ハロー、唄う飛行機 11
空港までダニエルに送ってもらった。そこで防寒着を返す。
急な訪問だったにも関わらず飛行機まで飛ばしてくれて、このひとは本当に懐が深い。
「ダニエルはオーリとどういう関係なんですか?」
オーリがチケットを買いに行っている間にこっそりと訊ねると、ダニエルはにかっと笑って見せた。
「あいつの爺さんが俺の旧友なんだ。歳は離れていたがいずれ俺が追い付くかもしれないな」
日本人だったというオーリの祖父。
様々なところに訪れて、縁を広げていたのかもしれない。
「まだガキだったあいつを飛行機に乗せてオーロラを見せたこともある。あいつも口をぽかーんとあけて魅入ってたよ。その時は昨日みたくブレイクまではしなかったけどな」
お前さんがいたからかもな、とダニエルは言った。首を傾げる。
「君はきっと幸運の女の子なんだよ」
あたたかく微笑みかけられ、とっさに言葉が出なかった。
「……どう、でしょう」
「俺はね、言ったんだよ。いつかお前が夜明けを見せたい相手と出会ったら連れて来い、飛行機を飛ばしてやるって」
瞬きをした。夜明けを、見せる。
「アウロラは夜明けの合図だ。夜明けの暁を連れて来るものだ」
茶色い瞳が覗き込むようにミユキを見て笑う。本当に、本当にうれしそうな笑顔。
「それを見せたい相手、だ」
瞬きしてーーーそれから、笑った。少しだけ照れ臭く、そしてそれ以上に素直にうれしかった。
ポケットに手を突っ込んだオーリがカウンターから戻って来る。ダニエルが両手をのばしてハグした。
「また来てくれ」
「ーーーうん」
くしゃっとした、うれしそうな笑顔。子供みたいな。
ダニエルは続いてミユキを抱きしめると小さくささやいた。
「頼むよ」
「はい」
うなずく。ーーー一緒にいることを許されたのだから、どこまでも行こう。
そのまま仕事に向かったダニエルの車を見送り、見えなくなるまで手を振った。眩しそうにガラス越しに外の世界を見ていたオーリは、「行くか」と日本語で言った。ダニエルがいなくなった途端言葉が戻る。
「ねえ」
「ん?」
「気になってたんだけど、どうしてわたしには日本語で喋るの?」
くるん、と振り返って顔を見上げる。もう周囲に聞かれても困るような話はないし、よっぽど難解なことを言われない限り英語でも大丈夫だーーーそう思って言ったのだが、オーリはああ、とこともなげに、
「何言ってるのかミユキにしか分からないだろ」
「うん」
「特別っぽくていいなと思ったから」
一瞬ぽかんとしてーーーそれから、かっと顔が熱くなる。
周囲にどれだけひとがいても、声が聞こえていても、それは自分たち二人だけの秘密で、
何を話しても「特別」になるということでーーーそれをあえて彼は選んだということで。
ずるい、と思い、こっそり唇を尖らせた。
「……ひとたらし」
「何か言った?」
「なんでも」
「ふうん。じゃあ、ほら」
手をさしのばされる。ごつごつとして大きな、けれど長くて華奢な指。
「行くぞ」
一応介助側なのにこの対応。…手を引かれているのか、引いているのか、分からないなとこっそり思った。
それでも。
「うん」
灰色とその奥の青色をまっすぐ見つめうなずいた。指先に触れると大きな手のひらに包まれる。あたたかい。心地よい。
ゲートが開いたことを知らせるアナウンスが流れ出す。人並みに混ざって、手を繋いだまま歩き出す。
見上げる彼は痩せっぽっちで背が高い。
帰りたいと願った彼はまっすぐで嘘がない。
彼の望みを叶えるために。ミユキの望みを叶えるために。
さあ、それでは、はじめよう。
クリスマスも過ぎたある冬の日。
そういう風に、彼と出会った。
〈 ハロー、唄う飛行機 ハロー、痩せっぽっちの君 〉