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夕焼けの魔法遣い 21

「・・・・・・アレックスが怪我ばっかりするからママは心配で泣いちゃうんだよ」

「・・・・・・だって、病気になれないんだもん」

唇を尖らせ、うめくように。

「病気は自分でえらべなかったんだもん。だから、けがなの」

 そうだね。・・・・・・力なくうなずく。

 あなたのせいではない。けれど、あなたのためです。

「パパは魔法遣いなんだよ! ぼくやママがけがしたら、どこにいても駆け付けて来てくれるの!」

 楽しそうに、楽しそうに。

「だけど、ママはけがしちゃだめだから! けがしたらもっと泣いちゃうから! だからぼくがやるよ! 今まではね、きっとけがが足りなかったんだ! だからこんどは」「アレックス」「こんどこそ大きなけがして」「アレックス」「そしたらパパがぜったい」「アレックス!」

 張り上げて、・・・・・・すぐに沈んだ。

昔のミユキではない。この子はわたしじゃない。

「・・・・・・アレックスがママを見てあげなくてどうするの」

 けれど、昔子供だった部分のわたしが言う。―――それがなに、と。

「・・・・・・?」

「パパは―――パパは、遠くに行った。さみしいよね。辛いよね。わかるよ、わたしもパパをそうやって失くしたから。・・・・・・でもね、だからこそ、今ここにいるアレックスがママをちゃんと見ないでどうするの。ママにはもう―――アレックスしか、いないんだよ」

「・・・・・・でも、パパは魔法遣いだから―――」

「そうだね。わたしのパパも魔法遣いだった。・・・・・・絵が上手で、わたしが怪我をしたらすぐ飛んで来て抱っこしてくれた。そしたら痛みもどこかに飛んで行った。・・・・・・でも、まだ会えないよ。その呼び方じゃ会えない」

「どうやったら会えるの? どうやったらパパはまた来てくれる?」

「いつか、アレックスが―――」

 い つ       か ?

「っ・・・・・・」

 いつか? ―――いつか? いつか、なんて。

 それが嫌だからこうしてるのだ。それじゃ駄目だからこうしているのだ。

 いつか、なんて。

 今会いたいのに。今会って、そして二度と離したくないのに。

「・・・・・・ぼくがけがをしたら、ママは悲しむ?」

「・・・・・・悲しむよ」

「泣いちゃう?」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・だよね。だからぼくも、急いでたんだけど・・・・・・」

 怪我を急ぐ。・・・・・・どれだけその心は怯えていただろう。

「・・・・・・ママにパパを会わせてあげたかったなあ。ぼく、ママにはずっと笑っていてほしかったんだ」

「・・・・・・アレックスが、笑わせればいいよ」

 大丈夫、簡単だ。

 君が笑えば、ママはきっと笑ってくれる。

「・・・・・・そっか」

「・・・・・・帰ろう。ママのところに」

「・・・・・・うん」

 踵を返して、階段を上る。

 自分の引き摺るような足音と―――アレックスの軽い足音。

 階段を上り切った時、その足音が、止まった。

「―――ユキ!」

「なあに?」

「最後の、一回! ―――ぼくが魔法遣いになるよ!」

「は―――」

肩越しに振り返る。振り返って見たのは―――輝くような笑顔だった。

その笑顔そのままにくるりと踵を返す。―――階段に向かって。

その貌でなにを決めたのかわかった。

その貌でなにが起こるのかがわかった。

「アレッ―――」

声も間に合わない。―――も? 知、るか。

手をのばす。のばす。のばす。

指先が、翻るその上着を掴んだ。―――そのまま、身体が投げ出される。

その時、見た。視界いっぱいに広がる夕焼け。記憶に灼け付くような赤。海を焦がし遥か遠く雲の果てまでを染め上げる、青を呼ぶ赤。

掴んだアレックスの上着が、魔法遣いのマントのように広がって―――魔法遣いの少年とどうしようもなく愚かな自分が、視界いっぱいに広がるその世界へと飛び立つように宙を舞う。―――落ちてゆく。

魔法は使えない。奇跡は起きない。―――死んだひとには、もう会えない。

そんなのわかってる。だからこそ。

生きている内に、何度だって何度だってあなたに会いたい。

痛みに備えて目を閉じることも叶わず。驚きに息を飲むことも出来ず。一瞬後に自分を襲うはずの衝撃を思って―――

「―――ミユキ!」

―――心が動いた、音がした。

階段下に飛び出して来た彼が手をのばす。何度もなんども繋いだ手を。その腕の中に飛び込むようにアレックスと落下し、抱き止められた。

飛び込んだ勢いそのままに彼が手摺りに背中から激突した。痛みのない鈍い衝撃。肉付きの薄い痩躯が軋む音が吐き出した息の中から聞こえた気がして抱え込まれた腕の中でミユキの方が悲鳴を上げる。

静止。そして―――一瞬の沈黙。

信じられないものを見る心地で自分を抱え込む腕の主を見上げた。

長い前髪が揺れて、痛みに顰められた目がミユキを見下ろす。―――灰色の奥の青色の眼。

「―――・・・・・・っ」

名前を呼ぼうと、した瞬間。

「っ・・・・・・ミユキッ、」

名前を呼ばれ両頬を包まれた。あちこちなにかを探すように視線が忙しくさまよい、大きな掌が頭や頰や肩や背中に触れる。

「お前、怪我大丈夫か。なあ、ミユキ―――返事しろ、ミユキ!」

「・・・・・・ぅ、ぁ、」

いつまでも返事が出来ないでいるミユキに泣き出しそうに顔が歪む。彼の前ではじめて、息が出来なかった。胸が苦しかった。

そんな顔、しないで。

「うっ・・・・・・ぁっ・・・・・・ぅぁあああああああああああああ――――――・・・・・・」

涙が零れた瞬間、その身体に抱き付いた。きつくきつく、抱き付いた。知っているあたたかさ。探していたあたたかさ。知っている。覚えている。失くしたくない。

どこか遠くから聞こえるケイトとジェームズとイジーの声。アレックスの声もする。なにか言っているようだがどれも別世界のことのようにミユキの頭までには届かず、ただひたすら泣いて彼を捕まえるようにその身体にしがみ付いて泣く。

オーリ。

オーリ。

大泣きするミユキにオーリは少し呆然としたようにされるがままじっとしていたが―――ややあって、その手がおそるおそるというように頭を撫でる。ぎゅう、と応えるようにしがみ付くとようやく少しだけ安堵したのか両腕が身体に回されそっと抱きしめられる。

頭に付けられた頰が、耳元で繰り返される呼吸が震えオーリ本人にも聞こえないくらいの小ささで零れ落ちる。

それでも、ミユキには聞こえていた。―――他の誰に届かなくても、ミユキには届いていた。

それで、十分だった。



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