夕焼けの魔法遣い 20
親にとって子供はいつまで子供なのだろう。二十歳を目前にして、ふとそんなことを思う。
あと数ヶ月もすれば自分も成人する―――親の払うお金で大学に行っている今、大人になるという感覚は全くないのだけれど。
大人―――だったら、彼は話してくれたのだろうか。
子供だから―――話せなかったのだろうか。
わからない。訊くのは怖い。―――けど。
あの目を、灰色とその奥の青色の目をまっすぐに見て、言いたいことがある。話したいことがある。―――時間が足りないくらいに。
ホテルの薄暗い駐車場を隈なく走り回り壁に手を付いた。いない。ここにはいない。
(あとは―――)
ホテルスタッフも探している。自分はオーリの捜索に戻るべきだ―――それでも後ろ髪を引かれるように何度もなんども辺りを見回す。オーリ。アレックス。オーリ。
「ユキ!」
「イジー!」
地上へと続くスロープをイジーが駆け下りてきた。通常なら車が通るであろうそこをイジーが凄まじい勢いで駆け抜けて来て、一瞬つんのめって転ぶんじゃないかと思いミユキをひやりとさせた。
が、イジーは問題なくミユキの前まで到着すると急ブレーキをかけ静止した。自分の携帯を突き出すようにして示す。
「坊やから今さっき連絡が来たよ! あんたの一等星さん三十分前に海岸沿いにいたって!」
「海? ・・・・・・船?」
どこに行く気なのか―――イジーに促されて自分もスロープを駆け上る。
「このままホテルの裏に出るから! 車停めてるから行くよ!」
「うん―――」
オーリ―――アレックス。オレンジ色に染まった地上へと駆け抜け、振り返るようにしてホテルを見上げる。
「―――あ」
そうだ。―――かちりと、最後の音が鳴る。
リネン室? 厨房? ・・・・・・そんなひとに見つかりやすいところに子供が行くか?
邪魔されたくない。出来ればひとの目が届く前に終わらせておきたい。
ひとがあまり来ない場所。自分がいても不自然じゃない場所。いても注意を向けられない場所。そこそこ大きな怪我を、しやすい場所。
難しく考える必要なんてなかった。―――非常階段がある。
「船じゃあないと思うよ―――そのと、街中に向かってったらしいから!」
「イジー! 待ってて、すぐ行くから!」
「ユキ?」
イジーがなにを言っているのかまだ理解出来ずにいたが駆け出す。今度は地下からではなく一階の裏口からホテルに入り表舞台へと駆け抜けた。何階だ―――わからない。上から見ていくしか。乗り込んだエレベーターの最上階のボタンを押した。
幸い途中で止められることなくぐんぐん上昇していくエレベーターの中で足踏みする。幸い。こんなことが。―――こんなことでも。
「アレックス!」
ドアが開きかけると同時に体をねじ込んで廊下に飛び出した。左右を見て非常口の表示の方へ走り出す。
白い扉。外観に気を使ってのことだろう。それでも随分と重いその鉄の扉を強引に押し開けた。ぶわっと、高層をかけ流れる風が髪や上着の裾をはためかせてゆく。海岸線を灼いてゆく夕日の赤さに目を細めた。
「アレックス! ―――アレックス!」
「―――ユキ?」
少し下から声がした。はっとして手摺に取り縋り下を覗き込む。
二階下の階段にアレックスはいた。
「アレックス!」
叫んで。ほとんど段差を飛び降りるようにして駆け下りた。手摺を掴んで無理矢理体をターンさせ階をやり過ごし、小さな体の数段上で立ち止まり―――息を吐いた。
「・・・・・・アレックス」
「・・・・・・びっくりしたー! どうしたの? ユキ」
にこりとアレックスが微笑みかけてくる。無理のない―――ただ、目の前のことを信じ切っている表情。自分の中のなにかが鷲掴みにされる。
・・・・・・自分は。こんなにもまっすぐに、自分を信じている時があっただろうか。あったとしても―――それはいつのことだったのだろうか。
思い出せない。もう思い出すことは出来ない。
自分の選んできたことに後悔はしていない。けれど、いつだって決して満足はしていない。―――他に方法があったんじゃないんだろうか。自分にもっと力があれば―――自分がもっと賢ければ―――自分じゃ、なければ。
「・・・・・・アレックスを探してたんだよ」
「ぼくを?」
「そうだよ。・・・・・・お母さんも、探してるよ」
「ママ、泣いてた?」
「うん」
「ママね、ママ―――パパがいなくなってから、泣き虫なんだ。前はいっつも笑ってたのに」
さみしそうに言うその顔が、夕焼けに照らされ赤く情熱的な色になる。




