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第2章第1話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。
「その制服……学園生でちげーねーな?」
十字路で待ち構えていた男たちのうち、一人が言う。
オレはヒサを庇うように前に出る。
「あぁ。オレは学園の生徒だ。で、なんだっけか――《鴉狩り》、だったか?それが目的なら、こいつは関係ないよ。こいつは学園の生徒でもなけりゃ、入学する予定もない。だから、こいつだけは先に返していいだろ?」
「ちょ――悠十さん、それは――」
「ヒサ」
黙っていろ、という意味で“弟”の名前を呼んだ。
「ぷ……ぷはははは! いいねぇ。美しい友情だねぇ!」
「友情じゃなくて兄弟だよ」
「へぇ! あんまり似てねーから兄弟だとは分からなかったぜ。しかしよぉ。弟くんは《鴉》のお前の事を妬んでるんじゃねぇのか?」
「こいつをお前らみたいなのと一緒にするなよ」
「はっ! まぁいいけどよ。まぁ兄ちゃんの漢気に免じて?弟くんは逃がしてやるよ。ほら、行けよ」
オレたちの正面の男が道を空ける。
「ヒサ。行ってくれ」
オレは後ろにいるヒサに呟いた。どんな顔をしているのだろう、と思いながら。
「……すぐに助けを呼んできます」
そうヒサは男たちに聞こえないように言ってから正面へと歩き出す。
ヒサが道に入るまであと3メートル。
あと2メートル。
あと1メートル。
そしてヒサが男の横を通り過ぎた刹那。
男は手に持っていた赤い特殊警棒を伸ばし――。
「ヒサ!走れ!!」
オレが自分の愚かさに苦虫を噛む間もなく叫んだ時にはもう手遅れだった。
特殊警棒は鈍い音を立てて、ヒサの背中に打ち付けられていたのだった。
「うっ!!」
「馬鹿かよ、お前ら!最近の《鴉狩り》は《鴉》とつるんでる裏切り者の《黒い鳩》もぶちのめすことになってんだよ!」
男が嘲笑うように叫ぶ。
そのまま倒れこむヒサのもとにオレが駆け寄ろうとした時、他の男たちが同じように赤い特殊警棒を伸ばし、一斉に遅いかかってくる。
同時に視界が水色に染まり、一手先の情景が映し出される。
『右側の男が振り下ろした警棒が顔面を捉え、後ろから襲ってきた男が体当たりをしてくる』
オレは左に飛んで警棒を避けると、後ろからの攻撃に備える。しかし、再び未来視が発動する。
『体当たりしてくる男を避けるが、さらに全方向からの攻撃に晒され、滅多打ちにされる』
オレはその未来視に対し、次の対応策が思い浮かばなかった。MINEのパワーアシストもなく、センサーアシストもなく、そして敵を一蹴するような装備もない。
これでは反撃はおろか回避することも叶わない。
つまり、未来視の能力を有していても、完結してしまっている、決定してしまっている未来が存在するということだ。
今まではMEやMINEという暴力的なまでの能力が故に、その完結してしまっている、決定してしまっている状況のボーダーが上方修正されていたというだけなのだ。
残されたのはこの巨漢達を押しのけ強行突破するという選択。
オレはヒサがいる方向へと突破しようと、目の前の男に体当たりを試みる。
そして、あろうことか、男は不敵で不快な笑みを浮かべたまま、オレの体当たりをもろに受けたのである。
しかし、受けたということが必ずしも彼にダメージを与えた訳ではない。
すなわち、体当たりを“受けた”上で、“受け止めた”のであれば、それは攻撃という意味での失敗を示すことになる。
体当たりはその男に全く意味をなさず、むしろ襟首を掴まれ、捕縛されてしまった。
そしてその次に訪れたのは終わりが見えない殴打の応酬だった。
その間も未来視は続いていたけれど、オレは本当の意味でなす術がなく、激痛と屈辱と絶望に耐え続けるしかなかった。
「悠十さん――!悠十さん――!!」
絞り出すような声で叫ぶヒサも同じように打ちのめされている。
なんだんだ、オレは。
MINEがなくなった途端、この体たらく。
数日前までの自分が嘯いていた未来を護るという慢心に満ちた勝手な思いが酷く醜く思えた。
そして、この男たちのことを確かに憎く思ったけれど、今までオレは無意識のうちに、MEというそれこそ暴力的なまでの能力を振りかざしてきたことに気づき、そして、この男たちを含む反MERのNORたちの怒りはそうした慢心に対して向けられているのだとに気づかされてしまった。
もし、オレがMINEなしでもこの男たちを退けるほどの力さえあれば、こんな暴力は不条理だと真っ向から否定することができただろう。
しかし、オレが弱い故に、今ヒサが巻き込まれているこの暴力の不条理さを全否定できなくなっている。
そんな弱い自分が情けなくなって。
そんな浅い自分を殺したくなって。
「く、そおおおおおおおお!」
叫ぶ。喉がちぎれるくらいに。
「何叫んでだよ!」
さらに、男たちの暴行が激しさを増す。
