第一章『魔王復活』:-001-
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オレの名前は鬼灯 節嶐。
今さっき知ったのだがオレはどうやら普通の高校生じゃなかったらしい。まだ確証ではない。
ただし、ただ事ではないのは確かで、尋常じゃない程の殺気の目を向けられたり、火の玉を投げつけられたりし、自分の名前とは別の名前で呼ばれた結果、オレが自分自身も普通ではなのかもしれないと思ってきているだけだ。
こんなフィクションのような出来事、重大な証拠がなくともそう思ってしまうではないか。そもそも、コレが現実なのか、はたまたどこかで転んだ拍子に気絶している最中の夢なのか……とりあえず、例え現実でも夢だとしても、今起こっている出来事は、普通ではないのだ。
爆音の中、住宅街を逃げまわる。流れる汗の所為で冷たい風がより冷たく感じるが、真後ろから絡みついて離れない殺気が、粘着くくらいに伝わってくる。いや、今はそんな事を思考している場合ではない!死ぬ物狂いで右足を、左足を、自分にできる精一杯の早さで前へ前へ進めていく。
今オレは、勇者と名乗るやつから攻撃を受けている!!
事の発端は三時間前。オレが学校から帰る帰路での事だ――
「あーあー、今日もつまんねー一日だったな。せめて一緒に帰ってくれる可愛い幼なじみが居てくれればなぁ……。はぁ……」
そんな事をつぶやく。学校はつまらない。ただ勉強して、友達とありふれた事を話して帰るだけ。確かに、友達との会話は退屈しないし楽しい。しかし、オレは人生を変えてしまうくらいの転機を欲していた。ラブコメも、学園内での決闘も何もない、そんな人生は火に燃やしてしまいたい。
きっと、あの夕日の様によく燃える。
「なーに言ってんのよ、あたしが居るじゃない」
オレの隣から聞こえるこの声は決してオレの妄想でも幻聴でもなく、実際にオレの隣から聞こえてきている。
そのセリフを言った府内かなぎはオレの幼なじみでも可愛い妹でもなく、ましてや彼女でもない。それでも女子と下校できているから良い方ではないかと言う人も居るかもしれない。
その事実をオレは嬉しいと思えない理由が一つあった。
「お前こそ何言ってんだ。その気がないのはお前が一番解ってんじゃないのかよ」
府内かなぎはオレの友人であり、生粋の腐女子なのだ。男×男にしか興味がないようで、「あたしは女ではなく男同士の絡みを隣でじっと見つめる事のできる観葉植物よ!!」と、訳の分からない宣言をオレにしたことがある。それでいいのかお前は……。
「はははっ!お前みたいな喪女と一緒に帰ってもたのしくねーだろ。やっぱり胸の大きいおねえさんじゃないとな!」
「同意だ」
「だろう?」
「な、なにをー!」
喪女と言う暴言をかなぎに対して言っている短髪の男はオレの友人の川石 優。こいつは中学から文字通り腐れ縁のかなぎとは違い、オレが高校に入学した時にできたの友人だ。経験豊富そうな彼がどう見ても「モテない、冴えない、イケてない」の三拍子が揃ったオレ達と絡んでいる理由は、ただ単に彼が成績トップクラスのかなり頭が良い奴だからである。
「悪さをするのは楽しくない。その上、悪さしてる自分が格好良いと思ってる奴とオレはつるみたくないんだ」と彼は入学早々イケメングループからの誘いを断り、オレとかなぎが、偶然同じ高校になった事について話している所に無理やりフレンドリーに話しかけてきてくれたのだ。短めの茶髪にピアス穴が一つ耳に開けてあるが、ピアスは付けていない。
「酷い!あたしだって傷つくのよ!?それに脱げば結構あるんだから!」
「嘘こけぇ」
