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ハロー、唄う飛行機 7


この国には一泊しかしないのであくまでも現金化は一部だ。何枚かの紙幣を受け取るとオーリはその内の一部をこちらに渡した。

「多いよ」

「一応持っといて。何あるか分からないし」

まあ確かに。躊躇ったが結局受け取り財布にしまった。使わなければいい話だ。

「俺が金失くした時の保険だから」

「激しく納得したけどやめて。しっかり持ってて」

うなだれる。銀行は空港内なので結局まだ外には一歩も出ていない。ホテルを探す必要があるだろう。カウンターなどで候補を聞いた方がいいだろうか……何か情報を探れないかとスマホを取り出し空港のフリーWi-Fiに接続させる。飛行機マークが消え扇状のマークが付いた瞬間、スマホが震えた。

「わ」

思わず落っことしそうになりあわてて持ち直す。長く続くこの振動はメールではない。ディスプレイに浮かんだ文字を見て少しだけ目を見開く。

「母親?」

「……うん」

小さくうなずく。手の中で震え続ける筐体とオーリとを交互に見た。

「出た方がいいだろ」

「……うん」

同じように小さくうなずいた。背を向け少しだけ離れる。

通話ボタンをタップした。

「はいもしもし」

『……ユキ?』

「うん。どうしたの?」

『……出ないと思ったわ』

その言葉で母親が何かを悟っているのが分かった。努めていつも通りの声音を発していたがそれを拭うようにしてやめにする。

「急に行けなくなってごめんなさい」

『会えないのは残念だけど、でも、いいの。それより大丈夫なの?』

「大丈夫だよ。問題ない」

『今どこにいるの?』

国名を言うと母親は数拍黙った。ざわざわとした空港内のざわめきもアナウンスもすべて届いているはずだ。

『……誰かと一緒?』

「うん」

『知ってるひと?』

「知らないひと。ーーーわたしも、よく知らないひと」

沈黙。

唇を噛んで堪えた。ーーー様々なものを。

「滅茶苦茶なこと言ってるのは分かってる。でもやめようとは思わない」

『……帰って、来るのよね?』

吐息が震えた。母親にそれが伝わっていないことを祈りながらこくこくとうなずく。

「うん。ーーー本当、大丈夫だから。心配かけてごめんなさい」

『ユキは手のかからない子だから』

母親が静かに言う。何かを堪えるような、そんな色を隠せずに。

『そんなあなたが『滅茶苦茶なこと』を言い出したんだからーーーそれはもう、何にも変えられないくらい大事なことなんだろうって、そのくらいは、分かってるつもりよ』

胸がいっぱいになって、苦しかった。

「ーーー……連絡、もうしない。日本戻ったらするから。成人式来てくれるんでしょ?」

『勿論』

「ありがとう。ーーーそれじゃあ、また」

ディスプレイに触れた。たったそれだけのことで、母と自分を繋いでいた線が途切れる。

「ーーーッ、」

冷たくなった指先で電源ボタンを長押しする。ディスプレイが白く輝きそれから真っ暗に落ちる。

「大丈夫」

クエッションマークの付いていない疑問文。背中からかけられた言葉にこくりとうなずきそのあと「うん」と言葉で答える。

「大丈夫」

だいじょうぶ。

意味を失くしたスマホをポケットにしまった。振り返る。

「泊まるところ探そっか。どこか知ってるところあるの?」

「親と仲悪いの?」

唐突に問われ思わず口を中途半端にあけた。灰色とその奥の青色が自分をまっすぐに見つめていた。

「……わるく、ないよ」

子供のような声が漏れた。少し呆然としながらふるふると首を小さく横に振る。

「悪くないし、好きだし、大切。絶対に失いたくない。何かが奪おうとするのなら全力で戦う。言葉が遠いわけでも、心が通じないわけでもない。今離れて暮らしてるから会えるとうれしいし、幸せ」

「そっか」

うなずかれる。伏せそうになった目を上げ続けていると、ん、ともう一度彼はうなずいた。

「行くか」

「うん」

「また飛行機乗るぞ」

「え?」

「予定変更。待ち時間入れて今から五時間半くらいかな。寒いの平気? 防寒着はあっちで借りるけど」

「へ、へいきだけど。あっち? どこ行くの?」

彼はとある地名を口にした。黄金の刃の名を持つ街の名前を。

「な、なんでそこに行くの」

「飛行機に唄ってもらうんだよ」

行くぞ、と、オーリはミユキの手を取ると歩き出した。




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