Phase:02
アナザーストーリーの第2話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。
体調を崩す、なんてことはいつぶりだろうか。
あたしは毛布にくるまりながらふと、思い出してみる。
30秒ほど考えてはみたものの、ぱっと思いつく事例はなかった。
結論、あたしは久しく体調を崩していなかったのだろう。
症状としては激しい頭痛と吐き気、そして身がこのまま朽ちていくのではないかと思うほどの倦怠感。
症状の開始時点は悠十が《熾天使》の使った《色彩殺し(アクロマート)》によってダメージを受けた次の日である。
本来の語り部である悠十からすれば、彼の知りうるところではない時点である。
つまりあたしがこんな状態に陥っている経緯を語るということは、すなわち彼が語り得ない物語を補完することになるのだろう。
いや、そもそも彼ではなくあたしが語るという行為はどのような状況においても物語を補完することなのかもしれない。
なぜなら、物的事象を共有することはあれど、その知覚されたものは人によって違うのだろうし、何よりもその物的事象に付随する心情や口に出さぬ思いなんかは、どんなに心が通っている者同士でさえ、完全に観測することはできないだろうから。
現象は観測できようとも。
心象は観測できない。
悠十が語り部として用いていた言葉を用いるならば、そういうことになるだろうか。
さらに言うならば、あたしがこれから語ることは、嘘つきのあたしがその嘘を告白することにもなるだろう。
騙っていたことを語り明かすことになるのだ。
嘘。
悠十に対して。
宗二郎に対して。
未来に対して。
そして何よりも自分に対して。
ついていた嘘を語り明かさなくてはならない時が来たということだ。
その嘘は幻と言い換えてもよい。
幻想たる、幻惑たる、幻覚たる嘘。
故に嘘は幻である。
そして嘘を幻と言い換えるからにはそれに付随したる述語もまた、言い換えた方が良いだろう。
これからあたしが語るのは、あたしが幻から醒める物語である。
* * * * * * * * * * * *
緒多悠十と北條衛司が巻き込まれた事故のあと、あたしはその対応に追われていた。
全くどうして、事故の中心には必ず悠十がいる。
あたしが知っている悠十というのは決してそういう人間ではない。
不二崎中学校での生活で悠十が特段目立つような行動を取るようなことはなかったし、特段目立つような事件に巻き込まれるようなこともなかった。
どちらかというと、そういうことから一番遠いところにポジションを置いているタイプだったと思う。
しかし、厳然たる事実としてその渦中にいるのだから、そんなことを言っても仕方がない。
今回のドロイド暴走事件の焦点は誰が、どのようにして、なんのために20体以上ものドロイドをあの場に繰り出したのか、ということである。
そしてそのうち、「どのようにして」という部分についてはおおよその検討がついていた。
犯人は、校長室に忍び込んで、唯一アクセス権を持つ宗二郎の端末からドロイドたちの設計図を抜き出したあと、パッチワークシステムを利用してあの場にドロイドの大群を出現させたのである。
……とは簡単には言ってみるものの、この推理はあまり褒められたものではない。
大量のドロイドを生成するにはこの方法しかないというだけで、肝心のどうやって校長室に忍び込んだのか、どうやって何重にもかけられた端末のロックを解くことができたのか、という問いには答えられていないのだから。
それらの問題を無条件でクリア出来る者は確かにいる。
それは簡単で、校長室の主である、葵宗二郎と、その実子であり《内なる保護者》でもあるあたし、葵香子である。
しかし、宗二郎は当日、全国の元素操作師養育学園の本部に行っていたという確実なアリバイがある。
そして今あたしが語るからにはあたしが犯人だというシナリオを考えるのも馬鹿馬鹿しいことである。
自分が犯人ではないか、なんて疑い始めるなんて、とんだ三流喜劇だ。
そういうわけで今は古典的な方法として、校長室及びその周囲に設置されていた監視カメラを調査しているのである。
しかし、今のところそれらしい発見はない。校長室の前を通りすぎる人はそれなりにいたが、どの人物も怪しい動きを見せるわけでもない。
そのまま端末と睨めっこして、映像が一周したところで、あたしはぐぐっと背伸びをした。
身体中が凝り固まっている。筋肉という筋肉が動き方を忘れてしまったようだった。
そして一通り筋肉を伸ばし終えると、少しばかり反動をつけて椅子から飛び跳ねた。
空中で一回転したのち、着地。
体操選手さながらの着地は誰からも賞賛されることはない。
とりあえず、飲み物でも買って休憩しようかとドアに向かおうとしたとき。
