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夕焼けの魔法遣い 23


 イジーの前で大泣きして、非常階段で大泣きして、病院でもあんなに大泣きしたのにまだ涙は出て来る。涙というものに終わりはないらしい。

 ミユキがようやく、それでもしゃくりあげる程度にまでなんとか落ち着くまでオーリはずっとミユキを抱きしめてくれていた。ようやく少しだけ体を離しお互いきちんと向き直る。ミユキを見下ろしたオーリが顔を顰めた。

「・・・・・・なに、この痕」

「え?」

「・・・・・・肩の」

「かた?」

シャツの首元を軽く引っ張って肩を見下ろす。自分からではよく分からなくて首を傾げた。

「・・・・・・ここ」

長い指先が外気に触れた肩に触れる。その輪郭をなぞられて、ああ、とうなずいた。

「ケイトさんが肩を掴んだ時・・・・・・かな。びっくりしてつい力が入っちゃったみたいで」

「・・・・・・そっか。痛む?」

「ううん、へいき」

つ、と場所を移動したオーリの指が、小さく震える指が、首の痕をなぞる。

ぞくぞくと背筋に何かが走り身を震わせた。それを恐怖と捉えたのか怯んだようにオー

リが離れようとした。寸前でその手を捕まえる。

「違う。怖いんじゃない。くすぐったかっただけ」

「・・・・・・でも、怖かっただろ」

「怖くなかった。オーリが泣きそうなのが嫌だった」

首を横に振る。掴んだ手をぺたりと首筋に触れさせるとオーリの身体が強張るのがわかった。

「怖くないよ・・・・・・オーリがいるからわたしはなにも怖くない。・・・・・・オーリがいなくなった方が、怖かった」

 微かに震える。思い出して―――孤独になる。

あの冷たさ。あの寒さ。

あなたがいないと、わたしは寒くてたまらない。

「行かないで。お願いだから、行かないで・・・・・・側に、いて。―――わたしはオーリと、一緒にいたい」

 脈の上を指先がなぞる。

 その下でとくりとくりと微かに上下する、自分の命。

「―――ミユキが、自分のことしか考えてないって言ってたけど」

 薄暗い中、オーリが呟き落とすように言葉を紡いだ。小さな、頼りない声。

「・・・・・・俺も、そうだった。・・・・・・ひとりが、淋しかった。誰かにいてほしかった。―――誰でも、よかった」

それはミユキと全く同じ、相手の心も事情も存在すらも考えていない、酷い酷いエゴだった。

 誰でもよかった。

 自分を知らないひとならば誰でもよかった。

 自分をひとりにしないひとならば誰でもよかった。

 ―――いつ、まで?

「わたし、は・・・・・・もう、やだ。オーリじゃないと、嫌だ。・・・・・・あの時会ったのがオーリで、よかった」

 誰でもいいなんてもう口が裂けても言えない。

 自分のことだけなんてもう考えることも出来ない。

 あなたがいい。

 あなたと自分ことを一緒に考えて、呼吸をしていたい。

「うん。―――俺も、ミユキじゃないと嫌だ。・・・・・・あの時会ったのがミユキで、よかった」

至近距離で灰色とその奥の青色と見つめ合って―――その唇が、ミユキの首筋に触れた。

昨夜彼の手によって絞められたその痕の上を、労わるように愛しむように―――やさしく唇が撫でてゆく。擽ったさに身を捩るのを渾身の力で押さえ付けその代わりしがみ

付くようにオーリの身体に抱き付いた。背中に回された手が宥めるように背筋を撫で、もう片方の手が繊細な硝子細工を扱うようにやわらかく髪を梳き、首筋をなぞる唇が上がってきて―――耳元でささやく。

「―――俺もミユキと一緒にいたい」

ありがとう。ごめん。本当にごめん。

 ささやく低い声が擦れていて、今にも泣き出しそうで。―――泣いていて。

 ぽたり、と、落ちて来た水滴が鎖骨に滴った。慰めるようにその頭を抱き寄せる。きつくきつく抱きしめた。

 ミユキを抱きしめる腕と、抱きしめたオーリの身体の熱さと脆さと。大丈夫、離したりしない。失くしたりしない。絶対に忘れたりしない。

 だって気付いた。ようやく、気付いた。・・・・・・気付いて、しまった。

 このひとの全てが愛おしい。

 このひとの全てに触れていたい。

このひとの全てがほしい。

 わたしは

「・・・・・・オーリ」

 如月 桜里を愛している。




 その夜、気配を感じて眼を開けた。

 昨夜と同じ、薄暗い室内で相手の呼吸音だけしか聞こえないような距離でオーリがミユキの首に手をかけようとしていた。微かに触れるか触れないか、そんなぎりぎりのところに手をおいて。

 がちがちと聞こえる歯の根が合わない冷たい音。引っかかるように乱れる呼吸に肌が震え、ぽたりと汗が滴った。

 そんなオーリにミユキは下から微笑みかけた。

「・・・・・・オーリ」

 手をのばす。―――触れる。その頬に。

「・・・・・・怖くないよ。だって、オーリはここにいるもの」

 残念だけど。怖がってなんかあげない。距離を置いてなんかあげない。逃げてなんかあげない。

「だから、あきらめて」

 ささやくように言う。

 首の肌の上ぎりぎりを掠めるその手のひらがどうなるのか見届ける前に、やって来た睡魔に抗うことなく身を委ねて眼を閉じた。



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