ハロー、唄う飛行機 6
入国審査を終え、自動ドアを抜けるとそこはもう異国の土地だった。開放的な造りの空港をぐるりと見渡してそれを身いっぱいに感じる。高揚感が弾むように胸を突き動かしていた。
「……はじめて来た」
「ようこそ」
「オーリはあるの?」
何度かね、と返した彼は大きくのびた。長身の体が空気を吸ってさらにのびたように思える。彼もまた高揚しているのか顔色は先ほどよりも良くなり、飛行機を降りた時は若干ふらついていた足取りも確かなものへと変わっていた。故郷に一気に近付いたことが力になったのかもしれない。
「ここからどうするの?」
ルートは完全に彼任せだ。首を傾げて問うと、彼は一方に顔を向けて見せた。
「あっちに銀行がある。から、ここで少し換金して行く」
「あ。わたしもしたい」
多少は持ち合わせがあるが、それはどれも日本円と隣国のものだった。使えなくはないが変えておいた方が無難だ。いや、
「あれ、でもすぐこの国出るのかと思った」
「出たいのは山々だけど。足がない」
彼が言うところによると、この都市から隣国の都市へと続く大陸横断鉄道があるらしいがそれは本数が少なく明日の午後にならなければ出ないらしい。
「だからチケットだけ買って今日はこの国に泊まる。だから少しは金がいる」
「分かった。じゃあわたしも少し変える」
「いやいい。金はあるから」
彼は無造作に上着のポケットから何か取り出そうとして手を突っ込み、あれ、という顔をした。ごそごそと右ポケットを探って少しひしゃげた煙草を取り出しミユキに預け(思わず受け取った)、左ポケットを探り検査の時までベルト通しに付けていた錆金色のカラビナを預け(鍵とホイッスルが付いていた)、ズボンのポケットに手を入れ何も見付からず、最後に後ろポケットに手を入れ漸くああ、という顔をした。取り出した紙片をこちらの手の中に置き、煙草とカラビナを受け取った。
残された紙片をしげしげと見る。折りたたまれそして無造作にしまわれていたため少し縒れた紙片。かさりと広げるとそれは小切手のようだった。いち、にい……とゼロの数を目で数えて、……ぎょっとした。思わず青年の上着を引っ張る。
「わ」
「なんで! なんでこの額をポケットなんかにしまってるの! あんた富豪か! 小遣い感覚か!」
「いや違うけど」
「なんでもいいからもっと警戒して! もうちょっと大事にしようよ!」
「警戒してるよ。だから日本語なんだろ」
「だからか! おかしいなとは思ってたんだよこの国着いたらいきなり言葉戻したから!」
異国の言葉で何やら捲し立ているミユキと異国の言葉で何やら捲し立てられている彼とを周囲の外国人たちは生温かい目で見ながら通り過ぎていた。ちっともうれしくない。
ちょっとした眩暈を作り出してくれる小切手を元のように折り彼に返す。ミユキが持っていた方が最早安全な気もしたがそういうわけにもいかない。
「まあだから金に関しては気にしなくていいよ。無駄に使うわけにはいかないけどかつかつに切り詰めることもない。必要経費は俺が全部持つ」
「……それはまあ、有難い話ではあるけどね」
家族の元に行く予定だっただけなのでホテル代までは出せないのが本音だった。
「だからまあ、ミユキは俺が転びそうになったら手を貸すことだけ考えて」
「……歩くつっかえ棒だね」
そう言うとオーリは小さく吹き出すように笑った。くしゃくしゃと髪を掻き混ぜられ、行こう、と促された。