川石が言ったとおり嘘である。服の上から見ても解るくらいかなぎの身体は男を誘える出っ張りというものほぼがない上、くびれという凹みもない。まぁ、決して太っているという訳ではないのだが。三つ編みに厚めの眼鏡、規律正しく守られた膝まで伸びたスカート、地味な女の子の典型とも言える身形だ。
「ぐっ、こうなったら明日あんた達の絡みを書いた小説を学校中にばらまいてやる!」
「「それは頼むからやめろ」」
コイツの書くBL小説は無駄にリアリティがあり、その上描写がかなり生々しい。
「初めてかなぎに会った頃は普通の女の子だったのになぁ……」
かなぎが男色を見る趣味に目覚めたのは、中学の二年生。その転機までかなぎは人見知りで絶対に自分から声をかけない様な普通の女子だったのだ。それが今じゃオレ達の会話に合わせてオレ達を弄り返してくる。オドオドと会話の返事をしてくれるあの時の影も形も無い。無いというかグシャグシャに腐り溶けている。
「うわっ、どうでもいいこと覚えてるわねぇ……。そんな昔のこと引っぱり出さないでよ。恥ずかしい」
いったい何が恥ずかしいのだろうか。
だがあの時、確かにオレはかなぎに人見知り過ぎて逆に損している気がすると思っていた。もっと他人と会い、会話した方が絶対に楽しい。
あと、オレはどうでも良いことだからこそ覚えられるのだ。勉強と全く関係のないゲームの攻略法は今でも覚えているというのに、世界史や日本史はどうやっても覚えられない。
道の角を曲がると、川沿いに出る。路地から見えていたものよりも眩しい夕焼けと、川に反射したその光がオレ達を出迎えた。自転車を使えば胡粉もかからない帰路を、オレ達はいつも徒歩で通っている。別に、三人全員が自転車を持っていないわけではなく、話しながら帰ることが当たり前になっているのだ。
「どうでも良いことだから覚えられるんだよ。お前だって呼んだBL小説がどんな小説だったか全部覚えられるけど、日本史なんかは覚えられないだろう?それと同じだ」
「確かに……」とかなぎはオレの例えに同意してくれる。本当に全部の小説の内容を覚えてそうで怖い。
「そりゃそうだな。オレも好きな女優のスリーサイズは全部覚えてるぜ」
それはそれで恐ろしい。こいつの女性の好みの幅はかなり広く、中学生から三十路までと主要範囲がオレの倍以上ある。中学生なんてオレにはどうやっても子供や妹にしか見えない。
その広い守備範囲の持った彼の好みの女優と言ったら、それはきっと大勢いるのだろう。そんなものを覚えるなら間違いなく円周率を覚えたほうがためになる。三桁しか覚えてないオレがオレよりも数倍頭のいい川石に言えることではないが……。
そうえばこの前オレの家へ来た時に「お前の母さん美人だな!」と彼に言われた時には戦慄した。まさか友人の母親まで自分の守備範囲に入れようとする彼が信じられなかったのだ。と言うか引いた。
道行く女性の身体を、彼はやらしい目で見てはニヤニヤと笑う。ひょっとしたらこいつ女性の身体をみただけでスリーサイズを言い当てられるんじゃ無いだろうか。
「あ、どうでもいい記憶って言えば……鬼灯、この前金髪の男にあんたのこと聞かれたんだけど」
「えっ?」
金髪の男?オレは金髪の知人なんて居ないけれど、ひょっとして小中学生の時の友人が金髪にイメージチェンジをして会いに来てくれたのかも知れない。
友人の中にも高校生デビューする奴は沢山いる。未成年だというのに酒を飲んでそれをネットにアップロードし、通報されて逮捕された馬鹿な奴もいる。全く、川石を見習ってもらいたいよ本当に。
「で、誰なの?あたしは彼があんたの彼氏っていう展開を希望する!」
「全く違うわ!知らないよそんな奴!」
かなぎが全く聞き取れない、と言うか人間の声なのかと言うほどおかしな感動詞を上げて落胆した。全く、人を勝手にホモに仕立てあげるのはやめていただきたい。しかし、かなぎも知らないなら少なくとも中学生時代の友人じゃないのかもしれない。
