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魔王の心臓  作者: 犬太郎
第一章 レクタリアの騒乱
3/3

3.姫と魔術師

「お」

「お?」

「美味しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」

「そりゃ良かった」


 一悶着ありながらもお互いの自己紹介を終えた二人は、取り敢えず腹ごしらえをしようと焚き火を挟んで向かい合って座っていた。


「本当に美味しいわ!今までこんなの食べたことない!ちょっと不思議な味だけど全然イケる!」

「まだまだ沢山あるからじゃんじゃん食ってくれ」

「ありがとう!それにしても不思議な食材ね。これってなんの肉なの?」

「蛇」

「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」


 盛大に吹き出した。


「きたねえなあ」

「ああああアンタなんてもん食べさせてくれてんのよ!!蛇!?蛇ですって!?そんなものをここここの私に食べさせたワケ!?殺す気なの!?むしろ殺されたいの!?」

「おいおい、蛇は意外と栄養があって滋養強壮の効果もあるんだぞ。それにさっきまであんたもうまいうまいっつってがっついてただろ」

「がっついてなんかないわよ失礼ね!くっ・・・・・・まあいいわ。美味しかったのは事実だし。毒は入ってないんでしょうね?」

「心配すんな。ちゃんと毒抜きは済ませてある」


 そういうとユーマは串に通した蛇の白焼きを何本か食べる。


「・・・・・・まあ、毒が入っていないんなら・・・・・・・・」


 と、改めてカレンは蛇料理を手に取り、恐る恐る一口齧る。やはり、美味い。しかし、蛇。蛇・・・・・うぅ・・・・・・


「まあ嫌なもんを無理してまで食うことはないさ。んじゃこっち食うか?」


 そう言われて差し出された団子状の串料理を受け取る


「あ、ありがと。・・・・・・あら?これも結構な美味しさね!外はパリッとして香ばしいけど中はとってもジューシーで!これは何なの?」

「蛙」

「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!」


 二度目の大噴火


「アンタいい加減にしなさいよね!そんなにこのあたしにゲテモノ料理を味わわせたいの!?なんかあたしに恨みでもあるワケ!?」

「いやー、蛙は蛙で食材としては結構優しゅ」

「黙りなさい!一応助けてもらった恩もあるし服の着付けも手伝ってもらったから出されたものは好き嫌いせずに頂こうと思ってたけどもう堪忍袋の緒が切れたわ!そこに直りなさい!成敗してあげる!」

「わかったわかった。わかったから落ち着けって。今度からはなんの食材か教えてから渡すようにするから。それでいいだろ?」


 そう言われてカレンは


「まぁ、出されたものが何なのかわかるなら・・・・・・」


 そう言って渋々と座った。なんのかんの言いながら美味しかったのだ。先ほどの蛙も。蛙なのに。


「そろそろ煮込みは充分かなっと」


 ユーマが焚き火にくべられている大きな鍋の蓋を開けると、得も言われぬ濃厚な香りが立ち込めてきて、その香りから想起させられる味を想って改めて空腹が刺激される。


「こ、これはまた随分と美味しそうじゃない。中に見えるお肉は何の肉なの?」

「猪だよ。猪くらいなら食ったことあるだろ?」

「あ、ああ。猪なの。そう、猪なのね。ふーん」


 猪なら確かに食べたことがある。確か以前に父が趣味で獣狩りに行く時にわがままを言って連れて行ってもらった時、一緒について入った地元の猟師が仕留めてくれて、みんなで食べたのだ。あの時の猪肉は正直筋張っていて臭みがあり、あまり好きにはなれなかったのだが・・・・・・


「ほらよ」

「あ、ありがとう」


 少し大きめの器に盛り付けられて渡されたそのスープには沢山の野菜と猪肉が入っていて、そのいい香りに意を決して一口食べてみると、目を見張るほど美味しかった。

 かれこれ3日ほど、ほとんど飲まず食わずだったこともあってか久しぶりのまともな食事は驚くほどに美味しくて、まるで自分の意志ではないかのように食が進み、気づけば三杯目のおかわりを申し付けてしまっている自分に気づいたところで


