1.月下の姫
一体何故、こんなことになってしまったのだろう・・・・・・
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・・くっ!はぁ、はぁ・・・!」
全てが輝いていた。何もかもが煌めいて見えていた。
「いたぞ!こっちだ!」
「捕えろ!殺してしまっても構わん!首だけ持ち帰れば証拠になる!」
誰もが笑っていた。幸せそうに。こんな日がずっと続いていくと、本気で信じていた。いや、思い込んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、なんで・・・・・・なんでこんなことに・・・・・・!」
暗い森の中を何度も転びそうになりながらも必死に駆ける。
酸欠で視界が霞む。疲労で今にも倒れそうだ。酸素を取り込もうと必死に呼吸を続ける喉も焼けるように熱い。
そして必死に駆けながら思う。一体これは何だ・・・・・・と。
何故自分は今、こんな状況に追い込まれているのか・・・・・・と。
「この先は崖だったな。おまえたちは右から回り込め!左側は仲間がいるはずだ!このまま囲い込むぞ!」
「はっ!」
そう。追い込まれている。
追い込まれているのだ。
つい3日ほど前まで王族だった自分が。
その時までは配下であったはずの者達に。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・!?」
急に開かれた場所に出た。あまりに唐突だったために戸惑って足を止めたのが幸いした。何も考えずに走っていればそのまま崖下の川の激流に飲み込まれるところだった。
「おや?鬼ごっこはもうおしまいですかな?王女殿下」
「・・・・・・バートラン」
バートラン・クリディウス・ロッド。ほんの三日前まで父王の近衛騎士隊長を務めた男。
「なぜ・・・・・・あなたまでこんな・・・・・・?」
「王女殿下がお知りになる必要はございません。知ったところで何も出来ませんでしょう。何より、あなたはここで死ぬのですから」
「我が身可愛さに悪魔に誇りを売ったか!下郎め!」
「ああいけませんなあ姫。姫には笑顔がお似合いでございます。あの愚鈍で間抜けな国王の娘に相応しく世間知らずで無知蒙昧な間抜け面でへらへらと笑っていただかねば配下の者達が悲しみますぞ?今宵も酒の肴にしようと思っていた姫の間抜けな笑い顔が見れなかったと」
「きっ、貴様・・・・・・!」
「さあ、そろそろいい加減にお縄についてくださいませ姫。あまり大人を困らせるものではございませんぞ。大人しくしてくださるならば無下にしたりはいたしません。せめて最期くらいご家族の元で安らかに逝かせてさしあげましょう。」
怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。信じていたもの全てに裏切られ、奪われ、挙句こんなところでこんな男に殺されようとしている。いっそ笑い出してしまいたくなるくらいに・・・・・・
「・・・・・・ふふっ」
「何が可笑しい?ついに気でも狂ったか?」
「あっははははは!何が可笑しいかですって?可笑しいに決まってるわ!これが笑わずになんていられるはずないじゃない!」
突如笑い出した王女に訝しげな視線を向けるバートランとその配下たち。
「滑稽に過ぎるわよバートラン」
「何だと?」
滑稽だった。何もかもが。
「所詮は近衛騎士でしかない粗暴で野蛮で下品な男がいくら紳士ぶってみたところで程度が知れていると言っているのよ」
「何だとこのクソガキ」
信じた者達に裏切られた自分。王族を根絶やしにしようと殺気立つ配下であった者たち。女一人を殺すために大勢で崖に追い込む男たち。何から何まで全てが滑稽でしかなかった。
「確かに私はここで死ぬんでしょうね」
もう、どうでもいい。
もう、疲れた。
「だから」
でも・・・・・・だからこそ・・・・・・
「そんな下賎なあなた達に、見せてあげる。あなた達がかつて仕えた王族最後の生き残りの、その死に様を」
こんな奴らなんかに、死んでもこの首を渡してなんかやるものか。
優雅に――
華麗に――
目を見張るほど繊細に――
一礼
月下に照らしだされたその芸術と見紛うばかりのあまりにも洗練された挙動に、つい先程まで自分を殺そうと殺気立っていた兵士たちの目は奪われ、全員動きを止めて魅入ってしまっていた。
小娘なれど、曲がりなりにも王族。
そろそろ大人の女性らしい丸みを帯びてきはじめたとはいえ、未だ歳相応に小柄で華奢な体には、しかし、確かに王者としての威厳が秘められていることを否が応にも感じさせた。
そして――
「なっ!?」
一気に崖から飛び降りた。
暗くて良くは見えないが、聞こえてくる音から察するに川の流れはかなり激しいようだ。これは、さすがに助からないかもしれない。
しかしこれでいい。あんな奴らに大人しく殺されてやるくらいなら、せめて最期まで足掻いてやる。
上の方からバートランが半狂乱で配下を怒鳴りつけながら指示を出しているのがわかる。ふん、いい気味だ。この川の激流なら死体が浮いてくる可能性も低いだろう。それに、水を吸ってブヨブヨにふやけた水死体は見分けがつきにくいと以前に王室努めの学士に聞いたことがある。ならば万が一自分の水死体が上がっても、それをもって王女の死体だと証明するのは難しいだろう。
短い間にそこまで考えてから崖の底へと目を向ける。
深い闇がそこにはあった。
底など無い無限の闇に堕ちていくような錯覚を覚えながら、しかし悲鳴は上がらなかった。不思議と死ぬことは怖くなかった。ただ、どうしようもない悔しさだけが胸の中を支配していた。
―――そして、私は闇に飲まれた。
はじめまして。小説初書きでございます。なるべく破綻のないようにゆるりゆるりと書いていく所存です。
筆が遅いので更新は不定期ですが、なるべく週一で更新できたらいいなと思っております。更新がなかったら・・・・・・察してください(笑