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前編

幼馴染×無自覚ばかっぷるが大好きです。



変わらない距離感だと思っていた。最初から、誰よりも近かった距離は、それでもこれ以上縮まることなどないのだと。

――そして、きっとお互いに感じていた。この隣を歩くのは、これからも今隣にいるその人だということ。


***



大学生になった。とは言っても、一人暮らしになったくらいで生活はあまり変わらない。

大学の講義の合間に好きな本と漫画を読んで、友達と趣味の話をめいいっぱいして、高校生の時から続いている古本屋さんでのバイトをして、好きなものに囲まれるアパートの一室で終わる。そんな日々だ。

お昼休みにさっさと食事を済ませた私と友人は、食堂の片隅を陣取って発売された新刊を読みふけっていた。


「杏ちゃーん」

「……優ちゃーん、今いいとこ」


がたん、という音と共に私と友人の桜ちゃんの座る4人掛けのテーブルに腰掛ける私の幼馴染と、その幼馴染の友人。

だがしかし、待ちに待った新刊なので私は読み始めた漫画から目を離さない。

幼馴染――木崎優は、もぐもぐと買ってきたらしいおにぎりを食べながらカバンからゲームを取り出していた。こいつは四六時中ゲームをしているほどのゲーム好きだ。よく二人でゲーム合宿をする。合宿とは名ばかりの、ひたすらゲームをして夜を明かすという遊びである。その逆もある。ただひたすら本やら漫画を読む合宿も、随時開催中。参加者は特に募集していない。幼馴染はおにぎりを加えたままゲームを始めた。

本当に、さっき声をかけたのはなんでだ。声をかけたことを忘れたかのようにゲームに没頭する幼馴染の横顔は、真剣だ。


「授業終わったの?」

「半分次週みたいなものだったけどね。教授が時間半分で切り上げてあとは適当にって言って出てっちゃったから、お陰ですこぶった」

「あの教授、割と適当だもんね。って、それ昨日発売の乙女ゲーム!私まだ買えてないのに!」


そんな風にして、幼馴染の友人の当真君は、私の友人である桜ちゃんと昨日買ったらしい乙女ゲームについて熱く語り合っていた。

この人たちはゲームも漫画も好きだが、特に乙女系(ゲームとか少女漫画とか)が大好きな人たちである。ちなみに私はどれも好きだ。

好きなものが似通っているこの4人でつるむことが多くなったのは、大学に入学してすぐの事。私はストラップのキャラクターを通じて桜ちゃんと仲良くなり、優はゲームをあけっぴろげにしていたことから当真君と仲良くなり、そして優の部屋で4人プレイのゲームをする合宿(という名のただのゲームして休日を潰す会)を通して全員が仲良くなったのである。あの時の盛り上がりは尋常ではなかった。趣味を共有できる関係って最高!と小動物のような可愛い桜ちゃんと、王子様のような容姿をしている当真君は感激していた。ちょっと引いた。

他にも友人はいるが、アニメや漫画、ゲームや小説の話題をどっぷり語れる人はこの4人に限られてしまうので私たちはよく遊んでいる。


「杏ちゃーん」

「はーいー?」


――優が、私を杏ちゃんと、ちゃんを付けて呼ぶときは。そして私が優をちゃん付けで呼ぶときは。

大概がどちらかに何かをしてほしいと思っている時である。

一度も決めたわけではないけれども、かれこれ年齢分の付き合いから私たちはお願いをするときはちゃん付けで呼ぶようになっていた。

優はゲームから目を離さないままにぼそぼそと話す。茶髪にピアス(優のお母さんが大学デビューを!ということで無理矢理やらせたらしい。よく似合っている)にそれなりに整った顔の優は、ゲームさえしていなければモテるんだろうになあと思う。告白されることはあるのに、「付き合う時間があるならゲームをしたいし、君がゲームと漫画よりいいと思えない」とか素直にいっちゃうタイプなのである。素直というか、なんというか。好きになってくれた相手にゲームに向けるくらい誠実な対応をしてあげてほしい。ちなみに当真君も同じタイプで、類は友を呼んだ結果。


「俺、今日はドライカレーが食べたいなーって思うんだけど」

「…………」


漫画から少しだけ目を離して、思考すること10秒。

ドライカレーを作るのは優の家に勝手に決めて、家を出るときにセットしてきた炊飯器は確か2合にしておいたはずだと思い出す。そうして私も漫画に目を戻し、優もゲームを進めながら確認作業を行う。何の確認かというと、優の冷蔵庫の中身の話である。杏ちゃんご飯作りに来てくれっていうお願いが透けて見える。


「人参、玉ねぎ、キノコ、カレールーある?」

「あー、キノコとカレールーはない」

「ひき肉は?」

「あ、それもねえわ。あと俺コーン入れてほしいなー」

「それは私のとこにある。ついでにナスいれていい?冷蔵庫にちょっとだけ残ってて」

「いいよ。杏ちゃーん、俺はゆで卵トッピングで」

「ゆで卵はサラダに乗せてあげるから」


今日私にバイトがないのわかってて言ったな、と思いつつ、漫画を閉じて肩下まで伸びた髪をすくう。優と違って染めたことのない黒髪は、それでも気に入っているものだ。


「リア充爆発しろ」

「幼馴染とか王道か」

「……ん?」


そうすれば、じっとりした声が飛んできて二人して首を傾げた。桜ちゃんと当真君が口を尖らせながら私たちを見ていた。


「いや、俺リア充じゃないし」

「私も彼氏いないし」


よしクリア!とゲーム機を置いた優と、漫画を鞄にしまい込んだ私がそういえば、二人はぎょっとした顔つきで私たちを見やった。どちらかといえば、桜ちゃんと当真君の方が付き合ってるカップルに見える。話している内容は本当にものすごく乙女だし、お互いに好みのタイプが違うみたいだけど。


