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第2章第2話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。
「ゆ――悠十さん!?急に何を――」
ヒサは驚いたように目を見開き、身を乗り出した。
「お願いします」
オレはヒサの問いに答えることなく、まっすぐに目の前の燕斎を見る。
やっと分かった、北條の言葉の意味が。
オレが北條に勝てないのは、他でもないオレの弱さである。オレが戦い方を知らないが故である。
MINEはあくまでアンプだ。使用者の能力を引き出すための装置。使用者の能力を入力とするのなら、MINEを通した力は底上げと増幅を施した出力と言える。
今までのオレは入力が1だった。だから底上げと増幅を施して、10程度にしたところで、北條や燕斎のように自らの技術を努力によって10や100にしている者たちには敵うはずがない。
そして、オレはMINEを使うことができなくなって、そのアンプを無くして、力が0になったと思い込んで、諦めようとした。
それこそ、まさに傲慢ではないか。
なんの努力もせず、与えられた物を我が物と思い込んで。それで絶望するなんて、笑えない喜劇者である。悲劇気取りの喜劇者。
そうじゃないだろ。
アンプがぶっ壊れたなら、アンプがしょぼくなったんだったら、死にもの狂いで自分の力を引き上げるしかないだろうが。
底上げがなくなったって、増幅倍率が1倍になったって、自分の入力部分が10にでも100にでも1000にでもなりゃあ、負けっこないだろうが。
北條が言いたかったのは、そういうことだったのだと思う。
だから、オレは強くなる。
強い何かを得るのでなく。
強い自分に成るのである。
そしてそれが出来てやっと、オレは誰かを護る権利がある。未来の一番側にいて彼女を護ると誇ることが出来る。ヒサも、怜も、(まぁ香子はオレが護らなくなたって大丈夫だろうが)傷つかずに済む。
そのためだったら、なんだってやる。いや、なんだってやれ。
「そうじゃのう。まぁ、ここは道場じゃし、門弟を拒むような理由はないんじゃが」
そう言って、燕斎は立ち上がると掛けてあった木刀を手に取り、そして大きく振り上げた。
「では、まず一つ教えをやろう。水平流剣術は水平、すなわち不変と中立を重んじる。だから、今ここで誓った思いを違えることは許されない。そのような者に他人を斬る資格などはありはしない。さすれば、己を斬れ」
ひゅんっ!
そう言って燕斎は振り上げた木刀をオレの首に向かって真っ直ぐに振り下ろした。
「――あ!」
固唾を飲んで見守っていたヒサが思わずを声に出す。だが、オレは声一つ出さず、眉一つ動かさず、ひたすらそれを見ていた。
真っ直ぐに振り下ろされた、木刀はオレの首を打つ寸前でピタリと止まった。
「つまり、生半可な気持ちでこの剣を学ぼうとすれば、死ぬことになると、そういうことじゃ」
「分かってるよ」
もう一度、燕斎の目を見つめる。
すると、燕斎は、ふっ、と小さく笑ってから木刀をオレの首元から離して座った。
「よいじゃろう。お主の門弟入りを許す。そう言えば、まだお主たちの名前を聞いていなかったのう?」
「オレは緒多悠十だ。で、こっちが……」
「緒多幹久です」
「ほう。悠十、お主の門弟入りは今さっき認めたわけじゃが……。幹久、お主はいいのじゃな?」
「まぁ悠十さんが自分で決めたのなら、それでいいと思っています」
「あー。そうじゃのうて。お主は門弟入りするつもりはないのじゃな、という意味じゃ」
「あ、ああ。僕は別に剣術は習うつもりはないですよ」
「ほう。そうか。まぁ、わしも別に門弟を増やしたいわけじゃないのじゃが」
燕斎はなんとなくお茶を濁すような口振りでそう言ったが、オレにはなぜなのかは分からなかった。
「それで、これはもっと実際的な問題なんだけれど、稽古をつけてもらうにあたって、日にちとか、お金とかはどうなってんだ?」
学園に通っていると、最低限の生活費用は国から支給されているし、ヒサだって優良生徒だけが受けられる奨学金を使って生活している。
しかし、この道場はあくまでオレの希望によるもので、当然国からお金が給付されるわけでもない。
となるとアルバイトとかそういうことでそのための金は稼がなきゃいけないわけで、はたまたそうなると、稽古とのスケジュール的な兼ね合いも出てくる。
本当、さっきまでの真剣で重い雰囲気とは全くかけ離れているようだが、一旦門弟入りが受け入れられて心が落ち着き、クールダウンした頭で考えてみるとそういう現実的な問題があることに気づかされてしまったわけである。
しかし、燕斎はてっきり忘れていた、というように「あー」と間の抜けた声を出す。
「特に金はいらんよ。稽古も道場に来りゃあいつでもつけてやる」
