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第2章第4話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
日中による道場の案内が一通り終わり、ヒサと燕斎のいる部屋に戻ると、二人は湯気の立つお茶を手に、随分と真面目な顔をして何やら話し込んでいた様子だった。
「あ、悠十さん。おかえりなさい。もう道場の見学は終わりですか?」
「あぁ。一通りな。ところで、ヒサ。なんだか随分と話し込んでいるようだったけど、何の話をしていたんだ?」
「ええと、その……」
「何だよ、もったいぶるなよ」
「悠十、あまりしつこく問いただすものではなかろう? 幹久にもお前に言いたくないことの一つや、二つあるじゃろうて」
「そう言われるとその通りだけど……。しかし、そこまで言われるほど問いただしたつもりはないぞ」
「別に大した話はしてないですよ、悠十さん。本当にたわいもないことをお話ししていただけで」
「そっか」
ヒサが話す必要がないと言うならば、確かにオレがこれ以上食い下がる理由もない。オレは大人しく引き下がるというニュアンスを込めて手をヒラヒラと振ってみせる。
「さて。では約束通りお主たちを大通りまで送るとしようかのう」
「はい。お願いします」
ヒサは湯呑みに残っていた茶をコクコクと飲み干すと、片付けやすいようにお盆に載せた。こういう気の利くところが燕斎に気に入られているのかもしれない。
「ということじゃから、天。わしはしばらく出る。その間稽古の準備をしておくがよかろう」
「かしこまりました、燕斎様」
恭しくお辞儀をした日中の立ち振る舞いたるや、さすが大手企業の次期当主ご指名の専属執事という感じだった。
オレとヒサは手早く手荷物を持つと燕斎の後ろに続いて道場を出た。空を見上げるともうすでに陽は傾き始めている。なんやかんやで結構な時間が経ったらしい。
道場の門から歩き始めて五分もかからず、見覚えのある大通りに出た。
「色々お世話になりました、これからも悠十さんがお世話になります」
別れ際にヒサは燕斎に頭を下げた。オレも後から続いて頭を下げる。
「しかし、どう考えても幹久の方が兄として適任だと思うのじゃが」
「それに関してはオレも日頃からひしひしと感じてるよ。だから皆まで言わなくていいよ」
オレは情けない気持ちと悔しい気持ちを滲ませながら答える。
「まぁそうじゃな。しかし、悠十。気をつけることじゃ」
「何を?」
すると、燕斎はオレの耳元に顔を寄せ、囁いた。
「今一緒にいてくれる人間が、当たり前のようにこれからも一緒にいてくれると思わないことじゃ」
「それってどういう――」
「そのままの意味じゃ。当たり前を当たり前と思うなという当たり前のことを言ったまでじゃ」
なんとなく分かるような、ちっとも分からないような言葉だった。しかし、その真意を、それこそ問いただす前に燕斎は背を向けてカランカランと下駄を鳴らして歩き去って行ってしまったのであった。
さっき言われたように執拗に問いただすというのも気が引けたのでそのままその背を見送ることしかオレにはできない。
北條といい、燕斎といい、何かと意味深な発言が増えてきている気がするのはオレに何らかの落ち度があるからなのだろうか、と若干不安になってしまいそうである。
「悠十さん? 大丈夫ですか?」
先にバス停へと歩き始めていたヒサが振り返って尋ねてくる。これ以上無用に心配をかけていい立場にないオレは、大丈夫だよ、と返して彼の後に続く。
燕斎の言葉の真意が分かるのは、これよりずっと、ずっと先のことになる――かもしれない。
* * * * * * * * * * * *
「本当にやるんだな」
翌日。
いつもよりも30分程早く登校したオレは、その足で職員室に向かった。そう言えば、この学園に入学して職員室に入るのは初めてかもしれない。少なくとも記憶が残っているうちは初めてである(再三再四述べているように、未来を助けた時に支払った刻の代償たる記憶に関しては今現在のオレが関知し得るところではないのである)。
職員室というともっと白っぽくて騒がしいイメージがあったのだが、この学園の職員室は茶色を基調とした落ち着いた雰囲気で、各教諭ごとにブースで仕切られている。いや、ブースというよりも半個室と言った方がいいかもしれない。
そんな学園の教諭たちが少し羨ましいと思ったのは一瞬のことで、あの幼児じみた声なのに、ぴしゃりと鞭で打ったようにピリピリとした口調で自分の名を呼ばれた途端、緊張が走る。
「緒多。どうした、何か用か」
振り返り、そして視線を30度程下に傾けると、我らが担任、篠原先生がオレのことを見ていた。否、見上げていた。
「貴様、今何か失礼な言い直しをした気がされた気がするのだが、それは私の気のせいか?」
