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Multi Element 〜幻(ユメ)の代償〜  作者: kon
総和記号―Sigma Scythe―(B)
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(10)

第1章最終話です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いします。

 オレと北條の間に乾いた風が吹き抜ける。


 緋瀬 未来という少女を護りたいと、側にいたいと思っている人間はオレだけではなかった。


 今にして思えば、そう思っている人間が自分しかいないという妄言は、未来には自分しかいないという暴言は、傲慢に過ぎると言わざるを得ない。


 彼女がオレにとってある種唯一無二の存在であるということを根拠に、対称的にオレが彼女にとっても唯一無二の存在であると主張することはできないのだ。


 そう気づかされて、オレは心の中で先ほど悩んでいたことの決着をつけることにした。


「で、緒多よぉ。リパーソナライズはどうするんだよ」


 何か見抜いたのかと思わせるようなタイミングで北條はさっきまでの穏やかな笑顔を引っ込め、尋ねてきた。


「ああ、そのことなんだけど。オレはやめとくよ」


「はぁ!? なんでだよ!?」


「いや、なんていうかさ。成功率は低いし、元々MINEの執行自体好きな訳でも、得意なわけでもないんだ。ほら、結局お前にはコテンパンにされたわけだし」


「お前、自分で言ってて悔しくねぇのか?」


「いやぁ。まぁそりゃあ悔しくないわけじゃないけれどさぁ。まぁ戦わずに済むならそれはそれで――」


 オレは急に声音が硬くなった北條に内心驚きながらも、出来るだけ気にしていないように言った。


 しかし、その途端、北條は大股でオレの方に歩み寄って来ると、襟首を掴んでオレを壁に叩きつけたのだった。


()――っ!何すんだよ、いきなり!」


「何すんだよ、だぁ?てめぇこそ何言ってんだよ、この大馬鹿野郎が」


「別にお前にはなんも関係ねぇし、迷惑もかけてねぇだろうが!」


「ああ、俺には関係ないし、迷惑もさほどかけられちゃあいないんだろうよ。だけど……だけどよ。未来ちゃんはどうするんだよ。未来ちゃんを護るためにお前は戦ってたんじゃねぇのかよ!」


 さっき自分の中でやっと解決をしたところで、虚を衝かれたオレの頭に急に血が上る。


「だから!戦えなくなったんだからしょうがないだろうが!ただでさえお前にコテンパンにされたオレが、これ以上弱くなって、どうやってあいつを護るってんだよ!」


 オレは何とか北條を押しのけて拘束を免れる。皺くちゃになった服を直すと血が上った頭を冷やすように深呼吸を一つしてから、言葉を続けた。


「未来を護るならお前の方が適任だ。お前の方が強いんだから。気持ちだけじゃあどうにもならないんだよ」


「お前は俺と戦う時、力を抑えてただろうが」


 北條が言っているのはクロの力のことを言っているのだろう。


「あれは、そうおいそれと使えるようなもんじゃねぇんだよ」


「――チッ!もういい。会った時から間の抜けた野郎だとは思ってたがよ、まさか腰まで抜けてるとは思わなかったぜ」


 北條はそう言うと、屋上から降りるための階段の方へ歩んで行った。しかし、階段を降りる前に立ち止まる。


「一つ言っとくけどよ。お前が俺に勝てないのは、武器やMEの適性でもない。そしてMINEのせいでもない。ただてめぇが弱いせいだ」


 こちらを向くこともなく、そう言い残した北條は、オレが口を開く前に階段を降りて姿を消した。


 壁に叩きつけれた背中がジンジンと痛むが、そんなことは些細なことだった。


「こっちの方が痛いじゃないかよ」


 そう独り言ちてオレは服の左胸あたりを強く握りしめるのだった。


* * * * * * * * * * * *


 結局次の日にオレは園立美山病院を退院する運びとなった。北條が去ったあとに未来と怜も見舞いに来てくれたのだが(香子は体調が悪くなったとかで来なかった。珍しいこともあるものだ)、正直上の空というか、情けない気持ちで彼女たちの言葉はほとんど頭に入ってこなかった。


 北條の言葉を受けてもやもやとした気持ちは残ったままだったが、やはり頭で考えてみると、オレがMINEのリパーソナライズに踏み出す理由がどうしても見つからなかった。


 そして、去り際に北條が残した言葉の真意も未だに分からず終いである。


 退院の受付をして、病院のドアを出ると、ヒサがオレを待ち構えていた。迎えに来るなどという話は全くされていなかったので、オレは何と言ったものか、思いあぐねてしまう。


「悠十さん、迎えに来ましたよ」


 緒多幹久。

 悠十が居候している緒多家で元々一人暮らしをしていた中学三年生。緒多という苗字を持っているオレが緒多家に居候というのも奇妙な話なのだが、実際にオレとヒサの間に血縁関係はない。


 記憶喪失となったクリスマスに搬送されたオレを救った蓼科が同じ苗字を持っている緒多家を、戸籍が存在していないオレの居候先として斡旋してくれたのである。あの底の知れない男のことだから、あまり褒められたことではない方法をとったという線は大いにあるが。


