君のための日常 3
眠れるような気分ではなかったようだが、ミユキはオーリを再びベッドに送り込んだ。どことなく不満気な灰色の目を見下ろし小首を傾げる。
「眠っておきなよ。ここにいるから」
座った椅子を示して見せると、なんだかとても何か言いたげな顔をしていたが、ふと思い付いたように一度瞬きした。
「そういえばどこで習ったんだ」
「え?」
「英語」
「ああ…」
飛行機に乗る前の話。覚えていたのか。
「お父さんが死んだあと、何年かしてお母さんが父さんと再婚して…」
中学に入ったあとの話だ。過去を辿るようにして少しずつ言葉を紡いでいく。
「父さんは、両親は日本人なんだけど生まれも育ちも海外なんだ。だから英語は父さんとか父さんの友達に習った」
スラングとかは主にその友人たちだ。あとは弟。
「父さんには息子がいて、だからわたしには弟が出来た。父さんはお母さんと出会うずっと前に現地の女性と結婚して、別れてた。…亡くなったわけではないみたい。だからうちの家族の中で弟のトウマだけ髪の色が金茶色で目も青いの」
「家族写真撮ったらホームステイ先の家族と外人の少年になりそうだな」
「ふは。…うん、実際そうだった」
楽しくなってうなずく。その様子をじっとオーリは見つめていた。
「…家族好き?」
「うん。大好き。側から見たらちょっとおかしな風に見えるかもしれないけど。…お父さんのことも、父さんのこともトウマのことももちろんお母さんのことも」
全員好きで全員大事だ。かけがえのない家族。失くしたくない存在。
「…父さんが海外勤務になる時、全員で一緒に行くか、父さんだけ行くか、家族会議になったんだよ。でもなるべく離れるべきじゃないし、トウマだってまだ小学生だし…」
父と引き離すのは問題だし母との関係もよく本当の親子のように懐いていた。それらを引き離すのは、余りにも酷い。
「わたしはもう十八だったし。大学も決まってたし、第一志望だからどうしてもそこに行きたかったんだよね。だからわたしだけ残って三人が海外に行った。大学生の一人暮らしなんて普通だし。しょっちゅう連絡取るからあんまりさみしいとかないんだけど」
「あっちから来たりするの?」
「あんまりないかな。わたしひとりが行った方が交通費安いし。まあ家に住み続けてるからいつ戻って来ても部屋はあるんだけどね」
「…一軒家に一人暮らし?」
「うん。引っ越すの面倒だったし今の家が好きだし。大学メンバーの溜まり場になる時もあるからそこそこ便利だよ」
「若いな」
「…そうだ。オーリっていくつだっけ」
ふと疑問がもたげて首を傾げた。パスポートを見せてもらった時は名前に集中してしまい年齢を見損ねた。
「いくつに見える」
「女子か」
「…二十四」
「へえ。結婚は?」
「…してたら問題だろ」
いや今でも問題なんだけどさ、と口の中でごにょごにょ言われた。
「あ、そっか。わたしまだ一応未成年だから」
「そーだよ。おまけに女で俺成人済みの男。どれだけ世間的に俺がやばいか分かった?」
「あと三ヶ月先だったらよかったのにね」
「…だから長いって」