と、その時だった。オレやヒサを打ちのめしていた男たちが次々となぎ倒されていったのである。
「げほっ!げほっ!……一体何が――」
オレは捕縛から解放され、這いつくばりながら激しく咳き込んだあと周りの状況を確認しようと、視線を巡らす。
そこに背を向けて立っていたのはたった一人の女性だった。
見る限り、MINEは装着していない。
その立ち姿は武士を思わせるほど凛としていた。
黒い和服に身を包み、美しいセリアンブルーの髪を後ろで纏め、彼岸花を彷彿とさせる真っ赤な簪を挿している。
そしておそらく十人はいたであろう巨漢を、一瞬にして薙ぎ払い尽くした際に用いたのであろう竹刀を一振りすると、オレの方に顔だけを向けてこう言い放った。
「わしの道場の裏で何をしておる。このような場所で、ぎゃあぎゃあ騒がれてはおちおち昼寝もできん」
* * * * * * * * * * * *
その女性は市庵 燕斎と名乗った。正直、本名かどうか疑ってしまった。名字はともかく、燕斎という下の名前の方は女性の名前としてはいささか不自然だ。
しかし、命の恩人とも言えるような相手に対してそんなことをいちいち意義申し立てるような器量の狭さは発揮したくはなかったので口にすることはしまい。
結局あのあと、オレとヒサは彼女のいう“道場”というやつで手当てをしてもらうことになったのである。
まぁ手当てといっても乱暴なもので、ざっと水洗いのあとに消毒もなしに傷口にぐるぐると包帯を巻かれただけであるが。
「――!!痛い痛い痛い痛い!!」
「こんなもんつばでもつけときゃ治るんじゃ、男ならしゃきっとせい、情けない」
あまりに雑な包帯の巻き方に痛みのあまり叫んだオレに対して、燕斎はしれっとした顔で言った。
「えっと……市庵さんでしたっけ? 助けていただいてありがとうございます」
一足先に手当てが終わったらしいヒサは丁寧に頭を下げながら言った。
「別に助けるつもりはなかったんじゃがな?あまりにうるさかったもんじゃから一番騒いでるやつらをぶちのめしてやっただけじゃ。ま、こっちの男も同じく叫んでおったもんじゃから、一緒にしばいてしまおうと思ったんじゃが、ちょいと飽きたからやめといただけじゃ」
前言撤回。
この人は全然命の恩人ではなかった。あわやこの人にとどめを刺されるところだったらしい。
「で、燕斎さん。あんた一体何者なんだ?」
「ほう。命の恩人に対して、やけに挑戦的な口を聞くではないか」
当たり前だ。命の恩人と思うのはたった今やめたばかりなのである。
「まぁよい。わしはこの水平道場の現師範を務めている者じゃ」
「ただの剣道の先生とは思えないけどな」
何せ十人もの巨漢を一瞬にして鎮圧したのである。ただ者ではない。
「いや?わしはただの師範じゃよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でも……」
「もともと剣術とは殺人術じゃ。それを極めた者が強いということに何の疑問を抱く?」
「まぁ……それはそうかもしれないけれど……」
「なんじゃ、歯切れの悪いやつじゃな。ではこちらからも問おうか。お主。見た限り、学園の生徒であろう?なぜあやつらなどに負けた?」
「……そりゃあこっちは二人であっちは十人以上だったから……」
「ほう?じゃが、わしは一人でもあやつらに勝ったぞ?」
「お、オレだって、MINEさえ使えれば……!」
「ほほう?じゃが、わしはもともと能力を持っていないがあやつらに勝ったぞ?」
「そりゃああんたは剣道の天才で――!」
「いや?わしは剣道の天才などではないよ。ただ訓練を組んだというだけでな。言うなれば秀才じゃ」
「……何が言いたいんだよ?」
「そうじゃな。お主がわしが何者か探ろうとしたのは、わしがお主より強いからなのじゃろう?すなわち、何者で在るか、で運命が決まってしまうと思っておるじゃよ、お主は。わしはそういう考え方大嫌いでのう?運命を決めるのは何者で在るか、ではなく、何事を為すか、ということじゃ」
何者で在るか、ではなく。
何事を為すか、が問題だと。
彼女はそう言いたいわけか。
その時、オレは北條の言葉を思い出した。
――お前が俺に勝てないのは、武器やMEの適性でもない。そしてMINEのせいでもない。ただてめぇが弱いせいだ――
その言葉の意味がようやく分かった。
そしてオレの為すべきことも。
オレは立ち上がって、燕斎の前に正座する。
「な、なんじゃ?いきなりかしこまりおって」
「燕斎さん。いや、市庵 燕斎殿。オレに――」
次の言葉にヒサも燕斎も言葉を失うことになる。
「剣術を、戦い方を教えてください」
どうもkonです。
今日は新キャラ登場ですね。
市庵燕斎、っていうのはまた読みにくい名前ですが、結構インパクトの強いキャラクターになったかなと思います。
悠十くんも結構心が迷子な感じですが頑張って欲しいですね!
では来週の12:00にまたお会いしましょう(`_´)ゞ