夕焼けの魔法遣い 3
結果的に言うと最初に行ったホテルになった。即決だった。
ホテルの玄関扉からして荘厳な造りのそのホテルは、乳白色に輝く大理石の滑らかな明かりと歴史を感じさせる木目の二つが見事に調和しているホテルで、つまりはカジュアルなコートにデニムのショートパンツにブーツのミユキと同じくカジュアルなコートにカーゴパンツにワークブーツという日常的な格好をした二人にとっては天と地ほどかけ離れた場所だった。Uターンしようとしたミユキを繋いだままの手がびーんとのびる。
「おーい、どこ行く」
「出よう出よう出よう場違いだよ出よう」
「んなびびんなくても。金はあるんだし」
「あってもなくても庶民のわたしには敷居が高過ぎてなんかもう」
「俺だって庶民だけど。まあたまにはいいだろ」
たまにも何も一生縁がなさそうなホテルだ。
「いやでも、こんな格好だしカウンターでお断りされそうな・・・・・・」
「駄目だったら次のとこ行けばいい。ランク落としてもいいし」
じゃあ最初から落とそうよ、とも思ったが我が大蔵大臣はとりあえず一度チャレンジしてみたいらしい。関節に何かが挟まったかの如くおかしな加減で中途半端にうなずいて、手を引かれながらそのつやつやの大理石に囲まれた空間の中へ入った。恐らく泊まるのは無理だろうから、せっかくだしロビーだけでも目に焼き付けておこう。なんだか少し恐れ多いけど。
「すみません」
オーリが英語で話しかけたのは、皺一つないジャケットと真っ白なシャツを身に付けたホテルマンだった。カジュアル極まりない格好のこちらに怪訝な顔をすることなくにこっとした笑顔であいさつされる。笑顔を返したつもりだが果たして引き攣っていないものか。
「部屋は空いていますか」
「ご案内出来ます。その前にひとつよろしいでしょうか」
ああ来た、やっぱ無理だ―――と思ったがそのホテルマンはまっすぐにミユキを見て言った。
「ひょっとして、ミス・ミカゲでしょうか?」
ものすごいデジャヴだった。
「は、はい。・・・・・・ひょっとして何か連絡が来ていますか」
「はい。ミス・ミカゲがいらっしゃったらすぐにお部屋を用意するようにと仰せつかっています」
「本当に徹底してるな。俺はどこだよ」
呆れすら通り越して最早疲れたようにオーリがうめき、変な苦笑いが出た。
「あ、じゃあ、借りられますか」
「もちろんでございます。ようこそ、我がホテルへ」
そのホテルマンはにっこりと笑って見せた。決して営業だけの笑みではないような、あたたかくて大きな笑みだった。
待たされることなくすぐに案内された。先ほどのホテルマンが自ら案内をしてくれたのだ。ホテルスタッフはみなじろじろ見ることはしなかったが少し目を置くような感じで、周りの客に至っては驚いたような顔をしている。どうしてだか分からず首を傾げた。服装だろうか。
「このひとホテルの支配人だ」
「え」
「カウンターの奥のプレートに名前があった。名札と一緒の名前だ」
「ひえ」
支配人自らが案内してくれるとなればそれは注目のひとつや二つされるだろう。いったいあのひとはどこまで縁やコネを持っているのか。
エレベーターに乗り込み、支配人―――名札を見たらジェームズと刻印されていた―――は、階数ボタンを押した。信じられないことに客室としては最上階だった。
「本日ご案内させて頂くお部屋はとても景色のいいお部屋です。どうぞお楽しみください」
「ありがとうございます・・・・・・あの、」
訊いていいのかな、と思ったが訊いておかなければ安心も出来ない気がした。
「あのひととこのホテルにどんな関わりが・・・・・・?」
ただ泊まっただけ―――では、もちろんないだろう。
「失礼ですが、その前にひとつだけ。彼のひとはどんな方でしたか?」
「ひとを苛立たせる天才」
ぼそりとオーリが答えた。
「何度殴ろうかと思ったか」
殴ってたじゃんと思ったがミユキもそうだつた。ひとのことは言えなない。
「ああ、本当に彼とお会いしていたのですね。彼がここまでする方とはどんな方だろうと楽しみにしておりました。このホテルにお迎え出来たらいいな、と」
「・・・・・・どういうことですか?」
「恐らく、この都市一体のある程度のホテルに段取りを付けていると思います」
・・・・・・そういうことか。じゃあどのホテルを選んでも対応は一緒だったのかもしれない。
ちらりとオーリを見上げると、非常におもしろくなさそうな顔をしていた。
「当ホテルの前オーナーが亡くなられた時、ある問題も同時に発生しました。詳しくは申せませんが、その時事件を解決してくださったのが彼です。それ以来、当ホテルは彼に最大限の便宜を一生涯図ると約束したのです」
彼がそれを利用したのは今回がはじめてですが、とジェームズは続けた。
「これは彼に対する敬意と、彼が敬意を払った貴方方への敬意です。全てのサービスをご遠慮なくご利用ください」
「・・・・・・それだけのことをしたんですね、あのひとは」
「ええ」
エレベーターを降り、毛の長い絨毯が敷かれた廊下を抜け、このフロア唯一の客室の前に案内したそのひとは、本当に楽しそうににっこりと笑って見せた。
「彼の方がいてくださらなければ、私はずっと父を誤解したままでした。・・・・・・難儀な方だと思いますが、それでも私は、彼に感謝してもし切れないのですよ」




