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君のための日常 7


時間をずらしたとはいえ、ラウンジはそこそこ混み合っていた。みんな同じことを考えているのかもしれない。席を確保し、オーリを残してあたたかい紅茶を二つ買った。

海がずっと続いている。その海を眺めながら、紅茶の紙コップを構えた。

「3、2、1ーーーはい、入国おめでとう」

「乾杯」

「乾杯」

かちん、と音がするわけではなかったがカップの紅茶で祝杯を上げる。一応付き合ってくれる気はあったのかカウントはオーリがしてくれた。

高揚感そのままに窓の外を見やる。国境を越えたからといって瞬間的に景色が変わるわけではないので実感はしにくいのだが、陸地を走って国境越えというのは島国育ちにはなかなか体験出来ることではないのですごく満足感がある。走り続けたら国境を越えられるなんてすごい。

「楽しそうだな」

「うん、すっごく」

「全然怖がってない?」

窓の外にやっていた視線を戻した。やわらかくもないが冷たくもない顔でオーリがミユキを見ていた。

「んー…うん。まあ、拳銃社会に入国したわねだし」

「…肝冷やしたのは俺だけか」

苦笑いに似たオーリの顔を見ながら紅茶を一口飲んだ。煮出し過ぎているのか渋い。

「というより、オーリの態度の理由が分かったからそっちの印象の方が強かった」

「あー…」

「どうしてあのひとが銃持ってるって分かったの?」

「…入って来る時ジャケットの胸元が一瞬膨らんだから。受託荷物になるはずなのになんであんな普通に携帯してるんだよ…」

どうやらそういうものらしい。私立探偵というのは特別ルールが採用されるのだろうか。いや小説や映画じゃあるまいし。あのひと本人が自分で切り抜けたのだろう。…まあ、それよりも。

「…そんな簡単に分かるものなの?」

見慣れたものじゃあるまいし、オーリの反応は本当瞬発的だったーーー思い出しながらあまり考えず言って首を傾げると、オーリは黙った。一瞬だったが、察するには十分な沈黙だった。

「あ。大丈夫。ごめんなさい、あんまり考えずに訊いちゃった」

「別に謝ることじゃないけど。…戦地に行ってた時期があるんだよ」

「…兵士なの?」

「だった、の。…っても、回線修理や確保の任務で戦闘してたわけじゃないけど」

「そうなんだ」

「…お前の驚くポイントがいまいち分からないんだけど」

「うーん」

多少は驚いている。今まで関わったことのないひとたちであることは確かなのだから。

「…別に、全く何も思ってないわけじゃないよ」

海に視線を戻す。自分の内心を言葉にするのは難しかった。

「ただ、こういうのってそういうものじゃないの? 今と関係ないとは言わないけど、ただ、そういうものなんだなって思った」

世の中にはそういうことがある。嫌になって嗤ってしまうくらいには、そのほんの一部を思い知っている。

「…世の中がミユキみたいな考え方する奴らばっかだったらもうちょっと色々楽かもな」

「それはどうだろう。わたしみたいなのひとりにつき鳩尾を的確に抉るのが異常に得意な愛すべきクラスメイト三十七人が必要だから」

「お前のクラスメイトどうなってるの」

世が世なら辻斬りもいいところである。それでも愛してるよ。

「でも、色々分かってすっきりしたよ。同室許可したのは目の届くところにいてほしかったからなんだね」

「光栄だね。君は僕を軽視せずに警戒すべき対象だと思っているのか」

差水のように落とされた英語の声に顔を上げた。高い位置に鳶色の瞳と青色の目。サムとクリスだった。いやそれよりも。

「…日本語分かるんですか?」

英語で問う。クリスは僅かに肩をすくめただけだった。

「相席しても?」

「他に行け」

「残念ながら空いていないんでね」

「クリス、頼むにしたってもっと言い方があるでしょう? ごめんなさいね」

起きたばかりなのか少しぼんやりとしたサムが口を挟んだ。申し訳なさそうに言う彼女を見ると無碍に対処出来なくなる。

ちらりとオーリを見ると、不機嫌な顔であきらめたように嘆息した。

「…ミユキ。こっち来て」

「はい」

うなずいて席を移る。オーリが一度退き、ミユキはボックス席の窓側にかけた。隣の通路側にオーリが座る。

ミユキの向かい側にはクリスが座り、続いてサムが腰かけた。メニュー表を見て少しまだ眠たげなサムが楽しそうに言う。

「アイスコーヒーにしようかな。なんだか喉が渇いちゃって…クリスは?」

「紅茶」

「よね。はいはい」

ふわりと立ち上がり注文しに行くサムをなんとなく見送った。そのままふわふわ飛んで行ってしまいそうな足取りだ。健康的な体付きなのに、その足取りは雲の上を歩くようだった。

「…あ。そうだ、わたしもお砂糖」

「砂糖?」

「渋くて」

「…ミルクは」

「すごくほしい…」

退いてくれる? と首を傾げる。クリスがすかさず言った。

「レディにわざわざ手間をかけさせるのかい」

「…」

オーリは一度クリスを睨み付けると無言で立ち上がった。踵を返す。

「過保護だね」

「…何かご用ですか?」

首を傾げる。クリスは表情を変えなかった。

「用はないよ」

「なんで?」

「なんで、って」

「だって嘘ですよね」

首を小さく傾げたまま言うと、クリスは鳶色の瞳を一瞬だけ見開いた。ほんの、僅か。

「ーーーどうしてそう思う?」

「だってあなた、日本語喋れないのに話に無理矢理入ってきたじゃないですか」

紅茶のカップを握る。指先のぬくもりが心地よかった。



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