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夕焼けの魔法遣い 19


 ドアマンが開けるより早くドアを押し開け中に飛び込んだ。そのままの勢いでカウンターまで突進する。中にいたホテルマンに声をかけた。

「ミカゲです! ケイトは!」

「どうぞこちらへ」

 カウンターの奥にある部屋へと案内された。簡単な応接間のようなその空間にジェームズがいて、その前に、

「ケイト!」

「・・・・・・っああ、ああああああ!」

 ケイトが、いた。砂色の髪を振り乱して―――その心さえも、ぐちゃぐちゃにして。

「いない! どうしていないの! なんで! なんで―――!」

「落ち着いて! 落ち着いてくださいベーカー夫人!」

 暴れるケイトを必死にジェームズが落ち着かせようとする―――つかつかと歩み寄り間に割り込んだ。そのまま―――

 ぎょっとしたようにケイトが身を引いた。頭突きを狙うが如く強い勢いで接近したミユキの顔を呆然とした表情で見て、その目が色を取り戻す。

「・・・・・・ミカゲ・・・・・・」

「戻りました。・・・・・・なにがあったんですか」

「・・・・・・わたし・・・・・・わたし・・・・・・」

「・・・・・・ベーカー夫人は、あのあと少し体調を崩してしまいまして―――」

 ジェームズが口を挟んだ。冷静な声が小さな部屋にそっと広がる。

「・・・・・・辛いことをたくさん話してくださったからですね。・・・・・・それで?」

「はい。・・・・・・眠りたくても眠れなかったらしく、睡眠薬を服用されました」

「・・・・・・あれ、から・・・・・・私、不眠症になって・・・・・・だから、持ってたんです・・・・・・」

「それを飲んだんですね。そして眠った。・・・・・・その間にアレックスが?」

 がくりとケイトはうなだれた。ジェームズがまた口を開く。

「アレックスも睡眠薬を服用していたようなんです」

「アレックスも?」

「自律神経が・・・・・・崩れてしまっていて・・・・・・こないだ処方されてはじめて飲んだんです。けど、お医者さんが言うよりもずっと効き過ぎてしまったようで・・・・・・起きなくて・・・・・・まだ大丈夫だろうと思って私も薬を・・・・・・」

 時間が―――計算が、ずれたのか。仕方ない。だってこのひとはもうずっと前からぼろぼろだったのだ。それをまた抉り返してくれたのだ。

「今カメラをチェックさせていますが、恐らくアレックスはこのホテルから出ていません」

 オーリの逆か。ホテルからは出ていない―――かちり、かちり。

「確認させてください。ケイト・・・・・・あなた、言ってましたよね。マイケルは、あなたの旦那さんはあなたたちが怪我や病気をしたらどこにいても駆け付けてきてくれたって」

「え、ええ」

「・・・・・・アレックスは自分から怪我をするようになったんですよね?」

「え、ええ」

そろそろまたけがしなくちゃなあ

明るくそう言った声。

ああ、嫌だ。恐らく、これが正解だ。

「・・・・・・ジェームズ、このホテルの中で怪我が出来そうな場所にひとをやってください」

「え・・・・・・?」

「リネン室のアイロン台とか厨房とか。お願い急いで。なにかがある前に」

まっすぐにその目を見据える―――ジェームズははっとした顔になった。はじめて見た、彼の個人的な心の見えた瞬間。こくり、とうなずく。

「わかりました」

襟元に手をやり小さなマイクを取り出すとそこに向かって指示を飛ばしはじめた。恐らくスタッフのインカムへと繋がっているのだろう。線を張り巡らせるが如く、的確な指示を飛ばしてゆく。

「ミカゲさん、これは・・・・・・アレックスは、どういう・・・・・・?」

なんと言ったらいいのか。

「あなたのためです」

どうしたらよかったのか。

「あなたのせいではない。けど、あなたのためではあったんです」

どこまでも現実は辛すぎて。

「どういう・・・・・・?」

だからこそ、ひとのやさしさかよくわかる。

「アレックスは。・・・・・・あなたたちの、息子さんは。―――旦那さんを、呼ぼうとしているんです」

灰色の目が見開かれる。

求めている色とは違う濃度の―――けれど少しだけ似ているその色から目が離せず、顔を歪めた。



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