 そして現在は、これも一体全体どういうパイプがあって可能なのかは知らないが、戸籍上は緒多幹久の兄という形で登録されているらしい。


「悪いな、わざわざ」


「大丈夫ですよ。じゃあ早速行きましょうか。あ、荷物持ちますよ」


「いや、いいっていいって。大した怪我はしていないのだし」


 オレが受けたダメージというのは、MINEを使うために必要なパーソナリティ情報というソフトの部分であって、ハードとしての身体には何ら問題はない。


 まぁ強いて言うならば、ハードならぬハートは大分には大分キテいる、といったところだろうか。


 笑えない冗談だが。


「無理はしないでくださいよ?」


「だから、大丈夫ですよだって。あんまりお前に迷惑かけられないしな」


「それを言うなら、入院しないようにしてもらえると僕としては助かります」


「……ごもっとも」


 全くもってその通りである。ぐうの音も出ない。


「あはは。半分は冗談ですよ」


 半分は本気で言っているらしい。


 それもそうだ。これだけ歳下であるヒサに迷惑と心配をかけているようでは、戸籍上とはいえ、どちらが兄なのか分からなくなってくる。


「じゃあ行くか」


 数分歩くとオレとヒサはバス停に着いた。しかし、ヒサはバス停に表示された次のバスの到着予定時刻を見て顔をしかめた。


「うーん、この時間だと、うちの地区行きのバスってあんまりないんですね」


「まぁ平日の真昼間だからなぁ……ってヒサ、お前に学校はどうしたんだよ?」


「ああ、今日は休むことにしました。あ、今学校でやってる範囲は二ヶ月前に自分で予習したところなんで、一日くらい休んでも大丈夫なので、悠十さんは気にしないでくださいね」


「お前は本当に頭がいいんだな……」


 一方オレは、頭が悪いうえにヒサには頭が上がらなかった。


「でも、今から次のバス待つくらいなら、少し歩いて他の路線のバスに乗った方が早いですよね」


「そうなのか? まぁ、ヒサに任せるよ」


 記憶喪失のオレにとって公共交通機関のローカルな工夫など最も縁のない話である。


「じゃあ、そっちに乗りましょうか」


 ヒサに続いて道の反対側に渡り、細い脇道に入る。そこでふと北條の話を思い出す。彼は父親との約束がきっかけになって未来を好きになったわけだが、オレはヒサの親子関係というものをまるで知らなかったのである。


 普通居候となった時点で開口一番に親子関係について聞いてもいいぐらいなのだろうが、いかんせん自分にも親子関係というものに関する記憶がないせいで、今の今までそういう質問をしようとは思わなかったのである。それに、ヒサからその話をされたこともなかった。


「そういえば、ヒサの両親の話ってしたことなかったな」


「あれ、どうしたんですか、急に」


「いや、まぁオレも色々あってさ。別に大した理由はないんだけど、聞いたことなかったなって」


「あはは。えーっと、言葉を借りるようですけれど、僕も色々あって、別に大した理由はないのですけれど、あまり触れたくない内容かもしれません」


 そこで自分が迂闊な質問をしてしまったことに気付く。ヒサから話さなかったのは触れたくない内容だから、というのは少し考えれば分かることではないか。


「あー。すまん、ヒサ。余計なこと言っちまった」


「全然気にしないでください。普通聞きますよね。まぁその話はそのうちしますよ。もう少し落ち着いたら、ですけど」


 細い道を後ろから続くように歩いているせいでそう言ったヒサが今どういう表情をしているのかは窺い知ることはできなかった。


 とその時、突然背後から男に呼び止められた。


「おい、そこの。こんなところで《からすの雛》が何をしてんだ?」


 振り返ると、筋骨隆々という言葉がぴったりな男が立っていた。その腰には赤い特殊警棒のようなものを下げている。


「カラスってオレたちのこと言ってんのか?オレらは今から家に――」


 オレが答えようとしたところで、ヒサがオレの手を引いて駆け出す。


「ちょ――!どうしたんだよ、ヒサ」


「ま、まずいです!ここは《鳩の島》だったみたいです!」


「ハトの……島?カラスとかハトとか、さっきから何の話をしてんだ?」


「《鳩》っていうのはNOR、《鴉》っていうのはMERの隠語です!《鳩の島》は《学区外》に住む反MER派の人たちが《学区》の中で活動するための拠点みたいなもので、闇取引とか鴉狩りみたいなのもやってるんです。だから、学園の制服着てる悠十さんが標的になっちゃったんですよ!」


「なんでそんなもんがこんなとこに!」


「通院しているようなMERは負傷してたり、病気になってたりするわけですから、狙うには好都合なのかもしれません……《鳩の島》だと知ってたらこんなとこ通らなかったのに!」


 オレとヒサはその巨漢から逃げるように走り続ける。しかし、道が細く、曲がり角も多いのでなかなか思うように進めない。


 一方追っ手の男はその巨軀にも関わらず、道に慣れているのかどんどんと迫ってくる。


 数分走り続けると先が明るく開けているのが見えた。オレとヒサはゴールとばかりにそこへ駆け込む。



 しかし、目の前の光景にオレとヒサは言葉を失った。



 大きく開けた十字路。そこでは先ほどと同じ赤い特殊警棒を持った男達が立ちはだかっていたのだから。

どうもkonです。

それと今回から水曜12時の定期更新にしようと思います。よろしくお願いいたします。

では来週もお楽しみに!

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