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walk on の夕暮れ 2


 結局最後まで外で待機し、どんどんと近くなる陸地をわくわくとした心地で見つめた。桟橋から上陸する。

「車借りれるとこ近くにあるのかな」

「あるはず」

 フェリー乗り場の受付で訊ね、その店へと足を運んだ。恐らくこの角であろうストリートまで歩いて足を止める。

「ものすごく嫌な予感がする」

「俺もだよ」

 がんがんと鳴り響いているロック―――もはやなんの音楽かもわからないが、恐らくロック。顔を見合わせてから住所の書かれたメモに目を落とし現実を再確認し、肩を落として騒音の出処へと足を進めた。

レンタカー屋―――日本でイメージするようなチェーン店化しているお店ではなく、個人のガレージでやっているようなきぼのものだった。そこに不満はない。正規の値段で貸してくれるのならば問題はないのだ。だが。

「だから! いくらなんだ!」

「―――!」

「聞こえねえよ! 音下げろ!」

自分のヒアリング力で早々困ったことはないのだがこれはもうそれ以前の問題だった。ガレージに入ると黒くて大きなスピーカーがでんと鎮座していて一瞬なんのお店なのかわからなくなったくらいだ。低音がびりびりと窓ガラスを揺らし、膝を抜けて臓器まで震えているような感覚に陥る。あまり得意ではないそれにゆらりと体が揺れた。タトゥーだらけの店員と最早怒鳴り合うように交渉しているオーリが片腕で支えてくれなかったらしゃがみ込んでいたかもしれない。

非常に疲れる問答の末(話し合い自体はクリーンなものだったのに、だ)数ブロック離れた違うガレージに案内された。まだ方向感覚が掴めない若干ふわふわしたミユキをいつもよりだいぶ歩調をゆるめたオーリが引っ張って行く。そこで見せられた車は、

「・・・・・・オープンカー?」

「・・・・・・嘘だろ」

呆然とした様子でオーリが呟く。灰色の目が大きく見開かれまるで信じられないものを見るような目付きだった。初めて見るその様子に少し驚き軽く手を引いた。

「サンダーバード・・・・・・1956年式・・・・・・初めて見た・・・・・・」

感動しているのか。車に詳しくないミユキにとってはクラシカルでかわいらしい車だなあとしか思わなかったがオーリにとっては衝撃的だったようだ。本来ならペパーミント色なのかもしれないが少しくすんで渋い色になったその車を誇らし気にタトゥーの店員が指し示して見せる。

「うちのホープだ」

「だろうな。すげえな・・・・・・」

「・・・・・・これにすれば?」

「え?」

「ん? なんか問題あるのかな」

「・・・・・・ないな」

「じゃあこれにしよう」

「最近の車に比べたら乗り心地悪いかもしれないけど」

「この場合楽しいのが一番じゃないかな」

オーリは少年のようにきらきらした顔でこの車を見ていた。運転したらきっともっといい顔になるだろう。その顔を隣で独り占めして見れるというのはなかなか素敵なことだった。

「あ、でもレンタルだから返さなきゃならないんだよね。そしたらまたここに来なくちゃいけないんだ」

「や、もしかしたら・・・・・・」

オーリがタトゥーの店員に話しかけた。恐らく地名であろう単語をいくつか上げると店員がうんうんうなずく。地図を取ってきた店員がいくつか指し示し、オーリも言葉を返すと店員は大きくうなずいた。

「街に行く用事があるからその時引き上げてくれるって」

「あ、じゃあ返さなくていいんだ」

「いい。その代わりガソリン満タン返しだけど」

それにしたっていい条件だろう―――タトゥーだらけのその顔に感謝を込めてお礼を言うと、なんだかよくわからない言葉をかけられた。スラングのようだがよくわからず首を傾げる。理解出来ずにいると眉を顰めたオーリの腕がのびてきて引き寄せられた。ぽすんと背中が当たる。

「駄目だ。俺の」

よくわからなかったがそれで十分だったらしい。やれやれと笑った店員が軽く両手を上げる。結局最後までなんの会話かわからなかった。

鍵を取りに行った店員を見送り半ば抱え込まれたままくいと上着を引っ張った。下から覗き込み、

「ねえ、なんて言ってたの? よくわからなかったの」

「・・・・・・ミユキは誰にスラング習ったの」

「ほとんど父さんの友達。・・・・・・なあにその顔」

あー、やっぱり。というような顔をしたオーリが空いている方の手でがりがりと頭を掻く。

「別に。知らなくていい」

「なにそれ気になる」

「俺も気になるんだけど。一等星」

「車で数時間かあ。なにか食べ物買っとかないとね、オーリさん」

「そうですね、ミユキさん」



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