「それで、あなた・・・・・・ユーマはなんでこんなところにいるの?」


 という質問に、ユーマは少し考える素振りを見せながらも答えた。


「もう大体察してはいると思うけど、俺はこの国の人間じゃなくてね。南の方から来たんだ」

「南っていうと、この国から一番近いのはペレグラム王国ね。そこの人?」

「んー、まあそんなとこ。で、ちょっと行きたいところがあって北を目指しているんだけど、そこに行くにはレクタリア王国の王都を抜けて北の関所を通らないといけないんだが、どういうわけかここの国が今妙に騒々しくて、余所者は入れてくれないんだと。で、どうしようかなと考えているうちに腹が減ってきて、取り敢えず近くの森で食いもん探してたら川の近くにこの洞窟を見つけ、野営していたというわけ」

「そう・・・・・・」


 きっと今頃王都では大変な騒ぎになっているはずだ。なにせ国を上げての盛大なパーティーの最中に王族が自分を除き全員暗殺されたのだ。その事実を改めて思い出して泣きそうになる。怒りと悔しさで叫びだしそうになる。

王都の検問が厳しくなっているのも、恐らくは自分を捕まえるためなのだろう。きっと街の中には、自分を見つけ出そうと血眼で探しまわってる兵士達で溢れかえっているに違いない。


「で?」

「え?」

「俺は野営にも飽きてきたし、そろそろ動こうと思っているんだが、あんたはどーすんだ?そういえば名前もまだ聞いてないし」

「あ、あたしは・・・・・・」


 何か応えようとして、固まる。王族である自分が、今この状況で軽々しく本名を伝えるのは得策でないように思えたし、それに・・・・・・


(いったい自分はこれからどうすればよいのだろう・・・・・・)


 恐らく王都に入れば捕えられ、処刑される。それはわかる。しかし王族である自分に他に行く宛などない。仮に他国に亡命しようとしたところで、身分を証明出来るものを何一つ持っていない今の自分を匿ってくれるような国があるとはとても思えなかった。


(こんなことなら、無理にでもお父様の親善訪問に付いて行っておくべきだったなぁ・・・・・・)


 他国の王族にせめて顔だけでも覚えてもらえておけば、もしかしたら悪いようにはされなかっただろうが今となっては後の祭りだ。


(ん?他国といえば・・・・・・)


 カレンは、大人しくこちらからの言葉を待っているユーマを見返してみた。


(そういえばユーマは北へ何しに行くんだろう?何かやりたいことがあるって言ってたみたいだけど・・・・・・)


 この際、思い切って聞いてみることにした。


「ねえ」

「ん?」

「ユーマは、北の方へ行って何をするつもりなの?」

「おいおい、自分は名乗りもしないのにまた質問か?」

「いいから答えて」

「ま、いいけどね。ちょっと待ってろ」


 そういうとユーマは洞窟の奥に置いてあった重そうな鞄を持ってくると、その鞄の中身を地面の上に出して見せた。


「なっ!?こっこれ・・・・・・魔鉱石!?」


 出てきたものは、大小様々、色とりどりの魔鉱石だった


「す、すごい・・・・・・こんな大きなものまで。それによく見ると純度もかなり高い。一体こんなものをどこで買ったの?ていうかよくそんなお金持ってたわね」

「いや、自分で調達したんだけど」

「ええっ!?だ、だって魔鉱石って、魔物の体の中で生成されるものでしょ?これほどの大きさの魔鉱石を生成出来るほどの魔物って、一体どれほどの大物だったのよ!」

「こいつはなんだったっけなー。確かグリフォンだったと思う」

「はぁ!?!?」


 グリフォンといえばアレだ。獅子の体躯に大鷲の頭部を持ち、優美な翼で大空を駆けまわる怪物。その勇壮な姿は人々に畏怖を抱かせ、国によってはシンボルとして扱われることさえある聖獣。別名「空の公爵」。


 それを・・・・・・?