シシシシシシシシ
なんというか、表現しづらい物音がした。ただ、その音を文字として表すなら「シシシシシシシシ」だった。
振り返って見るが、あたりには誰もいないし、何かが動くということもない。
――幻聴、だろうか。
気を取り直して、ドアに向かう。
シシシシシシシシ
再びあの音がする。そして、今度は視界に異変が起きた。
視界が突如として、赤紫色に染まったのである。
それだけでも大分大事なのだが、その赤紫色の視界に映ったものを見て、さすがのあたしも一歩退いてしまった。
そこにいたのは、悠十だった。
「ゆう……くん……。あれ……。なんでここに~?」
最後に取り繕ったように語尾を伸ばす。目の前にいるのは確かに悠十だった。見間違えるなんて事はありえない。しかし、彼の雰囲気はどうもいつもと違った。
「何が、ゆうくん、だよ。いつから『俺』の保護者を気取るようになったんだ、香子?」
「え~? いつもゆうくんって呼んでるじゃ~ん」
違う。
見た目は悠十そのものだが、何かが違う。
これはいつもの悠十ではない。
いや、もっと正確に言うと、今の悠十じゃない。
だって、これじゃあまるで――。
「で、犯人は分かったのかよ?」
「え~? なんのことかな~」
「なんで語尾伸ばして、とぼけたフリをしてるんだ? まぁいいけど。ドロイドを暴走させた犯人が誰か分かったのか、ってことだよ」
「えっと~。まだだよ~。監視カメラには何も映ってないし~」
「へぇ。そうか」
悠十はゆっくりとあたしに近づいてくる。
相手は悠十で、いつもはあたしから絡んでいるはずなのに、今はどこか得体の知れない悠十に恐怖感を覚え、一歩、また一歩と無意識に後ずさる。
そして最後には背中がドアに突き当たった。そのタイミングを見計らったように、いや、実際に見計らって悠十の左手があたしの顔のすぐそばを通って、ドアに触れた。
要するに悠十があたしに覆いかぶさるような恰好になっているのだった。
ふと見ると、悠十の左腕には時計がはめられている。
しかし、それは、未来と買いに行ったというブラックメタルの時計などではなく、茶色の皮ベルトの時計だった。
そしてそれは、紛れもなく悠十が《道化師》、すなわち蓼科新介との闘いの日につけていたものである。これでもあたしはかなり記憶力のいい方だ。確かに彼があの日つけていた時計である。
つまり、今あたしの顔のすぐそばにある悠十の左腕は、あの日切り落とされたものということになるのか? そうでなくとも、左腕が時計とともに発見されて、時計だけを回収したことになる。
しかし、そんな大事なことが《内なる保護者》であるあたしに伝えられていないなんてことがあるだろうか。
「なに、びくびくしてんだよ、香子」
「別にびくびくなんて――」
そう反論しかけたとき、今度は悠十の右手があたしの口を塞いだ。あたしの身体能力をもってすれば、それを振りほどき、逆に制圧することだって容易なはずなのに、なぜかそれはできなかった。というよりも、そうしようという気持ちが起こらなかった。
もしかしたら、この緊迫した、そして一方的な状況においても、悠十の身体と接触しているという事実にある種の心地よさを感じてしまっていたのかもしれない。
そのまま抵抗できないまま、悠十の顔があたしの耳元に寄せられる。
「『俺』だよ。『俺』が校長室に忍び込んで、ドロイドを暴走させたんだよ」
その瞬間、先ほどまでずっと赤紫色に染まっていた視界がもとに戻る。と、同時にあたしを拘束していた悠十の手が、いや、それだけでなく、悠十自体が消えたのである。
すとん、と力が抜けて、あたしは床にへたり込んだ。
「な……何が起こって……」
思わず地面を見つめながら呟く。そして、デスクの上の端末に映っていた監視カメラの映像がひとりでに巻き戻り始めたことに気付く。
あたしはゆっくりと立ち上がり、よろよろと端末の方へ歩み寄る。
巻き戻っていく映像をただぼんやりと眺めていると、前触れもなく、またひとりでに巻き戻りが終わり、途中から再生され始める。
そこには相変わらず校長室の内外の映像が映し出されていたのだけれど、先ほど見たはずの映像は大きく変わっていることがあった。
そこには先ほどまでは映っていなかったはずの人影があったのである。まだそれだけならいい。ただ事件の真相が明らかになってめでたしめでたしとなるのだから。
しかし、そうはいかなかったのである。
なぜなら、そこに映っていた人影は、他でもない。
緒多悠十だったのだから。
どうもkonです。
先週はお休みとなりすいませんでした。
気付いている方もいると思いますが、この小説において主語の表記はとても重要だったりします。
次回もアナザーストーリーとなる予定です。
では来週もお楽しみに!