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walk on の夕暮れ 7


 静かで、落ち着いて、けれどあたたかい雰囲気の街だった。ここでオーリが育ったのかと思うとどの風景も見逃したくない。視線を巡らせながらオーリに手を引かれ路を進む。ひとつひとつが大きいがかわいい一軒家―――夕暮れも過ぎ夜に近付くこの時間、あちこちの窓にやわかな明かりが灯りその家庭家庭の幸せを宿す。

 オーリのお婆さんの家は、そんな住宅地の外れにあった。

 古いがきちんと手入れの行き届いた一軒家。広い庭と家のすぐ裏に森を抱き、季節によっては美しい緑がすぐそこまで迫りさぞかし景色のいいものになるのだろうと想像させた。

 木で出来た階段を登り、ポーチを抜ける。押しボタンはあったがオーリは鳴らさなかった。かわりに小さなミニテーブルに置いてあった真鍮のベルを手に取った。一瞬、なにかを堪えるように肩に力が入って―――それからすっとそれが抜けた。りん、りん、とそれを鳴らす。

「はあい。だあれ?」

 やわらかくて高い声がした。丸みを帯びたあたたかい声。ぱたぱたと小さく足音がして、その木目の美しいドアが開き―――

 灰色とその奥の青色の眼が、見開かれた。

「・・・・・・オーリ?」

 整えられた銀髪が美しい老婆のその眼が、高い位置にある灰色とその奥の青色の眼を見上げる。

「うん。・・・・・・ただいま、ばあちゃん」

 子供のころの呼び方そのままでオーリが呼んだ。見開かれたその目が、そんな彼をたっぷりと見つめて―――

 くしゃっと、一瞬でほころんだ。薄っすらと涙を浮かべながら笑いかけて老婆が腕をのばし、かつて彼が小さい頃きっとよくそうしたように、今は自分よりも遥かに大きくなった彼を抱きしめた。




 オーリのお婆さんはミユキのことも大よろこびで歓迎してくれた。声と同じようにやわらかくてあたたかいハグをもらう。

「はじめまして。エリザベス・キサラギよ。リザって呼んで頂戴ね」

「はじめまして、リザ。ミユキ・ミカゲです。・・・・・・ミユキって、呼んでください」

「よろしくね、ミユキ」

 オーリが瞬きしてミユキを見た。目を合わせて―――笑ってみせる。

 それだけでオーリはわかってくれたようだった。微笑んで手をのばす。くしゃくしゃと頭を撫でられた。

「連絡をくれてもよかったのに。もっととっておきの料理を用意していたわ」

「ばあちゃんの料理はどれもうまいから関係ないよ。でも急にごめん」

「それはいいの」

 木でできたダイニングテーブルの椅子に腰かけたオーリの頬を、エプロンをつけてぱたぱたと動き出したリザが両手で包んで笑いかけた。慣れ親しんだ仕草のようで、なんだかオーリの子供時代を見ている気がして心がほっこりする。

「材料を増やさなきゃね。張り切るわ」

「あ。買って来るよ」

「いいの。せっかくなんだからいて頂戴。これからディアムが来るから彼に頼むわ」

「あ、あいつも帰って来てるんだ」

 少し驚いたようにオーリが言う。同じく椅子に腰かけていたミユキの方を向いた。

「ガキの頃からの幼馴染。ディーって呼んでる」

「ディー?」

「ディアムだからディー。・・・・・・ガキの頃に付けた愛称だから無茶苦茶だよ」

「呼ぶのはもうオーリくらいよ」

 くすくすとリザが笑った。そのままオーリの前にマグカップを置き、続いてミユキに手渡してくれる。

「あ。ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」

 ゆるりとのぼる白い湯気。ホットミルクだった。ひとくち口を付けて―――目を見開く。すごくおいしい。

 びっくりした顔のミユキを見てリザが満足そうに笑った。

「毎朝届けられるの。とってもおいしいでしょう?」

 大きくうなずく。続いて振舞われたクッキーもまたとてもおいしかった。ディアム、ディーというひとに電話をし出したリザのうしろ姿を眺めながらホットミルクと交互にクッキーを口にする。とろりと濃くあたたかいミルクが身体の隅々までをあたためてくれる。

「ディアム、材料を多めに買ってきてくれない? 二人分、いいえ、多めに作りましょう。三人分よ」

「すごくうれしそう」

 思わず零すとオーリが笑った。長い腕をテーブルの上に投げ出しその上に頭を乗せる。・・・・・・今まで見たことのない仕草だった。いつもここでこうしていたのかもしれない。

 オーリが育った街。オーリが育った家。

 ぐるりと見回す。あたたかい空気が満ちた家。暖炉ではぱちぱちと火が燃え、分厚い絨毯がその前にひかれている。体がすっぽりと収まりそうなソファーに、窓辺にはガラス瓶に小さな花が挿されている。

 落ち着いていて、あたたかで、満ち足りる。・・・・・・穏やかな家。

「・・・・・・ようこそ、キサラギ家へ」

 のびてきたオーリの指先が、擽るように頬を撫でる。

 いつもと違い、ミユキを下から見上げる灰色とその奥の青色の眼が、うれしそうな色を含んで悪戯っぽく笑った。



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