walk on の夕暮れ 1
〈 walk on の夕暮れ 〉
世界が薄青色に包まれている。耳鳴りのない無音の音が耳元で響き、誰かが何百年も前にささやいた声を拾い上げて空気に溶かす。・・・・・・言葉はいつだって、空気に溶けてゆく。
どこまでも続く道。地平線の向こうに消える道路。目の前を歩く長身痩躯の赤みがかった茶髪の青年。煙草を吸おうと右ポケットに手を入れて、それから左ポケットに入れていたことを思い出す。
そしてふと思い出したように、隣に自分がいないことに気付く。煙草を止め、灰色とそのおくの青色の瞳が振り返り、真っ直ぐにこちらを向いて、・・・・・・笑った。
「ミユキ」
呼ばれる。名前を。
おいで、とのばされたその手を見てミユキも微笑んだ。そのまま笑顔で手をのばす。触れた指先が絡め取られ、オーリの大きな手がミユキの小さな手を握った。
あの大都市からフェリーに乗り、それから車で数時間。オーリの故郷への道程はあとそれだけだった。
「うー、気持ちいいー」
寒いけれど。海上を流れてゆく冷たく湿った風が剥き出しの頬を容赦なく撫でてゆく。
首元の隙間から入り込む風を遮断させるように肩をすくめ、たっぷりとしたストールに顔を埋めた。
「オーリ、中入ってていいよー」
「ミユキは」
「わたししばらくここにいる。最後までいるかも」
「じゃあいい」
「・・・・・・入ってていいよ?」
「いい。いる」
オーリは軽く首を横に振って手摺に手をかけた。風に吹かれる少し長めの前髪がかかり少しだけ目を細める。・・・・・・寒そうだったが気持ちも良さそうだった。その色を横から見て内心小さく息を吐く。
「・・・・・・はい、しつれい」
「ん? ・・・・・・ん、」
ひょいっと手摺にかけられた片腕を上げその下に潜り込んだ。手摺とオーリの間に割り込みとんと背中を預ける。
「・・・・・・ぬくい」
「それはよかった」
「子供は体温高いしな」
足をちょいと踏むと「いて」とオーリが小さく笑い軽く身体をうしろから抱きしめた。
「・・・・・・フェリーから降りたらバスにでも乗るの?」
「ん、本数少ないから・・・・・・車借りてそれで行こう」
「オーリ運転出来るの」
思わず目を丸くして振り仰ぐようにするとこつんとこめかみに顎を当てられた。
「出来るよ。大人ですから」
「そっか。じゃあわたし助手席座る」
「や、お前は屋根」
「あれ酔い易いからやりたくない」
「やったことあるのか・・・・・・」
ええ撮影で。のろのろと徐行運転する車の屋根の上からカメラを回したことがある。
ぐいぐい顔を押し付け下から睨み上げると、オーリはなにか眩しいものを見るような顔で目を細めた。




