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walk on の夕暮れ 4


爆発的なスピードを少し落としそれなりにして走ること二時間と少し。ふと会話が途切れた時、オーリは右ポケットに手を突っ込んであれ、という顔をした。

「左だよ」

中途半端に首を傾げたオーリが左に手を差し入れ、目的のものが見付かったのか「なんでわかった」とでも言いたげな目をした。わかりますよ、なんとなく。

煙草の箱を取り出し小さく振って一本咥えたオーリが軽く顔をこちらに向けた。にこにこというよりにやにやしてその顔をじっと見つめる。・・・・・・徐々に困った顔になってゆくオーリを見ているのが楽しかった。

「・・・・・・ミユキさん?」

「んー? ・・・・・・ふは、」

「笑いが隠し切れてないミユキさん、俺のライターになってくれませんか」

「はーい」

こちらは迷わずポケットからライターを取り出しその先端に火を付けた。ゆらりと立ち上ってゆく煙をオーリが目で追うように呼吸し、ふ、とミユキから顔を背けて煙を吐いた。細い首元に目立つ喉仏がそれに合わせて少し動く。

「・・・・・・オーリはさ」

「ん?」

「どんな子供だったの?」

煙草を口の端に引っ掛けたまま灰色の目を瞬きさせた。ミユキを見る。

「・・・・・・ミユキは?」

「わたしの話はいいじゃん」

「そう? 俺は楽しいけど」

「・・・・・・オーリが?」

「結構ね。・・・・・・なんだその顔」

「・・・・・・」

唇を尖らせた。無視されたわけでも流されたわけでもないらしい。

「・・・・・・じゃあ交互に質問しよう。うん」

「? 別にいいけど。じゃあ切込み隊長から」

「・・・・・・」

このひとはたまに変な日本語を知っているよな、と思った。オーリの祖父が日本語を教えたのだろうけれど、少しおもしろがっていたところもあったんじゃないんだろうか。

「オーリはさ、なにが好きな子供だったの?」

「・・・・・・そう訊かれると難しいな。端的でいい?」

「うん」

「お袋の作るケーキ、親父と森の散策、爺さんに日本語習って昔話を聞く、婆さんの和食、車の玩具、キャッチボール、クリスマスに買ってもらったソリで滑ること、毎週末全員でリビングで映画を観る時間、その時に飲むホットチョコレートとジンジャークッキー、仲間内で秘密基地を作ること、凍った湖でやるスケート、庭で親父と走り回って遊ぶこと」

止まることなく―――けれど、考えるように。それはきっと、どれから話そうか悩んでいるから。

今までの人生の中のほんの一握りを教えてくれた彼を、横からじっと見つめた。

「―――どうした?」

「―――ううん」

なんだか、胸がいっぱいになってしまっただけなんだ。・・・・・・とは、

言えなかった。だから、言わなかった。

「ミユキは? なにが好きな子供だった?」

「端的でいい?」

オーリが隣でうなずいたのを見てから、少しずつ言葉を紡ぐ。

「朝お母さんに起こしてもらうこと、おはようって言ったあとお父さんに両頬を挟んでわしゃわしゃってしてもらうこと、二人の真ん中で手を繋いでもらって公園に行くこと、四人で遊ぶこと、お母さんのピンク色のおにぎりを食べること、桜の花が舞うのを下から見上げること、休日ちょっと夜更かしして家族で映画を観る時間、その時に飲むホットミルク、寝る前に本を読んでもらうこと、お父さんの描く絵、モデルになってる時のお母さんの澄ました顔、それを写真に撮る時」

子供の頃、幸せに駆け抜けていった時間を、想う。

思い出すだけで満たされる。記憶に触れるだけで笑顔が溢れる。

微かに微笑んだミユキを、オーリが横目でじっと見つめていた。

「―――どうしたの?」

「―――いや」

なんでもない、と、

答えはなかった。だから恐らく、吐き出した煙の中に全てが溶けた。

「成長してからはなにが好きだった?」

「車の運転、バスケ、遠くに行くこと、映画を観ること、仲間で集まること、遠くを見ること、ウイスキー、夜窓枠に腰掛けて煙草を一本吸うこと」

「なにを考えてたの?」

「いろいろなこと」

「彼女のこと?」

「・・・・・・そういう時もあった」

じわりと滲んだ居心地の悪そうな顔をじとっとした目で数秒見上げてからくすくす笑う。

「ミユキは?」

「愛すべきクラスメイト、そいつらとのメール、写真を撮ること、映画を観に行くこと、感想を語り合うこと、読書、推理小説、あいつらと騒ぐこと、学年平均を大幅に動かすこと、バスケ、ミルクティー、アルバムを作ること、あいつらと過ごす時間すべて」