 倒した・・・・・・?


「・・・・・・嘘じゃねーぞ」


 あからさまな不信感が顔に出ていたのだろう。憮然とした表情でユーマが言った。

 信じられなかった。相手はあのグリフォンなのだ。昔よく遊びに行っていた兵士達の訓練場で何度も耳にしたことがある。グリフォンは、よく鍛えあげられた兵士が百人ほど集まって、ようやく撃退できるかどうかといった怪物らしいのだ。


「ま、まさか・・・・・・1人で?」

「んなわけねーだろ。当時は俺もまだガキだったし、他に仲間が5人ほどいたよ」


 5人で。グリフォンを。倒した?


「嘘ね」

「まあ、別に信じてくれなくてもいいけど」


 とは言ってみたものの、別段ユーマに嘘を付いているような雰囲気は感じられなかった。仮に嘘だったとしても、そんな嘘をつくようなメリットはユーマには無いはずだ。


「それで、その魔鉱石を持ってどうするの?」

「商売さ。ここから北にある中央大陸で、こいつらを売った金を元手に冒険者ギルドや交易商ギルドに加盟して身を立てようと思ってな」

「なるほど。あなた冒険者だったのね」


 この世界で冒険者といえば、最もポピュラーなのはトレジャーハンターだ。世界各地の遺跡を巡って旅をし、見つけたお宝を売りさばく。もちろんお宝を見つけるだけでなく、人によっては歴史的な遺産や新しい発見を求めて危険な場所に赴く人もいる。後は魔物を退治して、魔法を使用するために必須の魔鉱石を収集して魔術師ギルドに提供したり、傭兵として戦争での報酬を得たり。そしてそれらの大半は冒険者ギルドに加盟して、様々な依頼をこなしつつ生計を立てているのだという。


 カレンはユーマを改めて観察してみた。そして観察してみて気づいた。年は若そうだが、その若さに感じられるような未熟な雰囲気があまり感じられない。背はそれほど高くないが体つきは結構がっしりとしており、かなりの筋肉質で華奢な印象を感じさせない。よく見れば首周りや露出している腕にも細かい傷跡が沢山見受けられた。思いの外たくさんの修羅場をくぐり抜けてきているのかもしれない。


 先ほどのグリフォンの話が嘘だったにしろ本当だったにしろ、それなりの実力は確かに持っているようだ。だとすれば自分は・・・・・・


「・・・・・・・・・・」


 自分は――


「ねえ。ユーマは、本当にここレクタリア王国の人間ではないのね?」

「ん?だからさっきからそう言ってるだろ?」

「・・・・・・・・」


 これは賭けだった。一つでも間違えれば、自分の命はあっという間に散るだろう。でも――


「私は・・・・・・」

「うん」

「私は、レクタリア王国第一王女、カレン・ゲットルーデ・レクタリアよ」

「!・・・・・・へえ」


 名乗った。本当の自分を、ありのままに。

 ユーマは最初、やはり多少は驚いたのか軽く目を見開いたものの、そのまま何も言うことなく待機の姿勢を取った。話せということなのだろう。王女様がこんなところで、こんな格好で、何をしていたのかを。


「3日ほど前、国を挙げての私の誕生日記念パーティーが催されたわ。でもそこで私の両親と兄が暗殺された」

「・・・・・・・」

「私は側近のギリアムと共になんとか王都を逃げ出して、この三日間、森の中を逃げまわったわ。その途中でギリアムたちとはぐれてしまって、1人でずっと森の中を彷徨っていた。でも、程なくして追われていた兵士達に見つかり、崖の淵に追い込まれた」

