夜のほとりで待ち合わせ 19
辿り着いた、小さな病院。
外の街灯が銀色の明かりを中に注ぎ、雨の筋が室内のガラス越しでもよくわかる。
当直であろう医師にひところふたことディーが声をかけ、それからミユキを見た。
「・・・・・・廊下の突き当たりの部屋。・・・・・・朝になったら、街の外で待ってる」
小さくうなずいた。踵を返して薄暗い廊下を進む。―――真っ直ぐに、まっすぐに。
消せない焦燥感の滲む自分の微かな足音。早くなってゆく鼓動。心が叫ぶ。早くはやくと、叫ぶ。
微かな音がした。闇の夜の中でも届く、真っ直ぐな音。小さくて、弱いが・・・・・・汽笛のように鳴る、ホイッスルの音。
呼んでいる。呼ばれている。
辿り着いた最果ての扉に手をかけ―――音もなく、開けた。
銀の光が薄暗く照らす室内。
滲む輪郭の中わかるベッド。
微かな、呼吸音。
「・・・・・・だれ?」
擦れて罅割れた声。喉元でごろつく、あの低い声。
自分の胸を掴んだ。
「―――オーリ」
久々に唇に乗せた名前は―――違和感もなにもなく、すっとミユキの胸に染み込んでいった。
その顔が、こちらを見る。
灰色とその奥の青色の眼が―――大きく、見開かれる。
「―――ミユキ」
それが、限界だった。
手をのばす。触れる。―――握られた手を、引かれる。
何度でも、何度でも、あなたがわたしの手を引く。
「オーリ、愛してる」
横たわる身体にしがみ付くようにして泣きじゃくりながら云うと、オーリの身体がぴくりと反応した。
「オーリが好き。オーリがいい。オーリじゃなきゃ、嫌だ。・・・・・・愛してる。愛してる、オーリ」
わたしはこんなだけれど。
幸せを願えば願うほど、そのひとと一緒にいられなくなるような酷くどうしようもない人間だけれど。
それでも。それでもわたしは、あなたを。
「愛しています。・・・・・・オーリのこと、愛してもいいですか」
心臓が鳴る。心が傾く。―――心の全てが、あなたに向かう。
何度でも、何度でも、心が全部、あなたに向かう。
「・・・・・・気付いた時には心が全部ミユキに向かってるんだもんな。何度逸らそうとしたって必ずミユキに向かうんだ」
擦れた声が―――それでも力を伴った声が、ミユキに向かって紡がれた。
引かれた手が放され、ゆっくりと抱きしめられる。顔を上げると、涙に濡れた頬をそっと撫でられた。
「ありがとう。ミユキ。俺を選んでくれて、本当にありがとう。―――愛してる、ミユキ」
―――もうなにも要らない。ほしくない。この闇の夜が少しでも長く続くのならば。
抑えきれなくなった感情はもう言葉にもならなかった。それを少しでも伝えたくてぎゅうっと抱きつくと、それ以上の力で強くつよく抱きしめられる。
―――ようやく、ここまで来れた。




