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Multi Element 〜幻(ユメ)の代償〜  作者: kon
天候操作―Calamity Palette―(A)
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(5)

第2章第5話です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。

「ほんなら、最後に聞いとくよ? ほんまにリパーソナライズに挑戦するんだね?」


 柊先生の髪がふわりと風に吹かれる。しかし、オレの決意はもう固まっている。もう風に吹き飛ばされるような覚悟じゃない。


「はい。オレはもう一度MINEを使えるようになりたいんです。いや、ならなきゃいけないんです。だから、オレはやります。やってみせます」


 オレの言葉を聞いて、柊先生は、ふふっと笑った。


「それを聞いて安心しましたどす。危うく無駄になるとこやったからね」


「無駄? ――えっと、何の話です?」


「ほら、もう出てきてええよ」


 柊先生は出入り口の方へ声をかけた。すると扉の陰から人影が現れた。

 アッシュグレーのツンツン頭とやたらと悪い目つきの少年。


 紛れもなく、北條衛士だった。その耳にはあの真っ白なMINEが装着されている。


「な――なんで北條がここに――!?」


「私が頼んだんよ。戦闘訓練するには北條くんはもってこいやさかい」


「つーわけだ、緒多」


 やたらとカッコつけて、北條は続ける――再戦だ、と。


 北條はオレより実際に執行演習の成績はいいという点でも、いわゆる極限状態での戦闘実績の蓄積というリパーソナライズの必要条件を満たす上で確かにもってこいなのだが、柊先生が北條をあえて指定したのは、それだけではないような気がした。


「じゃあ早速始めよか? 緒多くん、βチョーカーをつけてくれる?」


 柊先生がそう言って灰色のアタッシュケースを渡してくる。ゆっくりとそれを開けると灰色でプレート状の装置が収められていた。


 その装置を指先で慎重に取り出してみるが、チョーカーというにはあまりふさわしくない形状だし、いまいち、どこにどうやって付けるのかが分かりにくい。


「緒多くん、首よ、首。首にそのプレートをあてがえばええんよ」


 柊先生は自分の首元を指差しながら言った。ああ、なるほど、とオレは言われた通りにその冷たい金属プレートを首筋にあてがう。


 すると次の瞬間、ビリビリ、と電流のようなものが接触面から流れ込んで来たかと思うと、プレートがオレの首を囲うように変形し始めた。


「く……くははははははは! それじゃ丸っきり首輪を付けられた犬じゃねぇか!」


 数秒で変形を終えたチョーカーを見て、北條が堪らないといった様子で笑い出す。チョーカーというからにはもちろん首輪のような形になるのは予想できたことだが、しかし実際に着けてみると、あまり人に見られたい見た目ではない。


「ぷはははは――犬だ、マジで犬……あっはははっは!」


「てめぇ、北條! いつまで笑ってんだよ!」


「いや、だって本当にまんま犬だからよ」


「オレだって着けたくて着けてんじゃねぇんだよ!」


「犬だって着けたくて首輪着けてるんじゃねぇんだろうから、それも犬の代弁って感じにしか聞こえないけどな」


「この野郎……」


「あ? やんのかよ?」


「おう、やってやるよ――」


「こ、こら、どうせこれから戦闘訓練するんやから、そないばちばちしないの!」


 オレと北條の間に火花が散るのを見て、さすがにまずいと思ったのか、柊先生が間に割って入った。オレも北條も柊先生には迷惑をかけたくないのは一致しているようで、ふん!と互いにそっぽを向いた。


「あー。これは失敗やったかな……」


 柊先生は苦笑しながら少年のように頭をかきながら言った。


「えっと……それで、柊先生。このあとどうすればいいんですか」


「あ、そうやね。緒多くんのMINEに入っとるチップを、βチョーカーに取り付けてもらってええ?」


 鈍い光を放つMINEの円盤部分を押すと、ハンバーガーのように円盤が上下に分かれ、その隙間からチップがイジェクトされる。


 そのチップは懐かしい、最初にパーソナライズをしたときに使ったものである。またこうやって取り出すなんて思ってもみなかったが。


 βチョーカーを触ってみると、ちょうど頸動脈のあたりにカートリッジのようなものがあり、チップを差し込めるようになっていた。そこにチップを挿入すると、空中に仮想ディスプレイが投影された。


 そこにはいくつかの武器の名称がリストとして表示されていた。


 近接格闘用刀型装備:シンゲツ

 遠隔射撃用銃型装備:ライホウ

 近接防御用楯型装備:アイギス


 MINEの装備マーケットに比べると多様性に欠ける。

 そもそもセンサーアシストやパワーアシストもないのなら、複雑な装備を使いこなすことはできないのだから当たり前といえば当たり前なのかもしれない。


「その三つの装備が標準でローカルメモリーに保存されとるからね。ただ、βチョーカーは出力が弱い分、一度に一個の装備しか生成できないし、標準装備以外の装備は基本的に保存できんから注意してね」


 柊先生はリストにまだ下があるのではないかと何度もスクロールしているオレに言った。


「手加減はしてやるよ、お前のためだけに作ったこいつでな」


 そう言って、北條が生成したのは、巨大な鎌――そしてその鎌には刃がなかった。

 

