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後編


玉ねぎ、人参、ナス、きのこ、ジャガイモをみじん切りにしてフライパンで炒める。カレールーを入れてお水とコンソメで味を調えて水分を飛ばす。

ゆで卵は半熟が好きだから、その時間にセットしてレタスとありあわせの野菜でサラダ。缶詰のコーンを開けようとして、後ろから伸びてきた手が缶を取り上げた。


「俺、このコーン好き」

「…びっくりした」


取り落としそうになった缶を難無くキャッチした優は、ジーンズにパーカーというラフな格好で私の部屋に当然の様に入り浸っている。基本的に、料理が苦手な優はキッチンをインスタント食品を作るかご飯を炊くかしか使っていないみたいで。一緒に食事をすることがデフォルトになりつつある。

さっきまで本棚から漫画を取り出して真剣に読んでいたのに、いつの間にと思いながらキッチンで並んで作業をした。といっても、優に包丁を持たせたくないので(手を切るからだ)盛り付けを任せた。コーンは、楽しそうな優がドライカレーの上に山盛りに盛り付けている。


さっきの、会話なんてまるでなかったかのように。

私達は何時もの日常に戻りつつあった。


「ご飯、どのくらい食べる?」

「いっぱい欲しい」


半熟にゆであがった卵をにやにやしながらサラダに乗せている優は、顔だけ私の方に向けた。皿に盛りつけるご飯の量を見て、それくらい、と頷いた。私の倍量はある。


「優ちゃん、デザート食べたいなあ」

「俺の冷蔵庫にシュークリームあるよ」


ご飯の対価は、基本的には物だ。材料費は優がもつ、とか。デザートを献上するとか。もちろん私だって優の家に泊まることもあるので、ほとんどはちょっとした甘いものをもらうくらいの物なのだけれど。

優の冷蔵庫に、シュークリームやモッツァレラチーズ、オレンジジュースや抹茶のアイスが入っている頻度が高いというのは、当たり前すぎて気付けなかったけれど。たまに遊びに来ている当真君の言葉から気付いた。それは全部、私が好きなものだった。当たり前の様に、私たちの冷蔵庫にはお互いの好きなものが入っている。

炭酸水、カルピス、アーモンドチョコレートにコーヒーゼリー。私の冷蔵庫にも、例にもれず優の好きなものが入っている。

テーブルにドライカレーとサラダを置いて、冷やしたお茶を持っていく。

手を合わせて二人、声をそろえたいただきますという言葉。私たちはこうして、同じものを食べて同じ時間を過ごすことを、簡単に当たり前の事の様に思ってしまっている。


「俺、いつもうまくゆで卵作れないんだよな」

「優は時間ちゃんと計らないから。茹でてること忘れてばっかりだよね」

「んー、でも、ご飯は杏がいるからいいかなって思うわけですよ」

「……私が居なかったら、どうするの」


私が居なかったら。優が居なかったら。

――私達はどうなるんだろう、どう思うんだろう。そんなことをふと考える。

さっきの優の言葉を聞いてから私の中に少しだけ波紋が広がっていた。

ドライカレーを口いっぱい頬張って、少しだけつり気味な目元を緩めた優がもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。そのままスプーンに大きく豪快にドライカレーとご飯を乗せて、それを持ち上げながらうーんと唸る。


「考えたことなかったっつったらウソになるな。お前が居なかったら、ゲームして合間に漫画読んで、当真が泊まりに来て適当に飯食ってって感じだろうな。

でも、四六時中一緒にいて気にならない人っていうのは、多分いないし、作れない」

「うん、それは思う。これだけずーっといるのに鬱陶しくならないって珍しいよね」


スプーンに山盛りに盛られたカレーが口の中に吸い込まれていく。

美味い、と言葉と共に伝わる表情がうれしい。

優のカレーの上に、乗せたがっていたゆで卵を乗せた。そうするともっと嬉しそうになるから、つい笑みがこぼれてしまう。

好きなものを、共有すること。美味しいものを一緒に食べること。楽しい時間を過ごすこと。

全部私たちが生まれて親しくなるにつれて増えていったものだ。

この関係があったから、私たちは大袈裟ではなく、日々をこえてこられたのだと思う。なくてはならないもの、ではない。なくてもきっと過ごしてしまえるけれど、なかったら今以上に幸せだと思えるほどの日常を過ごせていなかった。


「ゲームみたいに、アニメみたいに、劇的な何かがあってってわけじゃない。傍にいることが当たり前で、その当たり前を確かなものにしたいって思っただけなんだよ。隣を見た時に、お前がいることが自然だ。ゲームしてアニメ見て、好きなもんの話をいつまでも出来て。

好きなものが一緒より、嫌いなものが一緒の方がうまくいくっていうけどさ。俺ら、嫌いなもんも好きなもんもほとんど同じだろ。だから、幼馴染っていう枠、取っ払ったらどうかなって思ったんだよ」

「そう思ったから、さっきそういったの?」


んー、曖昧に頷きながら優は目を伏せて口を動かす。

私より多く盛られたそれは、私の食べるスピードより遥かに速く消費されていく。


「いや、そう思ったのは、高校のときだな。さっき言ったのは、お前が恋したいっていうから」

「…え、え?なにそれ?」

「だってさ、アニメとかで言えば王道よ、俺ら。こんだけ近くにいて、幼馴染で、仲良くて。それなのにお前、恋したいってなんだよ。俺じゃない誰かに同じようなことするのかよとね、想像して、俺は見事にあの後の授業中、妄想のお前のカレシに嫉妬してました」


しっと、とオウム返しの様に呟いた。

さっきから私の持つスプーンは役目を放棄していて、反対に優はもぐもぐとひたすらにカレーを食べ勧めている。

嫉妬を、したと言った。優以外の人が私の隣で今のこの生活をすると想像したと言った。

――では、逆は?