「気のせいです気のせいです気のせいです!」
「ふん。まぁいいがな。椅子に座っても良いか」
「あ、はい、もちろんです」
篠原先生はオレの脇を通って手前から5番目のブースに入って椅子に腰掛けた。オレはその後ろからついて行き、篠原先生がさっさと元から綺麗な机の上をさらに綺麗に片付けるのを待つ。
わざわざ椅子に座ったのは、お互い立ったまま話すと、その身長差が余計に明白になってしまうので、あえて座ることで、座っているせいで目線が上向きになっているだけだと錯覚させようとしている、のかもしれないなどということは一寸たりとも考えていない。
「で、どういう要件だ」
篠原先生は片付けを終えるとレモンティーをポッドから注ぎ、それを息で冷ましながら言った。
「単刀直入に言います。オレ、リパーソナライズに挑戦したいです」
オレの言葉の直後。篠原先生はティーカップを置いてオレの目を真っ直ぐに見据えた。
「本気で言っているのか?」
「本気です」
「――――分かった」
「ありがとうございます。で、その訓練というか、実際にはどういう要領で行うのかを聞いてもいいですか」
「基本的に他の生徒が執行演習の授業を受けている時間にリパーソナライズのための矯正作業を行う。今日ならばこのあとすぐの1限からだな」
「えっとじゃあ、オレだけ別授業って感じになるってことですか?」
「ああ。リパーソナライズに関しては私よりも柊の方が詳しい。柊には私から話を通しておくから、お前は空いているIスタジアムで待機していろ」
「えっと、はい……分かりました」
「何か不満か?」
「あ、いえ。ただ、リパーソナライズに詳しいってどういうことなのかな、と素朴に疑問を持っただけです」
「……。まぁそれは柊に直接聞くといい」
「えっと……そうします。じゃあ、オレはこれで失礼します」
オレは軽く頭を下げて、離れようとする。
「緒多」
「はい?」
「あ……いや。やはりなんでもない。頑張れよ」
篠原先生にしてやけに歯切れが悪いセリフだった。しかし、なんでもないと言われてしまった以上、オレはもう一度軽く頭を下げて、今度こそ職員室を後にしたのだった。
* * * * * * * * * * * *
「あ、緒多くん。おいでやす」
篠原先生に言われた通り、Iスタジアムに着いたオレに、柊先生は笑顔で言った。その手には灰色のアタッシュケースがあった。
「えっと、リパーソナライズに関しては柊先生が手伝ってくれるってことで聞いてるんですが、それで合ってますか?」
「そうどす。そう言えば、MINEは持って来てる?」
「はい。一応必要かと思って持って来てます」
オレは執行服のポケットから、色を失ったMINEを取り出して見せる。
改めて手に持ってみると、心なしか、軽くなったように思えた。
「そらよかったどす。とりあえず今日からリパーソナライズを始めるんやけども、そら毎回持って来てな。まぁ、最初のうちは使うことはないやろうけど」
「そうなんですか?」
「そうどす。最初のうちはこれを使って調整していくことになるから」
そう言って、手に持っていた灰色のアタッシュケースをあげて見せる。
「それって……」
「βチョーカー。聞いたことある?」
「いえ……」
「もともとはNORがMEを使えるように設計されたものなの。そやけども、結局は上手くいかず、今はMINEよりも互換性の高いMERの補助装置として使われとるんよ」
「えっとそれはリパーソナライズをしなくてもMINEと同等の力が使えるってことですか?」
それならリパーソナライズをしなくても良いのではないかという淡い期待を持って尋ねてみる。
「同等の力は出せへんよ。記憶領域も出力も低い。パワーアシストもセンサーアシストもない。ほんで何より、ユーザーを保護するベールやリジェクトキューブも展開されへんからな。ほんまに生成の補助だけよ。でもこれを通して生成をしていくことで、緒多くんのパーソナルデータが再構築されていくんよ」
さすがにそこまで甘くはない、か。
「分かりました。えっとじゃあそのβチョーカーをつけて、色々と生成していけばいいってことですよね?最初は小さな金属片とかですか」
「いや。そういう補助なしでも生成でけるようなものや、安全な状態での生成では効果がないの。必要なのは心理的負担の中でより困難なものを生成すること。つまり平たく言えば、それを使って――執行演習を行うということよ」
最後の一言のトーンがやけに低かったのはそれだけその事態が深刻だということである。
ユーザー保護機能のないβチョーカーで執行演習、すなわち、戦闘を行う。
それはつまり、生身の身体で、怪我の、あるいは死のリスクの中に身を投じるということに他ならないのだから。
どうもkonです。
柊先生は優しくて綺麗な先生で、僕の好きなキャラではありますが、書くのは嫌いです。
京言葉って難しい。
次回もお楽しみに!