「俺とお前が戦ったら、お前が何回死ぬか分かったもんじゃねぇからな」


「お気遣いどーも」


 オレは棒読みで返す。いくら無刃といえど、所詮は鉄の塊だ。生身で殴られれば相当のダメージではあるだろう。


「まとまった? ほな、執行演習を始めてもらおうかな」


 柊先生は少しずつ後ろに下がりながら言った。


「えっと、柊先生はモニタールームにいらっしゃるんですか?」


「いや、ここで見とるよ?」


「え、でも危ないんじゃ……?」


「何言っとんの。一番危ないのは緒多くんよ」


「え……」


「最悪の場合、私が緒多くんと北條くんの間に入らんといけんさかい」


 最悪の場合。それが意味することを考えただけで、背中に嫌な感覚が走る。


「そこで死ぬようじゃそれまでのやつだったってことっすよ」


 北條がMINEの執行システムを起動し、無刃の鎌を構える。それに合わせて、オレもβチョーカーのリストに載っている近接戦闘用刀型装備、シンゲツを生成する。


 現れたのは黒い柄の日本刀。


 今までそれよりもずっと重い装備を扱っていたにも関わらず、それよりもずっとシンプルで軽量な装備であるその日本刀がやけに重く感じられる。


 それはもちろん、パワーアシストがないということに起因している。だけれども、それだけではなくて。


 今までの戦いがどれだけ重いもので、どれだけのものに気付かないまま戦っていたのかということをオレに問いただしているようにも思えてしまった。


 いちいちそんなことに深い意味なんてないし、深い意味を探る必要も、深い意味を求める必要もないのだろうけど。


 弱いままの自分でいたくないように、同時にオレはそういう大事なことに対して、疎いままの自分でもまたいたくないと思うのだった。


 さて、口上茶番はここまでにしよう。


「では、戦闘開始!」


 柊先生の合図でオレと北條は同時に地面を蹴る。


* * * * * * * * * *


「……!」


「あ、起きたみたいやね」


 目覚めると、オレの顔のすぐ近くに柊先生の華やかな顔があった。


 どうやら、オレは柊先生に看病されていたらしい。


 というか、オレは柊先生に膝枕されているらしい。


「ひ、柊先生!? なんで膝枕!?」


「いや、どんなもんやろなーっと思って。養護の先生も出られてるみたいやったし」


「そんな試食感覚で膝枕しないでください!」


「そないに怒らんでもええやんか。ほら、あんまり興奮すると頭打ったのが響くよ」


 確かに後頭部がやけに痛む。しかし、興奮というなら年頃の男子高校生に対し、それなりに若い女性の膝枕というのも些か危ういところがある気がする。だが、オレにはそれ以上抗う気力も体力も残ってはいなかった。


 あれだけ大口を叩いたものの、結果はこのざまである。


 北條に手も足も出なかったオレは後頭部を打たれて気絶したらしい。MINEも使えず、その上北條が《特異点》であるがゆえにクロノスの力も使えない。極限状態という条件にはもってこいだとしても、やはり心は挫けそうにはなる。それでも柊先生が鎌の起動を逸らしてくれていたおかげでこの程度の気絶で済んだ、ということである。


「こんなんで、リパーソナライズなんてできるんですかね……」


 弱音ではないのだけれど、漠然とした不安がつい言葉になる。


「確約はできんね」


「リパーソナライズの成功者が少ないのも分かりましたよ。逆に成功した人はすげぇな、と思います」


「えへへ、それほどでも」


 まるで我が事のように照れ笑いをする柊先生。


「はい?」


「あ、そういえば言っとらんかったね。私はリパーソナライズの成功者の一人なんよ」


「え、えええ!?」


「で、その時の戦闘相手は紀伊ちゃ――じゃなくて篠原先生どす。だから、緒多くんがリパーソナライズに挑戦すんのあんま嬉しがってなかったやろ?」


 病院や職員室での篠原先生の言動が思い出される。



――リパーソナライズを無理強いすることはしない。リパーソナライズもそれなりの危険があるからな。よく考えてから結論を出せ。

――あ……いや。やはりなんでもない。頑張れよ。


 確かにどことなく躊躇するようなそんな含みがあった。そしてこうも言っていた。


――リパーソナライズに関しては私よりも柊の方が詳しい。


 それこそまさに柊先生がリパーソナライズ経験者だという証拠に他ならない。


「私がリパーソナライズのために何回も怪我するの見とったからね。自分の生徒がそうなるのがいやだったんやろなぁ。あの子結構根は優しいから」


 柊先生は愛おしそうな顔をして空を見つめた。同僚として。親友として。柊先生は篠原先生を大事に思っているのだろう。逆もまた然り。


「でも、決めるのは本人だからってずっと言っとったよ。ほんま、昔から真面目なとこは変わらんわ」


 そうだ。


 篠原先生はオレを心配するだけじゃなくて、オレの意思も尊重していてもくれたのだ。


――教師にできることは導くことであって、道を決めることではない。


 そう言って。


「せやから、北條くんにも感謝せんといかんよ」


「北條?」


「自分のせいで緒多くんがこんな目にあったんやさかい、自分がリパーソナライズを手伝わんといけん言うてたんや」


 道理でオレがリパーソナライズをやらないと言ったときに怒っていたわけだ。


「じゃあ、早いとこリパーソナライズを終わらせてみんなを安心させないとですね」


「お。その意気や!」




 柊先生の背中を押すような言葉に、オレは今一度、決意を固めるのだった。


どうもkonです。

次回は香子の語りによるAnother MEmory第2回です。

では来週もよろしくお願いします。

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