「なるほどね。それで川に身を投げ、流されてきたところを俺が発見したってわけか。無茶すんなあ」


 本当に、無茶苦茶な話だった。一歩間違えばいつ死んでもおかしくない状況だ。そもそも、こんな荒唐無稽の話をいきなり聞かされて信じる人間がどこに


「で、お姫様はこれからどうするんだい?」

「え?」

「いや、え?じゃなくて。このまま国に戻っても命が危ないんじゃないか?それともどっか行く宛でもあるのか?なんなら親交の深い国に亡命するのもアリだと思うぞ」

「・・・・・・信じてくれるの?」

「あぁ?この状況であんたがそんな嘘ついてどうすんだよ。状況が状況だしな。見るにその服、もうボロボロで見る影もなくなっちまってるけど、結構なお高いドレスだったんじゃないか?それに王都の様子もおかしい。何かあったんだろうとは思ったが、まさか王族が暗殺されていたとはなあ。これで合点がいった」


 その言葉に、少しだけ泣きそうになる。ユーマがまだ自分の味方だと決まったわけではないが、まさかこんなところで自分の心配をしてくれる人に出会うとは思っていなかったのだ。


「あの・・・・・・・それで、なんだけど」

「ん?」


 挫けそうになる自分の心を押し殺して、言う。次の一歩を踏み出すために。


「あなたを・・・・・・雇いたいの」

「・・・・・・・・・・・」


 落ち延びたとはいえ、自分は王族。王族には王族としての果たすべき責任がある。だから。


「あなたを護衛として雇って、もう一度王都に入ろうと思う。そこで、確かめたいの。なぜ両親と兄は殺されたのか。殺した奴らは誰なのか。これから・・・・・・・これから自分は、どうすればいいのか・・・・・・・」


 言った。これでもう後戻りは出来ない。ユーマはこの国の人間ではないから、別にカレンの言うことに従う必要もない。ここで別れて自分のことを街の兵士達に知らされたら終わりだ。それどころか、自分を捕えて犯人に突き出し、報奨を得ることだってできるかもしれない。それにもし万が一了承してくれたとしても、今度はユーマの命も危険に――


「よしわかった。いいぜ」

「そう。そうよね。やっぱり・・・・・・って、ええっ!?早っ!えっいいの!?」

「何だよ随分な驚きようだな。まあ確かにこんな依頼を受けるような奇特な冒険者なんかいないだろうしな」

「じゃ、じゃあなんで・・・・・・?言っとくけど、かなり危険な依頼よ?いつ命を狙われてもおかしくないのよ?」

「命を狙われるのは気持ちのいいもんじゃないが、王都に入りたいってところは利害が一致しているわけだしな。それに、別に何も戦いに行くわけじゃないんだ。やり方一つでどうにでもなるさ」