「………え?!」

「ん?」


桜ちゃんがとんでもなく大きい声を上げて目を見開いたので、私は彼女を見た。


「付き合ってないの?!」

「え、誰と?」

「はあああ?!」

「どうしたの、桜ちゃん…。まあでも、恋愛してみたいなーとは思うけどね」


そう言った途端、当真君が王道万歳と手を上げて、桜ちゃんは声にならない声を上げて机に突っ伏した。友人たちは今日も変人です。

そして、優は。少しだけ考えるそぶりをしながら、昼休みが終わるチャイムと共に私の頭に手を置いて授業に向かった。一回ぽん、と頭を撫でるのは、昔から変わらない。またあとでな、の合図だ。


小さなころより遥かに、大きくなった掌の熱を、私はずっと甘受し続けている。



***



「私、木崎君と杏は付き合ってると思ってた」

「何でちょっとショック受けてるの…、普通に幼馴染ってだけだよ」

「幼馴染って、アパートの部屋隣同士で借りて、休みも空いてる時間もほとんど一緒に過ごして、お互いの部屋で寝泊まりして、ご飯作るの?なにそれリアルで?それで恋愛してみたいとか言っちゃうの?」

「え、しないの?実家だったときとあんまり変わってないよ、私達の生活。バイトない日はだいたいどっちかの部屋にいたし、合宿だーって言いながらゲームしたり漫画読んだりアニメみたり」

「やっぱリア充爆発しろ…!」


どん、と拳をテーブルにたたきつけた桜ちゃんはぎりい、とまるで漫画に出てくるキャラクターみたいな反応をした。これは当真君と共有しないと、とスマフォをものすごい速さで叩いている。ちょっとテンションについていけないのは、私だけかな。


「面白がってる?」

「どちらかというと、もっと知りたい。幼馴染の生態に興味がある」

「そんな、珍獣みたいな…」


足をバタバタさせながら笑う桜ちゃんに、特に面白いこともないよ?と言いながら、私のスマフォが着信を告げたので、彼女に断わって通話ボタンを押した。

優からで、もうすぐ着くからという連絡だった。ラインやメールでいいのに、ことあるごとに電話をしてくるのは昔から変わらない。

――声が聞けた方が、安心するから。杏の声だって、思えるし。

そういったのは、確か、高校生の時だった。少しくすぐったかったことを、覚えている。


それから優はすぐに来て、桜ちゃんはバイトがあるからと帰って行った。当真君も今日はバイトらしい。二人は飲食店でバイトをしていて、私は高校生の時から古本屋さんで、優は単発のバイトを適当に入れて、そして私たちは好きなものを楽しむためにお金を稼ぐ。


二人で大学を出ながら歩く。小学校の時、手をつないで走りながら帰った。中学校の時は、手は繋がなかったけれど一緒に。高校は別々だったけれど、近い場所にあったからほとんど行事の隔たりがない限りは、私たちはほとんどの時間を共にしてきた。

でもきっと、今この日々が一番私たちが近づいているのだと思う。私が作ったご飯を食べたり、どちらかの部屋で休日を過ごして、欲しいものを買いに二人で出かけて。そこに共通の友人が参加して、みんなで遊び。好きなものを共有するときに、必ず私の傍には優がいて、優の傍には私がいた。

杏ちゃーん、と間延びした声が私を呼ぶ。

なあに、同じくらいに間延びした声が私から零れ落ちた。

大学から徒歩10分、アパートを越えて大きなショッピングモールに向かう、その道のりで。


「幼馴染からステップアップしない?」

「……………はい?」


突如投下された爆弾は、私の思考を止めるには十分だった。

優は少しだけ笑って、私の手を取って歩く。引っ張るように、けれど速度はゆっくりと。


「だめ?俺結構、有望株だと思うよ。趣味合うし、ずっと杏を知ってるし、傍にいて嫌じゃないでしょ」

「そりゃ、一番楽だしこれだけ趣味が合う人はいないなって思ってるし、小さいころから大事だし。でもそんな空気になったことなかったじゃない?」

「うん、なかった」

「なんでまた、突然。彼女欲しいの?」


ゲームが大事だとあれほど言っていたのに。ゲームに割く時間が惜しいと言っていたのに。

どういう風の吹き回しだろうと首をかしげる。掴まれた手が妙に熱い。私の前を歩くその姿に小さなころの優が重なって消える。

男の人に、なってしまったんだなあと。


「きっかけは、なんだろうなあ。でも惜しいって思ったんだよ」

「…惜しい?」

「そ。幼馴染って友達よりは近いけど、家族じゃねえし、なんの結束もないでしょ。だから、囲っとけばいいかなって」

「なるほど、わからん」


はは、と笑い声をあげて優は私を少しだけ振り返る。笑っているくせに全くもって真剣そのものの表情で。

こいびと、と口のなかでなぞる様に言葉にする。恋、漫画ではよく出てくるものなのに、現実で私がそれをするというのはリアリティがなかった。


「とりあえず、買い物終わらせよう」


ぼそぼそと苦し紛れの言い訳をして、私は逆に優の手を引っ張って早足で進む。

それでも。

それでも、この手だけは離せなかった。

後ろで息を吸い込む音がして、優は私の手を握る力を強くする。

――早く帰ろ、という言葉は、今まで聞いたどの乙女ゲームよりアニメのセリフより、甘く強く私に響いた。








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