「え、いや、そういうわけにはいかないだろ?」
あんた、どんだけ暇なんだ、という言葉はすんでのところで飲み込む。
「別に。もう一人の門弟からの収入でもう間に合ってるからのう。ほぼ不労所得みたいなもんじゃ」
「もう一人の門弟……?」
「ああ、そういえば言っておらんかったか。というか、お主は学園の生徒なんじゃからもしかしたら面識があるかもしれんのう」
「もう一人の門弟って学園の生徒なのかよ!?」
「そうじゃが?」
「まさか、知り合いじゃないだろうな……」
「どうじゃろうな。まぁあのゴミのように人が多い学園の生徒の中のたった一人じゃからのう。その確率はととつもなく低いじゃろうが。万が一ということもあるじゃろう」
燕斎がそう言ったときに、まるであつらえたようなタイミングで道場の扉が開いた。
「燕斎様、今日も稽古をつけて頂きたいのですが――」
“もう一人の門弟”は扉を開くなりそう言った。
長身痩躯の眼鏡の少年。
オレはその少年の名前を知っていた。
クラス交流で同じ班となり、香子に並々ならぬ対抗心を燃やしていた美鳥祇の後ろでまさに従者のごとく付き従っていた少年。
日中 天その人だった。
* * * * * * * * * * * *
「ひ、日中……」
オレは思わず言葉を見失う。
「なぜ緒多様がこのようなところに?」
「ほう。これはまた偶然があるもんじゃのう。天。こいつは今日からうちの門弟となったんじゃ」
「は……? なぜそのような運びになったのかご説明願えますか?」
「実はのう――」
その言葉を皮切りに、燕斎はことのあらすじを語り始めた。
その語りは非常に粗野で彼女の本性をそのまま表すようなものではあったけれど、それなりに大まかなことを説明し終えた。
「それは――災難でしたね」
「まぁ、命があっただけよかったってもんかもしれないけどな」
「ええ。怪我をされているとはいえ、最近のそうした活動はエスカレートする方向にございます。最悪、拉致などということもあるようですから」
神妙な面持ちで言った日中は視線をヒサのほうへ移す。
「それでそちらの方は?」
「ああ。オレの弟だよ。つっても義理のだけど」
「緒多幹久です。えっと……日中さん、でしたっけ」
「翡翠塾次期当主、美鳥祇現の選任執事をしております、日中天と申します。以後お見知り置きを。悠十様とは学園でいつもお世話になっております」
「まぁ世話っつってもちゃんと話すのはこれが初めてだけどな」
「そうでございますね……はい」
一瞬何か言おうとして、やめる。まぁ大方見当はつくが。
「せて、しかし、どうするかのう。幹久の方はやはり傷が少し深い。今日は二人ともここに泊まって行くか?」
「ああ、いえ。僕は家に帰ろうと思います」
「そうだな。さすがにそこまで世話になるつもりはないよ」
ヒサに続いてオレが言ったのを聞いて燕斎は三秒ほど考えるような仕草をしてから結論に達したようだった。
「そうか? じゃあ……そうじゃのう。わしが表通りに出るまでは付き添ってやるとするかのう。じゃが、悠十は道場の勝手を説明する必要があるじゃろうから帰すのはその後じゃ。幹久にはその間少し待ってもらうことになるがよいかのう」
「構いません。心遣いありがとうございます」
ヒサはぺこりと頭を下げる。なんというか、その生真面目さは弟と紹介したのが決まり悪くなるくらいオレの弟としては不釣り合いに思えた。
「いやなに、気にすることはあるまいよ。わしの気まぐれじゃ。さて、そうと決まればとっとと終わらせるかのう。天。兄弟子としての最初の仕事じゃ。悠十に道場の勝手を一通り教えてやれ。その間わしは幹久と茶でも飲んでおるからのう」
燕斎自らが説明するわけじゃないのかよ、というツッコミが出掛かるが、なんとか堪えた。
「なんじゃ悠十、お前が説明するんじゃないのかよ、という顔だな。幹久の相手をしてやろうというんじゃから贅沢を言うでないぞ」
顔に出ていたらしい。
「お前はなんでも顔に出すぎじゃ。もう少しぽーかーふぇいすというものを覚えたらどうじゃ」
「うっ……。聞いておくよ」
やけにオレには辛辣な燕斎だった。というか逆にヒサに対してはやけに甲斐甲斐しいというか、目をかけているというか。これがオレとヒサの人徳の違いというやつなんだろうか。
と若干落ち込んだ時に日中がその丁寧な口調でオレを呼んだ。
「緒多様。では順に説明いたしますのでついて来ていただいてもよろしいですか?」
「ん、ああ。こちらこそ頼む」
ヒサをまた一人きり、というか燕斎と二人きりにするというのは微妙に気が引けたのだけれど、まぁかといって、どうにかしようとまでは思えなかったので、オレはそのままその部屋を出た。
どうもkonです。
日中くん、久しぶりの登場です。彼のお話もいつか書いてみたいですね。
では来週もお楽しみに!