君のための日常 18
肩で息をしながらサムに抱えられて部屋に帰還したミユキをオーリはぎょっとしたような顔で見た。
「これ以上何したんだよ!」
「僕が何かしたのは確定か」
オーリの手がのびてミユキの体を抱き寄せた。あっさりとサムが開放しオーリの腕にすっぽりと収まる。呼吸はまだ乱れたままだった。
「ミユキ大丈夫か」
「だい…じょうぶ」
「落ち着け、何があった」
「しゅうげき…しゃに、人質にされて頭に来た、から…体当たりして気絶させて強姦魔に仕立て上げて帰って来た…」
「そ、そうか」
ゆっくりと呼吸が落ち着いていく。サムが差し出した水を受け取りかけて丁重に断り自分のを煽った。
「此の期に及んで何も盛っていないよ」
「一応疑って申し訳ないと思ったから丁重にしたでしょう…」
常温の生温い水は体の中をしゃんとさせてはくれなかったが、それでも気休め程度にはなった。口元を甲で拭う。
「どうする」
「いずれあの男も目を覚ますだろう。部屋を出る」
「クリスは?」
「君がクリスだと思っているようだ。部屋まで嗅ぎ付けられていたらそもそもそんな勘違いはしなかったはずだ。僕たちさえいなければこの部屋は安全だ。だからこのまま置いていく」
「ちょっと待て今何て言った」
「今はわたしがクリスってことになってるの。…あー、この男の人はクリスじゃないの。サムなの」
「は? じゃあクリスは?」
「今ベッドで寝てるサムだった方。だけど今襲撃者はわたしがクリスだと思ってるの」
「とりあえず更に巻き込まれたのは分かった。あとで殴らせろ」
低くうめいたオーリがクリスに手を突き出した。
「何だ」
「しらばっくれんな。銃かナイフどっちか貸せ」
「…まあそうなるだろうね」
ジャケットの内側から折りたたみ式のナイフを取り出すとクリスはオーリに渡した。くるりと手の中で返し一度ぱちんと刃を出す。先ほどミユキの皮膚を切ったものだろう。覗き込もうとしたがのびてきた腕に遮られた。その間にナイフはしまわれてしまう。
「わ、わたしが持とうか」
「いい。料理じゃないから」
「ナイフ術なら少しだけ教わったことある」
「お前日本でどういう風に育てられたんだよ…いい、俺の方が慣れてる」
慣れてる、と言って渋面を作った。本人も不本意そうな、そんな顔。
「…とにかく、俺が持つから。…ミユキ」
「なあに?」
「離れるな」
「はい」
こくりとうなずくと、灰色の目がしっかりと視線を合わしてくれ、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
「お取込み中悪いが、そろそろだ」
銃を握りコートの袖口に隠したサムがドアに手をかける。一瞬だけ二段ベッドの上段を見てーーー表情を変えずに、視線を戻した。
「駅に着くまであと四十分。それまで逃げ切れれば僕らの勝ちだ」
四十分。命を賭けるには長いのか、短いのか。
「さあ。それじゃあ」
命懸けの鬼ごっこのはじまりだ。