私以外の人が今の私のポジションに立つ。私は。ずんと重くなったように感じる心臓のあたりをそっと撫でる。ああ、これは、物凄くいやかもしれない。


「もしかしたら、その逆も、あったかもしれないってことだよね」

「…まあ、そうだろうな」

「なんていうか、その。それ、大分ヤだ」


それ、で伝わったのかわからないけれど、止まっていたスプーンを動かす。大きくすくって頬張ったカレーはおいしい。当たり前だ、私も優も、この作り方で作るドライカレーが好物だから。


「あのさ、杏ちゃん」

「…はい、なんでしょうか」

「早く食べ終わってくれねえかな」

「………なんでよ」

「なんでって、抱きしめてキスしたいからに決まってんでしょ」


ごほ、と飲み込み損ねた麦茶が逆流する。なにしてんの、と呆れたような声がして膝をついてにじり寄ってきた優が私の背中をさすった。何言ってんの、とせき込みながら思う。


「これが乙女ゲームで俺が攻略対象だったら、今のお前のセリフ選択ばっちりドストライクゾーンですよ。押し倒されて花舞ってるようなスチルゲットして、特別ハッピーエンドだよ」

「おし、おしたおさ…?!」

「これは乙女ゲームじゃねえし、俺は攻略対象じゃないし、食事中だからしないけど。でも、それくらい嬉しいってこと」


何がどうして、どこがそんなに。と声にならない声で隣に座り込んだ優の肩に手を叩きつけた。ぺちぺち、という音しかしないのに、それを容易く捕まえた幼馴染は宥めるように私の頭を撫でる。


「ヤだってことは、そういう想像して嫉妬したってことだろ。俺、お前の事すごい好きなんだと思う。意識しなかったら考えなかったくらい当たり前の認識だった」

「…~~っ!」

「顔が赤いけど、大丈夫ですかー。これくらいお前らが好きなアニメのキャラとか言いまくってるだろ、耐性ついてないの」

「ばか!優のすけこまし!そんな、もう、どきどきしてきちゃったじゃない!」

「はいはい、落ち着きなさいね杏ちゃん」


ぐ、と腕を引かれてすっぽり抱きしめられた。腕の中に私の体が閉じ込められて、私とおそろいの柔軟剤の香りが包み込む。

それだけで。それだけなのに、力が入った場所からどんどん力が抜けていった。優の胸に頭を擦り付けるように寄り添った。背中をぽん、とあやすように叩く力の優しさに思わず目を閉じる。

こんなに近い距離にいたことなんて、ほとんどなかったのだ。胸がいっぱいでこれ以上は食べられそうにない。残り食べて、とぼそぼそ言えば、心底楽しげに笑った優が私を抱き込んだままテーブルに近づいた。


「俺としては、幼馴染から恋人にレベルアップして、恋人から家族っていうランクアップを狙ってるんだけど」

「………育成ゲームみたいにいうのやめて」

「そういわなかったら良いの?」


いいよ、なんて言葉は出てこなかったけれど。

代わりに目の前のパーカーを握りしめた。もっと言わないといけない言葉を私は持っている。


「多分、私も。優と同じくらい好きだと思うよ」


それを言うとき、ついぞ顔は見れなかった。

かちゃん、という音がして無言になった優が両腕で私を抱きしめる。べただよなあ、なんて笑うので、でもそういうの好きでしょと返した。少しだけ悔しそうに唇を尖らせるのが可愛くて、つい笑ってしまったけれど。


「俺と、付き合ってくれますか」

「私でいいなら、どこまでも」


その日、初めて私たちはゲームもアニメも小説も漫画もなく、ただ二人で近くに寄り添って夜を過ごした。

きっと、こういう日が増えていくのだ。


その翌日、桜ちゃんと当真君に付き合うことになったと報告した途端に目をかっと開いた二人から「何それ一から十まで詳しく説明して」と詰め寄られたのは、いい思い出である。アレは怖かった。優と二人してちょっと引きながら対応した。

そのあと祝福という名の冷やかしをくれた二人。どうも、楽しまれている気しかしないけれど。

――昨日より一歩近づいた距離がくすぐったくて嬉しかった。


当たり前は、なくても生きていける。

なかったらそれなりに日々を送っていただろう。けれど。

それでも、今の私達の関係がなかったら。こんなにも世界は鮮やかではなかった。楽しいとは、感じられなかった。共有しようと思わなかった。

だからこそ、特別なのだ。








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