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夕焼けの魔法遣い 18


 一昨日も会った看護師に再び会い、首の痕を見せるとそれなりに驚かれたが比較的すぐ診察を受けることが出来た。簡単な検査だったがどこにも異常がないことがわかり自由の身になる。先日オーリを診たという年配の医者を捕まえて、鞄から持ってきた薬を見せいろいろと確認をした。ばさばさと少し乱暴にオーリのカルテを捲りながら答える医者は急いでいるようであまり愛想がよくなく、説明も手短だった。PTSDについての情報はほとんどない。・・・・・・それでもいくつかは分かったが。

 ―――わかった、こと。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 やめろ。―――やめろ。

 今は考えるな。・・・・・・もう一度会うことだけを考えろ。

「終わったかい?」

「・・・・・・はい」

「・・・・・・どうしたんだい」

 心配そうにイジーが顔を覗き込んだ。肉感的な唇が困惑気に歪められる。

「・・・・・・顔色が真っ青だよ?」

 真っ青。それで済んでいるのか。

「・・・・・・大丈夫です。・・・・・・だいじょうぶ・・・・・・」

 呟いて。踏み出した足はまともに地面を捉えられず身体が投げ出されるように宙を傾いた。横から差し出された腕が抱え込んでくれる。―――あたたかい。けれど、彼じゃない。彼はいない。・・・・・・支えてくれたイジーが心配そうな顔で首を横に振った。

「おいで。少し休もう」

「うっ・・・・・・ぁ、ふっ・・・・・・」

「・・・・・・どうしたんだい、本当」

 ほとんど抱え込まれるようにして空いているベンチに誘導された。隣に腰かけてくれたイジーが背中をさする。

「なにか酷いことを聞いたのかい?」

 首を横に振った。ぼろりと涙が伝って―――それから、止まらなかった。あとからあとから流れてくる。オーリの前でだって、大泣きするのは堪えたのに―――この女性の前で、涙が止まらなかった。

「もうっ・・・・・・二度と、にどとあえなかったらどうしようっ・・・・・・オーリ、オーリあんな顔してたのにっ・・・・・・おびえてたのにっ・・・・・・だいじょうぶだよって、なかないでって言えなかったらどうしよう・・・・・・っ」

 心細い。怖い。寒くてたまらない。一度不安を口にすると、それはもう止めることが出来なかった。自分を支えてくれる手に縋って子供のようにわんわんと泣きじゃくる。

「あいたい・・・・・・! あいたい、オーリにあいたいよお・・・・・・!」

「やっぱりあんたの言うとおりあんたは坊やにそっくりだねー! いや、あんたの方が数億倍やさしいんだろうけどねえ!」

 心配そうだったイジーは威勢よく笑って―――ぱあん、と、背中を叩いた。

「あんた彼氏の心を救うことしか考えてないんだねえ! それが出来なかったらどうしようって思って怖がってるんだねえ! 馬鹿だねえ! こんないい女情けない男が放っておけるわけないだろう! 一度逃げ出そうがすぐに死ぬほど後悔して自分から戻って来るよ!」

「お、オーリは情けなくない・・・・・・!」

「あんたにとっての一等星なんだねえ! 好きなひとってのはそういうもんさあ!」

 好きなひと。―――ああ、わかった。気付いた。―――知った。

「わ、わたし、は―――」

「ああ!」

「わたし、は―――オーリ、好きで、―――いいのかなあ?」

「いいんだよ!」

「だって―――わたし、」

「うん?」

「わたしの周り、不幸なひとばっかだ―――」

「馬鹿だねえ! あんた本当馬鹿だねえ!」

 あっはっはと笑ってまたイジーが背中を叩く。その度、胸が焦げるように熱くなる。

「それがあんたのせいなのかい! そうだね、仮にあんたのせいだとしてもね―――それがなんだよって、笑ってやれ! そんでそのまま幸せまで這い蹲っても進んでやれ! あんたを呪う奴がいたら、そいつの前でも笑ってやれ! 笑って手をのばして言ってやれ! 『付いてこられるもんなら付いて来い』ってねえ! 手をのばしてくれる人間が目の前にいてもね、幸せになれない奴は幸せになれないんだよ! そいつ自身が足を動かさなきゃねえ! 誰かに運んでもらおうなんて図々しい人間に幸せなんて訪れるわけないんだよ! ねえユキ! あんたの言う、あんたの周りの不幸なひとは―――そんな人間なのかい? 幸せになるために努力しない、泥や血に塗れても敗けるもんかって這い蹲ることもしない、そんな人間失格なのかい?」

 背中を叩いた手が、肩を強く握る。

「あんたが愛してあんたが愛する人間は―――そんな愚かな人間かい?」

 首を振る。―――横に、強く強く強く。

「違う」

「聞こえないねえ!」

「違う!」

「あんたの一等星もかい?」

「違う!」

「あんたは傲慢だねえ、ユキ! ひとの不幸を背負おうとするなんて―――あんたのちっちゃな背中に、他人の不幸まで乗るわけないだろう! さあ、行くよ!」

 袖口で涙をぐいと拭われ腕を引かれた。ひりつく痛み。だからなんだ。泣いてるだけだ。大泣きしただけだ。―――足早に外へと飛び出す。徐々に徐々に日の傾いてゆく世界の光に、目にまだ残った涙がきらめいた。

「ユキ!」

「なに!」

「飛ばすからしっかりシートベルトしときな!」

「わかった!」

「しっかり探すんだよ、あんたの一等星だ!」

「わかった!」

 ―――そう。探せばいい。何度だって何度だってあきらめずに。だってまだ全てを失ったわけじゃない。

「オーリ」

 イジーの言葉を借りるならミユキの一等星。

 ばかやろう。

 一等星なら一等星らしく―――ミユキの見えるところで、輝いていてくれなければ。

 流れてゆく風景。窓に張り付き、どこまでもどこまでも彼を探して―――

 捜索は、一本の電話で打ち切られる。

 イジーの携帯にかかってきた電話。受け取ったそれから聞こえる悲鳴のような泣き声。

「・・・・・・は?」

 目を見開いた。

「・・・・・・アレックスがいない?」

 ケイト・ベーカーの一番星が、消えた。



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