第二章『前代魔王の死』:-001-
どうやらそんな時代があったらしい。
「うぅ……魔王様……お労しや……」
自分で話して自分で悲しんでいる。
最後の魔王が死んだと言うところ以外は、元々この人間界にあった昔話と言うか逸話だそうだ。そんな歴史的事実はなかったと思うのだけれども、歴史に全く詳しくないオレが一概に無い、と断言することはできなかった。そもそも逸話らしいし、歴史の教科書に載せる程のものではなかったのかもしれない。
そんな重大で壮大な前世の物語を聞かされたオレは実感が湧かなすぎて、本当にお伽話にしか聞こえない。
と言うか今聞いた話だと魔王が完全に悪いやつじゃないか。
いや、そもそも戦争にどちらが悪いかと言うのは存在しないのだろう。ならば自国の王が死んで悲しむのは普通なのかもしれない。
「で、オレはその魔王の生まれ変わりだったってことか……」
はい、と犬耳の少女が頷く。ぴょこぴょこと動く耳。
「でも、記憶は引き継がれなかったみたいですね……。普通は勇者のように記憶も引き継がれるのですが」
「ああ、だから実感が湧かないし、やっぱり何かの間違いじゃないか?」
「いえ、それはありえません。主は間違いなく魔王ルシファーの生まれ変わりです」
ヤケに自信がある言い方だ。何か根拠が――
「なるほど……お前か」
オレが勇者に殺されかけた時、この子は突如としてオレの目の前に現れた。その事実がオレが魔王だという揺るがぬ証拠なのだろう。
犬耳の少女はまた頷き、尻尾をふる。振り子のようにテンポ良くふられたその尻尾に思わず目が行ってしまう。
「私をメタモルフォーゼさせた。それはつまり主に魔王の力があると言うことですね」
「メタモルフォーゼ?」
何だそれは小説の名前か?読んだことはないけれど。
「マインドメタモルフォーゼ。魔王のみに使える、使い魔を生み出す為の固有大魔法です。私はあの橋の下に居た犬の中の一匹ですよ」
この犬耳娘はやはり、あの子犬だったのか。毛も白いし、気のせいか目も似ている。
しかし魔法だって?それってつまり……
「オレ……魔法を使えるのか!?」
「使えますよ。召喚魔法、炎魔法ならきっと造作も無いと思います」
「マジカヨ……」
全男のロマンである魔法が使えると言うのはかなり嬉しい。オレも子供の時はよく、木の棒を杖に、魔法使い映画の真似をしていたものだ。
「どうやって使うか教えてくれないか?」
「……えっ?」
「あれ?お前も魔王の使い魔だから使えるんじゃないのか?」
暴れまくっていた尻尾が止まり、しょんぼりし始めた。どうやら使えないらしい。
「そっか……」
「すいません……私はまだ魔力を作り出せないので、主の望む魔法は出来ないと思います……」
「いや、いいんだ。それより、これからどうしようか……」
今は十時過ぎ。川から上がって大体二、三時間気を失っていたみたいで、雨も既に止んでいた。
オレの平凡な人生を勇者の魔法によって、本当に燃やされた事をあざ笑うかのような三日月が高く昇り、オレ達以外に誰も居ない川岸を照らしている。
月を眺めていると、彼女も何を見ているのかと気になって空を見上げる。
「まず京に向かいましょう」
「京?京って京都のことか?」
オレが住んでいるのは東京都。まさかそんなに遠出になるとは思わなかった。
「はい、あそこは魔界と人間界をつなぐ転送陣があるのでそれを使って一旦、魔界に帰りましょう。入ってしまえばここよりはずっと安全なはずなので」
帰ると言っても魔界に居た頃の記憶のないオレにとってはこの人間界が故郷なのだが……。
「ここから歩いてどれ位かかりますか?」
歩く気でいる。何度も言うがここは東京だ。京都まで徒歩で向かうと三日以上はかかる。体力も持たない。
「歩いたら遠いよ。高い上にまだ動いてるかわからないけれど、新幹線を使おう」
犬耳がピクリと動く。
「……しんかんせん……ってなんでしょう?」
どうやら前代魔王が死んでから、魔界と人間界の間に交流は無いようだった。
オレはびしょびしょに濡れたバッグを拾って立ち上がる。
それと、これは関係ないことなのだがちょっぴりアホな子は見ていると結構可愛いものだと思った。
オレは潜在的にロリコンの才があるのかもしれない。そんな事を自分で思って自分でドン引きしていた。自分で言って自分で笑うやつよりも惨めな気がする……。