「やり方一つって・・・・・例えばどうすんのよ?」

「んーそうだなあ。例えば、この洞窟の入り口の辺り、まだあんたが気を失っている間にどうやらあんたを探しているらしい兵隊さんたちが行ったり来たりしてたわけだが」

「ええっ!?」

「ああ大丈夫。そんな緊張しなさんな。ちょっと仕掛けがあってな。見つからなくて諦めたのか今はもう誰もいないから、ちょっと外に出て確認してみろ」


 そう言われてカレンは恐る恐る洞窟の外に出る。


「別に、何もないみたいだけど・・・・・・」

「そか。そりゃ悪かった。んじゃ戻ってきて」

「はぁ?ってあんたね。こんな時に何呑気に冗談言って・・・・・・へ?」


 そう言って振り返ったカレンの口から、自分でもこんな声が出せるのかと思わず可笑しくなるような間抜けな声が出てしまった。


「なっ、無い!?ええ!?洞窟の入り口が無い!!さっき私は確かにここから出てきたはずなのに!!」

「へっへっへー。これがまあその仕掛けなわけなんだけど。な?これなら絶対見つからないだろ?」


 という呑気な声が岩壁の向こうから聞こえてくる。


「い、一体何をしたの!?っていうか中に入れなさいよ!!一応私お尋ね者なんだからね!!」

「わかったわかった。それじゃそのまま真っすぐにこっちに向かって歩いてきてみ?」

「何言ってんのよ!そんなことしたら岩にぶつかっちゃうじゃない!」

「だーいじょうぶだって。いいからいいから」


 納得がいかないものの、確かにいつまでもここにいるわけにはいかないカレンは、おっかなびっくり岩壁に向けて歩き出した。このままでは岩壁にぶつかってしまう。ぶつかって・・・・・・ぶつか・・・・・・


「・・・・・・・・へぁ?」

「おかえり」


 すり抜けてしまった。


「ど、どういうことなのっ!?」

「まあまあ落ち着け。ちゃんと説明するから」


 そう言いながらユーマは再び焚き火の側に座る。


「蜃気楼って知ってるか?」

「話には聞いたことがあるわ。なんでも砂漠とかで稀に見ることがある、大気中の光が屈折して見ることの出来る幻のことよね?」

「ご名答。原理的にはその蜃気楼と同じだ。光の屈折を利用して入り口に岩壁の幻を作り出してる」

「でも、一体どうやって・・・・・・」

「こうやってさ」


 そういうとユーマは魔鉱石の一つを取り出して何事かつぶやく。すると魔鉱石は淡い光を発して輝きだした。途端に焚き火の炎がみるみる大きくなっていき、天井に届くほど巨大な炎の塊になっていった。しかしこれほど巨大な炎の塊が目の前にあるというのに全く熱くない。幻だ。

 もう間違いなかった。薄々と、そうではないかと思っていたが・・・・・・


「魔術・・・・・・」

「正解」

「あなた・・・・・・魔術師だったのね」


 この世界で魔術師はかなり希少な存在だ。なにせ魔術を行使するためには魔物から採取できる魔鉱石が絶対不可欠だし、その魔鉱石の値段は小さなものでも驚くほど高い。仮に運良く魔鉱石が手に入っても、それをまともに扱うことが出来るようになるためには長い年月をかけて修練と研鑽を詰む必要がある。そうやって収めた魔術の業は、友好者には多大な恩恵を。敵対者には絶大な驚異を与えることが出来る。それ故魔術師はどこの国でも諸手を上げて歓迎される。魔術の発展は即ち国の発展であり、例え未熟な者であっても、魔術を収めているというだけで雇用の口は腐るほどあるのだ。


「でも、魔術師というならどうして国に仕えないの?あなたを雇い入れてくれる国は多いでしょうに」

「うん。確かに、安全且つ安定した生活を送りたいだけならその方がいいだろうな」

「じゃあどうして?」

「誰かに飼われて生きるのが嫌なだけさ。世界を気ままに旅しながら自由に生きるのが性に合ってる気がするからね」

「ふーん」

「それに・・・・・・」

「それに?」

「・・・・・・・・いや、なんでもない。まあ中央大陸に行きたいのは魔術の研究が盛んなところだからって感じかな」

「そう」


 なるほど。ユーマが北の方にある中央大陸に行きたいのは分かった。そしてそのためには王都の北にある関所を通るためにまずは王都に入る必要があるということも。ただ、やはりどうしても命の危険を犯してまで王都に入る必要があるとも思えないのだが・・・・・・。


「まあ、いいわ。わかった。それじゃあ、その魔術を駆使して王都の中に潜入するのね?」

「おっ、理解が早くて助かるなあ。そういうこと。といっても、使う魔術は変装用の幻術だけだけどな」


 そういうとユーマは鞄の中から指輪を一つ取り出して、カレンに差し出してくる。


「これは?」

「それは幻術用の魔力回路が組み込まれている指輪だ。効果は1日しか続かないけど、嵌めこまれている魔鉱石を取り替えればまた使える。試しにちょっと変身してみるといい。」