「彼氏は?」

「すべての女子高生が彼氏作れると思うなよ・・・・・・まあ、楽しくてそれどころじゃなかったらいらなかったしほしくなかった。強がりでもなんでもなかったんだけどね」

「あー、断ったのか」

「ちょっとだよ。ほんの少し」

「愛すべきクラスメイトたちはいつから同じクラス?」

「二年からだよ」

「断ったのはいつ?」

「全部一年の時だよ」

「・・・・・・愛すべき奴等がが相当頑張ったんだろうな」

「うん?」

「なんでもない。気になる奴もいなかったのか」

「・・・・・・」

「え、いたのか」

「や、自分でもよくわかんない」

「なんだそれ」

「だってわからなかった。最後まで。わからないまま卒業した。たぶん違うけど。・・・・・・なあに、そのものすごくなにか言いたげな顔・・・・・・」

「別に」

「えええ・・・・・・」

「・・・・・・今も会う奴?」

「うん、たまに・・・・・・年に何回か。メールしたり」

「・・・・・・仲良いい方?」

「仲? ・・・・・・うーん、みんなと仲良しだよ。今度結婚するんだ。・・・・・・なあに、その変な顔・・・・・・」

「え? 別に」

なんだか今ものすごく意地の悪い顔しなかったかこのひと。

「早いな結婚。学生結婚?」

「あー、違う。もう働いてて・・・・・・というより、働いてたから会ったというか」

「・・・・・・? 、教師?」

ご名答。だからまあ、そういうのじゃなかった。

あの愛すべき我らが担任は個人的な込み入った事情や問題に対して何もしてくれなかった。守ることも助けることもせず―――やり方を咎めたり抑止することも絶対にしなかった。それはなによりも力強く自分たちを守ってくれたし、どこまでも戦える手助けになってくれた。

だからまあ―――感謝や信頼、なのか。

あの教師にあるまじきにやりとした笑みを背中に受けるだけで、どこまででも行けそうな気がするのだ。恐らくあのクラスメイトたち全員がそうだろう。

「だから、まあ、違うんじゃないかな。よくわからないけど」

「ふうん」

「まああのひとがわたしたちを裏切ることは絶対にないってわかってるから。そういうひと」

なまじクラスメイトではないからちょっとあれなだけで。出会った時と状況と立場が全く別なものだったら、もしかしたら特別な意味合いで好きになっていたのかなあというものだ。恐らく。

なんというか、優等生ばかりだった割には一癖も二癖もある性格だった愛すべきクラスメイトたちを纏める役もまた二癖どころか舐めたら舌にぼっかり穴が空きそうなほどの素敵な気丈の持ち主だった、それだけの話だ。

「・・・・・・なんかいろいろ順番ずれた気がする」

「気のせいだろ」

「・・・・・・」

「似てるとこもあればって感じだな」

「え?」

「『好きだったこと』」

「ああ・・・・・・」

「映画とか。・・・・・・ミユキは映画系の大学行ってるんだっけ」

「うん。今度の長期休みで自主制作やるの」

「カメラマン?」

「もやったことあるし、照明もやるし雑用もやるしひとが足りなければ録音もやる。録音は指示もらわなきゃ動けないけど・・・・・・だから基本なんでもやるよ」

「役者は」

「やらない。エキストラでさえぎりぎりアウトだった」

「どれだけ演技下手なんだよ」

 ガヤで入れる会話を録音する時ですらNGをもらったことがある。撮られる側ではぜったいにない。絶対に。

「映画系の大学ね。映画好きでもそこまで進む人間は少なそうだな」

「お母さんのせいだけどね」

「ん?」

「なんでもない。・・・・・・オーリは? どんな映画が好き?」

「恋愛映画と戦争映画以外だったら基本どれでも観る」

「好きと観るは違うよー」

 いくつか映画を挙げられた。ほとんど知っているものだったので大きくうなずく。好みは似通っていた。一番は違うけれど二番目と三番目は一緒、というような。

 どのシーンが好きかな。そう訊ねようと少し身を乗り出した瞬間、がくんと奇妙な揺れが走った。顔を見合す。

「・・・・・・なにか踏んだ?」

「いや」

「なにか轢いた?」

「なんかいた?」

「ううん」

「じゃあ違うだろ」

「じゃあなんだろ?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 沈黙。がくん、がくんと更に振動が走る。

「ものすごく嫌な予感がする」

「俺もだよ」

 どんどんスピードが落ちていく。最初はアクセルを踏んでいたオーリだったが、やがてあきらめたようにペダルから足を離した。ハンドルだけはキープし、なにもしないままスピードが落ちて行く。

 のろのろと走り続けて、どぐん、と鈍い音。車は完全に止まり、ボンネットの隙間から白く細く煙が上がる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 タトゥー店員は明日酷い腹痛にでも襲われるだろう。なんせ二人分の呪いを喰らったのだから。



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