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君のための日常 23


ぼふ、ぼふっ、とこもった音がしていた。なんだろうと首を傾げながらドアを開く。

「え…あ?」

驚きと焦りを綯い交ぜにしたような複雑な顔。ベッドに仰向けになったまま枕を片手で大雑把に掴んだオーリがそこにはいた。

「…枕がどうかしたの?」

「え? ああ、や、なんでもない」

その割にはずいぶんと枕がくたびれているような。首を傾げてじっと見つめると、なんだか焦ったようにオーリが枕を放った。

「もう戻って来たのか。早いな」

「あー、うん」

「話してなくてよかったのか」

「話って?」

「…あいつと」

「サムと?」

…なにを? よく分からなくて首を傾げたままベッドサイドに歩み寄る。膝を付いて顔を覗き込んだ。…なんだか、少し不機嫌そうなままだった。

「オーリとサムは合わないね…」

「…あいつ腹立つんだよ。似てるから」

「誰と?」

「ミユキと」

思考回路が停止した。たっぷりとした空白を、沈黙の天使がとことこと列を成して歩いていく。

オーリを覗き込んだまま。瞬きをした。

「ーーーあ。いや違う、ミユキのことが腹立つとかじゃなくて。あいつが」

「あ。え。…え、でも、わたしと似てるから腹立つって。や、ごめん、責めてるわけじゃなくて、」

あ、やばい。泣くかも。まずい。ショックが大きい。

ここで泣いたら本当に責めているみたいだと思い咄嗟にかくんとうつむいた。

「ご、ごめん、もっかいラウンジ行ってくる、」

勢いよく立ち上がりかけた瞬間、なんだかさっきよりもものすごく焦った顔になったオーリに腕を掴まれた。そのまま引っ張られバランスを崩してベッドに飛び込むようにして倒れこむ。反射的に目を閉じたが、オーリが受け止めてくれたおかげでダメージはなかった。

「ご、ごめんっ」

「ちょ、待て、行くな。違うからっ、」

身を引こうとするがそれを阻止するオーリにぎゅうぎゅう抱きしめられて混乱するし堪えている涙腺は痛いしなんだかよく分からないし、軽くパニックになって口を噤んだ。動けなくなったミユキにほっとしたようにオーリが少しだけ力を弱める。

「や。だからさ。…似てるだろ、あいつとミユキ。考え方とか…在り方とか」

「…うん」

それは思った。サムでさえ、そう思っていた。

「…あいつの方が、ミユキのこと分かるんだろうなって」

「え?」

「俺より近いんだろうなって。…そう思ったら腹が立った」

ぱちくりと瞬きをする。そっと顔を胸から相手の顔へ上げると、バツの悪そうな顔をしたオーリが抱え込んだミユキを見下ろしていた。

「…ミユキはあいつのことやたら庇うし」

「…そんなことないけど…」

全力で殴ったのを見ていなかったのだろうか。

「話も合うだろ。…だから訊いた」

「…」

ゆっくりと瞬きをする。何度しようがオーリの姿は変わらず、バツの悪そうな、不機嫌そうな、…そんな不思議な色だった。

少しだけーーー考えた。ややあって出た結論にうん、とうなずき、

「オーリ」

「…なに」

「ちょっといい?」

なに? と見下ろしたオーリから身を引き、上体を起こした。オーリの手を引き上体を起こさせ、ベッドの下の段、少しだけ薄暗い空間の中その眼を見る。灰色とその奥の青色の眼を。

「…ミユキ?」

不思議そうな顔をしたオーリに。…微笑いかけた。思わずといった感じに微笑い返したオーリにそのまま両腕をのばし、今度は自分から身を寄せる。

少しだけ勢い付けたミユキの体を、オーリは咄嗟に受け止めてくれた。「ミユキ?」と驚いたような声が耳元にかかる。

「サムはわたしとそっくりだよ。見てるとしょっちゅう殴りたくなる」

「…殴ってたな」

「あれはサムが悪いけどね。…似てると、駄目だね。わたしはあんまりわたしのことが好きじゃないから。サムのことは嫌いじゃないけど、ずっと一緒にいるときっと心が苦しくなる」

「…俺はお前のこと結構好きだけどね」

「ありがと。…あのね、愛すべきクラスメイトもそう言ってくれるの。だからわたしは、あんまりわたしのことが好きじゃないけど、終わらせたり酷い目に合わせることは出来ないの。だってわたしはわたしだけのものじゃないんだもん」

あなたに言えるたくさんのこと。

わたしの大切なひとたちの話をしていい? わたしの愛すべきひとたちの話をしてもいい? ーーーあなたも、彼らを大事にしてくれる?

「大好きなの。大好きなの…。ねえ、オーリ。あいつらの話をしてもいい?」

少し身を反らし、至近距離からその眼を覗き込む。ミユキの報酬、ミユキだけの報酬。

「わたしの大切なひとたちの話を、特別なひとたちの話を。オーリも大切にしてくれたら、わたしはうれしい」

わたしの宝物。

絶対に失くしたくないもの。

オーリは少し驚いたような顔をしてーーーふ、と笑って、ミユキの髪を一房梳いた。

「…その話は長い?」

「すごく長いよ。たくさんたくさんあるの」

「あと二日もあれば俺の故郷に着くけど。それよりもかかる?」

「ぜったい」

「そっか。…じゃあ当分、話題には困らないな」

そうだね。ーーーだって、知らないことだらけなんだから。

わたしたちの日常を送ろう。作るまでもなく、送ろう。

他愛のない話をして、とっておきの話をしてーーー手を繋いで、一緒に歩こう。

ぎゅうっと抱きついたミユキの体が抱きしめ返される。

道のりが長くても、大丈夫。退屈している暇なんてきっとない。



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