「えっ?でも、どうやって・・・・・・」

「なってみたい姿を思い浮かべろ。なるべく具体的に、強くイメージするんだ。で、頭の中でイメージできたらこう唱える。イス・カ・レーラ」


 よくわからなかったが、取り敢えず物は試しだ。カレンは指輪を着けると変身したい姿を思い浮かべようとした。


「んー・・・・・・ぬぬぬ」

「少しアドバイスだけど、慣れないうちはなるべく現在の自分の身長や体型に近い姿をイメージすると上手くいきやすいぞ」


 言われて、自分がなってみたい姿を具体的にイメージしてみる。試してみたいのは、よく祝い事などがあるときに王宮に呼ばれていた踊り子だ。しなやかで引き締まっており、それでいで出るところはちゃんと出ている理想的なプロポーションの女の子。名前はもう忘れてしまったが、初めて彼女を見た時から女だてらに自分もあんなふうになりたいと憧れたものだ。以前に見た時は何年も前だったが、今なら身長も体格もそんなに変わらないはず。プロポーションは・・・・・・あー・・・・・・うん。


「んぬー・・・・・・・!」

「そろそろかな・・・・・・よし!呪文を唱えてみろ!」

「イス・カ・レーラ!」


 呪文を唱えると、指輪から光が溢れだしてきてカレンの体を包み込む。やがてその光が収まっていき、カレンの姿が見えると、そこには健康的な美しさを溢れさせた魅惑的な踊り子が佇んでいた。


「ほー。初めてにしてはなかなか。いや、魔術の素人にも使いやすいよう改良したとはいえ結構すごいんじゃないか?かなり良くできてるぞ」

「え?そ、そう・・・・・・?」


 カレンが自分の体を見下ろしてみると、健康的な肌の豊満な胸が視界に飛び込んできた。


(うおっ、でかい・・・・・・そして重い・・・・・・)


 第三者から見る視点と当事者の視点では随分と胸の印象は違っていた。そしてこの幻術は変わった分の重量も感じるようにできているようだ。そのまま腕や腰、脚などを確認していく。全て問題なく変化できているようだ。後は・・・・・・


「ほれ、鏡」


 ユーマが少し大きめの鏡を取り出して見せてくれる。


「ふわぁ・・・・・・」


 思わず感嘆のため息が漏れた。鏡に写っていたのは紛れも無くあのとき目にした、憧れの美しい踊り子だったのだ。ポニーテールにした躍動感のある長く美しい桃色の髪、勝ち気で意思の強そうな切れ長の目、すっと通った高い鼻梁に蠱惑的な赤い唇。


「これが・・・・・・わたし?」

「いやおめーじゃねーけどな」


 ユーマの無神経なツッコミを華麗に無視してしばし踊り子に変身した自分の姿に見とれていたカレンはふと気になったことを聞いてみた。


「ねえ、これ体重とかも変わってるみたいなんだけど、もしかして身体能力にも影響があったりするのかしら」

「いや、この魔術で変わるのは姿と体重だけだな。確かに身体能力や持っている技術もコピーできればその汎用性も格段に上がるんだが、この世界の技術ではまだ不可能だろうな。やるにしても、恐らく破格の代償が必要になってしまうはずだ」

「ふーん、そう。残念」


 ユーマの言い回しにほんの僅かな奇妙な違和感が感じられたが、気のせいだろうと思い流す。もし身体能力や技能までコピーできるなら踊ってみたかったなーなどとカレンがぶつぶつとつぶやく。


「まあそんなわけで、その魔術で変身してもらってから街に潜入しよう。方法は、そうだな・・・・・・なあ、王都にいる貴族の中で、取り立てて重要視されているわけではないが決して無視できるほど立場が低いわけでもない貴族って誰か知ってる?」

