザーストーリーでも大きな進展があったということで、二つの物語が絡まってきますので、お楽しみに!

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