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第1章第9話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
辛うじてMINEを使えるようになる確率は0.3%、完全に回復する可能性は0%
その事実にオレは言葉を失った。
別にMINEを使って戦いたいと思っているわけではない。
むしろ戦わなくて済むならば、何も傷つかず、誰も傷つけなくて済むのならば、それに越したことはない。
けれど、誰かを護らなくてはいけないときに、いの一番に逃げ出したいわけでもないのだ。
誰かを護る力が欲しかった。誰かを護る力になりたかった。
未来を護る力を欲しがった。未来を護る力になりたがった。
その矢先に。
オレは力を失うのか。
もし仮にMINEを再び扱えるようになったとしても、確実に今より弱くなる。
MINEが普通に使えていた時でさえ、北條に手も足も出なかったオレが、結局クロノスの力に頼るしかなかったオレが。
これ以上弱くなって誰かを護ろうなんて、無謀どころか無駄なんじゃないか。
むしろ弱いオレが出しゃばることで、助けられたはずのものが助けられなかったなんて笑えないオチになるんじゃないのか。
「リパーソナライズを無理強いすることはしない。リパーソナライズもそれなりの危険があるからな。よく考えてから結論を出せ」
篠原先生はそう言って踵を返す。一方の柊先生は何か言いたげな顔をして、ベッドの傍らに立ち尽くしたままだった。
「柊先生、行きましょう」
篠原先生はドア付近で止まるとそう言って促す。しかし、柊先生は動こうとしない。
「お、緒多くん!実はあたし――」
「柊先生!」
柊先生の言葉を遮り、語気を強めて篠原先生が言った。
「柊先生……行きましょう」
先ほどと同じ、しかしずっと重く感じられたその言葉に、柊先生は何かを振り払うかのように頭を振ってから、病室を足早に去っていった。
病室のドアに立っていた篠原先生はその後ろ姿を見送ってから、こちらを振り返らずに話し始める。
「緒多。今回の件は完全に私たち教師陣の責任だ。本当にすまない。何度謝っても、謝りたりない。その立場で言えることではないんだがな。それでもリパーソナライズに挑戦するかどうかは自分で決めてくれ。私たち教師にできることは導くことであって、道を決めることではないんだ」
「篠原先生……」
「ではな」
そうしてオレ以外病室には誰もいなくなった。
『で、どうするんだ?ユウ』
クロノスが問うてくる。
「(正直なところ、オレよりあいつの方が適任だと思っちまったよ)」
『適任、というのは、あの赤い目の娘を護るのに、《特異点》の坊主が適任だということかい?』
「(改めてそう言ってくれるなよ。結構凹むからさ)」
『ふん。まぁユウが凹むか、凸るか、なんてことにさらさら興味はないんだけどね。しかし、ワタシの力を使えば、あの《特異点》の坊主に引けは取らんだろうに』
「(確かにそうかもしれないけれど、それじゃあやっぱり意味がないんだ。クロの力を使いすぎれば、また未来を泣かせることになる。それに、《特異点》という例外が存在する以上、クロの力も万能ってわけじゃないだろう?)」
『な、ワタシのせいなのか!?』
「(そうは言ってない。けれど、そんな不安定な力で未来を護ろうと意地を張ることが、結果的に未来を危険に晒すことになるくらいなら……)」
未来を護るのはオレじゃない方がいい。
そうなってしまうとオレがMINEをもう一度使えるようになるために努力する理由はなくなってしまう。
むしろMINEを使って戦わなくても済むならそれに越したことはない。
「だったら……」
そう独りごちた時、コンコンとドアをノックする音がする。
未来だろうか。あるいは香子、怜か。はたまたヒサだろうか。
「はい、どうぞ」
スルスルと扉が開いたそこにいたのは、予想から最も遠い人物だった。
「ほ……北條……」
「よぉ、緒多。ちょっと顔貸せよ」
* * * * * * * * * * * *
「一応、オレけが人なんだけど」
園立美山病院第三病棟屋上。
真っ白なシーツやらタオルやらが一面に干され、風が吹くたびにパタパタと音をたてなびく。
「はっ。何言ってんだ。俺とお前はお互いの体調を気遣い合うようなアットホームな関係じゃねぇだろ?」
「まぁ確かにお前の言う通りだよ。で、話ってなんだよ」
「あー、一つはだな……」
オレを煽る時にはあれほど饒舌で、よく舌の回る北條にして、いやに歯切れが悪い。空を仰いだり、頭をがしがしと掻いたり、腕組みをして考え込んでみたり。
しかし、しばらく経って言う決心がついたのか、オレに正対したかと思うと、頭を下げたのだった。