「またずいぶんと中途半端な貴族ね。その規模だと、ステアリー男爵あたりが妥当じゃないかしら」

「よし、その男爵さんの詳しいプロフィールはあとで教えてもらうとして、カレンはその男爵さんに気に入られてお忍びで呼ばれた踊り子さんで、俺はその護衛兼お目付け役。二人は南のペレグラム王国からやってきたものの、街がこんな状態で入れなくて困っている。しかしあまり男爵様をおまたせするわけにも行かないから多少の手付金を門番の兵士に渡して潜入っと」

「雑な計画ね。本当にそれで大丈夫なの?」

「大丈夫だって。計画そのものは雑かもしんないけど、意外となんとかなるもんだぜ」

「まるで過去にも何度かやったことがあるみたいな言い方ね・・・・・・」


 なんとなく作戦に不安が残るものの、もうここまで来たら後に引くことは出来ない。


「まあいいわ。決行はいつにするの?」

「そうだな。今日はもうそろそろ日も暮れるし」

「えっあたしそんな長いこと気を失ってたの?」

「まあ仕方ないさ。三日間飲まず食わずで必死に逃げまわってたんだろ?多分まともに睡眠も取れてなかったんじゃないか?その疲れが一気に出たんだろ。何も問題はない」

「そ、そうなのかな」

「だからまあ、今日一日は体力の回復に当てよう。どうせ日が暮れれば検問も更に厳しくなるだろうからな。決行は明日の朝だ。それまでにやれることは細かい所の情報のすり合わせくらいだな」

「そう・・・・・あっ!」


 話しているうちに、カレンは大事なことに気づいた。


「ん?どした?」

「あ、いや、あの・・・・・・お金・・・・・・」

「金?・・・・・・ああ」


 そう。今現在カレンは無一文なのだ。冒険者の、それもこれほどの幻術を使いこなせるほどの魔術師を雇えるほどの大金とは如何程のものなのだろう・・・・・・。


「あ、あの!報酬は・・・・・・」

「うん」

「そ、その・・・・・・今は全然持ち合わせが無くて・・・・・・」

「まあ、そうだね。見ればわかるよ」

「一応、お城に戻れれば多少の蓄えがあるはずなんだけど、もしそれで足りなかったら――」

「その時は当然!カ・ラ・ダ・で!払ってもらう!」

「ひぃ!ケ、ケダモノぉ!」


 絶対に負けられない戦いがここにある。


「さて、そうと決まったら残りのメシも食っちまおうぜ」

「あ、あんたまだ食べるつもり!?さっきまで結構食べてたじゃない!!」

「魔術ってのは想像以上に体力使うんだよ。食える時に食えるだけ食っておかないとな。いつまた魔力が必要になるかわからねーだろ」

「あたしは魔術で変身してるけど全然疲れてないわよ?」

「そりゃ予めその指輪の魔鉱石に補充されてた魔力を消費して使った魔術だからだ。間違ってもおめーが使った魔術じゃないからな。おめーはただその魔術を起動しただけ。勘違いすんなよー」

「う、うっさいわね!魔術のことなんかこれっぽっちも知らないんだから仕方ないでしょ!それと、あたしにはちゃんと敬愛する両親から貰ったカレンって名前があるの!ちゃんとカレンって呼びなさいケダモノ!」

「へいへい。俺はユーマだ。ユーマって呼んでいいぞカレン」

「まったくもう!」


 飄々としたユーマの態度にぷりぷり怒りながら、カレンもまた美味い食事に再び没頭した。


(それにしても無駄に美味しいわね・・・・・・どうやって料理したのかしら・・・・・・)


 そしてその料理を食べながら、明日の作戦に思いを馳せる。不思議なことに不安も緊張もしていない自分に軽く驚いていた。


「これも、ユーマのおかげなのかな・・・・・・?」


 当のユーマが驚異的な早さで驚異的な量の料理を口の中に放り込んでいる緊張感の無い様子を眺めながらカレンは思った。


「いや、うん。ないわね」

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