―――はじめはあくまでも、自分勝手な理由だった。
美しい善意でも一目惚れのような情熱でも金銭から生じる欲求でもなく。形にすらならない、言葉にすることすらくだらない、そんなどうしようもない理由がきっかけだった。
どこまでも身勝手で自己的で、相手のことを一切考えていない自分本位な思考だった。それに素直に、従った。ただそれだけの話、だった。
彼の隣は、酷く呼吸がしやすかった。
「ミユキはひとが苦手なんだな」
彼にそう言われた時、頭の中でぱちりと何かが嵌った気がした。それはそれはきれいな音で、一度も聞いたことのない音だった。ずっとずっとその音を待ち望んでいたことだけは、予め知っていたことのように分かった。
「苦手だけど、でも離れることは選ばないんだ。ひとりは淋しいと思ってるし、自分には耐えられないとも分かってる。でも苦手なんだな。上手く距離を離せなくて、近付き過ぎて心を入れ込み過ぎて、背負い過ぎる。抱え込んだら後生そのまま大事にし続ける。いつか限界が来るだろうと自分でも思ってるのにその限界はなかなかこない。ただ息苦しくなるだけで、辛くなるだけで限界までじゃあない。呼吸はきちんと出来ている。苦しいだけで。……だから、ひとが苦手なんだよ」
それから彼は笑って見せた。ミユキの大好きなあの子供みたいなくしゃっとした笑顔で。
「でもミユキは、ひとが好きなんだよ。苦手かもしれない。自分を苦しめるものなのかもしれない。けれどそれはミユキにとってひとを嫌いになる理由じゃない。不幸なんかじゃない。……不器用な奴だよ、お前は」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、それから手をさしのばされる。躊躇いのない馴染んだ仕草。
「行こう。ミユキ」
大きくうなずく。のばされた手に触れると、大きなあたたかい手のひらに包まれた。
彼の話をしよう。
大丈夫、思い出すまでもない。
きちんとわたしが覚えている。思い出すまでもなく、想っている。
君の心を、解き明かしてみよう。
君がいなくなったあとでも、敗けないように。
すべて失くしたあとでも、泣かないように。
お久しぶりです。ナコイ トオルです。
活動記録やあらすじにもあるように、これは少女と彼の物語です。
内容的に、前二作から目を通して頂けると幸いです。
願わくば、また最後までお付き合いを。