「ありがとうございました!」
「は?」
「《熾天使》の攻撃を俺一人じゃどうにもならなかったと思う。そのせいでお前は……」
「あぁ、いや別にそれはいいんだけど」
あの北條が礼をしてくるなんて、正直思ってもみなかったオレとしては、戸惑いの方が先行していた。
案外こいつは義理堅い男なのかもしれない。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「なんでお前は未来にあれほどこだわったんだ?」
「……未来ちゃんに言わないと約束できるなら、話してやってもいいぜ」
「別に話さねぇよ」
「俺は、未来ちゃんの言葉に救われたことがある」
「未来の言葉……?」
「俺の家はさ。江戸時代から先祖代々伝わる鍛冶屋なんだよ。MEができちまってめっきり仕事が減ったけどよ。で、正直俺も今時鍛冶屋なんて流行りゃしねぇっつって継ぐの断ってた。中学の時には親父と喧嘩ばっかで今思えばグレてた、と思うぜ」
鍛冶屋。
確かにMEの発見によってほとんどの工業製品はMERに対して販売されることはなくなった。販売対象となるのは、生成能力を持たないNORが中心になっているが、人口の約四割を占めるMERが販売対象から外れるというのは生業として大きな影響があることは想像に難くない。
「で、今年の冬。親父はおっ死んだ。まぁあんだけ無理してりゃあ身体も壊してもおかしくねぇ。結局俺は親父と仲違いしたままだ」
北條は手すりに寄っかかって空を仰ぐ。
「あのうるせぇクソ親父が死んで、俺は後悔したよ。ずっと流行らねぇって馬鹿にしてた親父の仕事を、ガキのときにはかっこいいって思ってたことを思い出して。ガキのときにはあんだけ約束したのによ。絶対父ちゃんの仕事は俺が継ぐって」
さっきよりも強い風が吹く。
「その約束を俺はでかくなるにつれて忘れてた。でも親父がおっ死んで思い出した。ME装備技師になったのは心のどっかで覚えてたからなのかもしれねぇけど、親父にそのことを言葉にしたりはしなかった。言わなかったら、実現しなかったら、忘れてるのと同じだ」
約束。オレも未来との約束を忘れてしまった。それで彼女を傷つけた。いや、現在進行形で傷つけている。
「だから、親父が死んだ時には、なんで言わなかったのかって後悔した。親父がどんな思いで最期を迎えたのか、想像するだけでしんどかった」
「で、入学式の日。俺はその気持ちを引きずったまま、学園の屋上で時間を持て余してた。なんか、教室に行くのも億劫でよぉ」
「したらよ、そこに現れたんだ。未来ちゃんが」
入学式の日。オレが未来に“再”会した日。
「あの子、学園の中を探索してたって言って、俺に話しかけてきたんだ。未来ちゃんって内気な癖に、意外と大胆っていうか。思い切ったところあるだろ?」
「まぁ、そんぐらい俺が弱っているように見えたのかと思うとだっせぇけどよ。でもなんだか、話したくなっちまって、洗いざらい話しちまった。泣きそうになったからずっと顔隠してたけどな。したら、未来ちゃんなんて言ったと思う?」
北條は天に向けていた顔をこちらに向けて、初めて見る穏やかな笑顔になった。
「『大丈夫だよ。だってお父さんはきっと、約束をもし忘れてるとしても自分の子どものことを誇りに思ってると思うから』だってよ」
未来ならそう言うだろう。彼女がそういう、綺麗事のような、だけれどもまっすぐな言葉を持っているということを。
オレは痛いほどに知っている。
「正直、俺の親父にあったこともないのに、ましてや俺の自己紹介すらしてないのに、何言ってんだって思ったけどさ。でも……。でもよ、俺は救われちまった。その言葉に」
彼女に救われたのはオレだけじゃなかったのだ。
そして同時になぜ、北條のことを絶対記憶能力を持つ未来が覚えていないという状況が生まれたのか理解した。
北條 衛司は《特異点》なのだ。《核》にとっての例外たる存在。
その周りでは何が起こるのか不安定である。
その周りでは何が起こっても不思議でない。
つまり、北條が《特異点》であり、同時に未来が絶対記憶能力の持ち主、言い換えれば、絶対論理の人工核の持ち主であるがゆえに、北條は絶対記憶能力の“例外”となったわけである。
しかも、北條は自ら顔を隠し、自己紹介すらしていない。だから、未来は北條を知らない一方で、北條は未来のことを、自分のことをたった一言で救ってくれた少女のことを。
「まぁ、だからなんで未来ちゃんに執着するかって聞かれたら、救ってくれた女の子のことを好きになっちまったってだけだよ」
それが北條 衛司の答えだった。
どうもkonです。
第1章も終盤です。北條くんの過去が明らかになったことで悠十くんの気持ちがどうなっていくか注目ですね!
では次回お楽しみに!