ハロー、唄う飛行機 2
海外には何度か行ったことがある。まだ家族がこちらにいた時も一緒に行ったし、家族があちらに行ったあとはその家族に会いに。だから海外に行くこと自体に慣れてはいたが、限られた場所にしか行ったことがなかった。
と、それよりも。
「ちょっと待ってて」
カウンターでキャンセル申請をし、その返金されたお金で新しくチケットを買う。出国検査まで終えあとは乗り込むだけだったがまだ時間はあった。公衆電話を見つけたので近くにある椅子に青年を座らせる。
「電話かけてくるから。ここで待ってて」
「ん」
「絶対だよ? ちゃんとここにいるんだよ?」
「分かったって。俺そんなに信用ない?」
「変わった人間には見える」
「……俺からしたらあんたもね」
失礼の痛み分けだった。どちらも損をした気分になりつつその場をあとにし、空いていた公衆電話の受話器を取る。一瞬考えてコレクトコールにした。この先どんな風にお金が必要になってくるか分からないので少しでも節約しておきたかった。
交換手に番号を伝え繋げてもらい、しばし待つ。それほど経たずに電話は繋がった。
『もしもし、ユキ?』
「トウマ? ごめんね変な時間に」
高確率で父か母が出るかと思ったのだが、出たのは弟だった。それが意外で状況も忘れてきょとんとする。
『喉渇いてキッチンに降りてたんだ。どうしたの?』
「ちょっと予定が変わっちゃってそっちに行けなくなったって父さんとお母さんに伝えてくれる? 起きてきてからでいいから」
『え? ……何かあったの?』
何かあったというよりかは何かやらかした、が近い。
「いや特に……ただ年末バイトに入ってた子がインフルエンザで倒れちゃってどうしても代わりが見つからなくって」
『あー、断れなかったんだ』
電話の向こうで弟がうなずく。
『分かった。伝えとく……たぶん、こっちがそっちに行こうかとか言い出すと思うけど』
「お金かかるしいいよ。父さんを止めるのはトウマに任せた。ね」
『努力する。……それじゃあ、バイト頑張って。あと』
「うん?」
『さみしくなったらいつでも電話して』
「だいじょーぶ。ありがと。それじゃあ」
受話器を置く。規則正しく鳴る電子音が、相手の不在を報せる。ゆっくりと手をはがしてーーー微塵も震えていない手のひらを見て唇を噛んだ。一瞬だけ目をきつく閉じ強く拳を握る。……力をゆるめると、自然と笑顔が浮かんだ。それを把握し、顔を上げて踵を返す。
青年は先ほど残してきたそのままの体勢でそこにいた。顔を覗き込むと閉じていた目がぱちりと開く。
「なんて親誤魔化したの」
「弟に伝言残した。まあ大丈夫」
「あそう」
「止められた方がうれしかった?」
「止められたところで止まるものなの?」
「ううん」
あっさり首を横に振る。だろうね、というように青年が小さく息を吐いた。
ポン、ポ……ンという丸いものを叩くアナウンス音。搭乗を開始します……と抑揚を抑えた声で女性が言い、徐々にひとの流れが列を作りはじめた。自分たちのゾーンが呼ばれ、青年が顔を上げる。
「行くか」
立ち上がろうとした青年に手を差し出す。握られた手をきゅっと握り、導くようにして手を引いた。