「まぁ、そん時は知らないって言っといたけどさ、かなり怖い顔してたよ?その人」
「怖い顔?」
「うん、何だかあたしがあんたの事を『知ってる』って答えたらその場で殺されそうな雰囲気してたもん」
なんだなんだ、イキナリおっかない話になって来たぞ。いつの間にオレはそんなに人気者になったんだ。悪さをしたことも恨みを買われるような事もしたことのない優等生で評判の鬼灯君だぞ。
よく「名前負けしてるね」って笑われるけれど(かなぎや川石にも笑われた)、そんな事を気にはしない。
そんな不穏な疑問が残ったままではあるが、それぞれの帰路が別れてしまう丁字路に着いてしまった。会話は途中だったけれど、どうせ明日もまた会える。オレの家は二人よりも遠く、川を渡った先に我が家がある。つまり、ココで彼らと別れなければならない。
「じゃあな、また明日」
「おう!」
「ばいばい」
二人と別れた後にいつも寄っていた橋の下に腰を下ろす。そこにはボロボロのダンボール箱があって、捨てられた白い子犬たちが身を寄せあって生きている。
「よしよし、いつもの持ってきてやったぞ」
あいつらと別れて少し進んだ所のコンビニでパンと牛乳を買い、オレは学校のある日は毎日こうして買ったものをこいつらに持ってきてやってる。
「はぁ……、こいつらがいきなりボインなお姉さんになって俺にあんな事やこんなご奉仕してくれれば……うへへ……」
そんなバカなことをを考えて我に返る。
子犬に欲情してどうするんだ……。さっさと餌をやって帰らなければ。今日は宿題があるんだ。
「じゃ、もう遅いしもう帰るわ」
子犬たちの頭を撫で、箱の中に戻してやる。周りはもう暗くなり、外灯がチカチカと点き始めた。その仄暗さに風が冷たく感じ、震える。
「今度、家の要らなくなった毛布持ってきてやるからな……」
そう言うと気のせいか子犬達が嬉しそうな顔をした。オレは冷たい風が入らないように、だけどちゃんと子犬たちが息が出来るように箱を閉じた。
その橋を渡って徒歩十分先に、オレの家がある。もう少しで着きそうなそんな時、その男は居た。いや、待っていたと言うべきだろうか。そいつはオレの事を睨みつけ、怒りと憎しみに満ちた目でオレを見る。
「……オレに何か用か?」
「用……だと……?」
改めてそいつの顔を見るがやはり知らない顔だ。瞳は燃えるような赤で金髪。海外留学生のようにも見えるが日本語がお上手そうな男だ。ひょっとしてコイツがかなぎの言っていた金髪の男だろうか。
「お前が私に……私達にしたこと……忘れたとは言わせんぞ……!」
お上手だった。しかしオレがコイツにしたことだって? そんなものには心当たりがないし、誰かにケンカを吹っかけたりした事も無い。そういう面倒な事はしたくない。退屈を嫌って、非日常への機転を望んだとしても、やはり厄介事には首を突っ込みたくないのだ。
「知らないな……。何かの間違いじゃないのか……?」
「………しらばっくれるな!!ルシファァアアアアアアアアア!!!」
マッチのように素早く左腕と右手を擦り合わせると、突如としてそいつの腕が燃え出した。左腕の白い制服が燃え尽き、筋肉質な腕が露わになる。その腕には肩から手首まで続く大きな刺青。燃え盛ったその腕でオレに向かってそんな怒号と共に何かを投げた。
「あっぶねぇ!!」
間一髪避けるも服の一部が焦げる。反射神経が良いわけでもないオレが、何故避けれたのかは解らない。暗かった中、投げつけた物がかなぎ達と歩いた時に見えた夕日と同じ綺麗なオレンジ色の光を放っていて、その軌跡が良く見えたからかもしれない。
「て、テメェ……いきなり何するんだ!!」
後ろから爆発音がして振り向く。さっき投げた何かがずっと後方の壁にあたり、爆発したようだ。コイツはい今、一体何を投げた?火炎瓶にしては爆発の威力がでかすぎる……。というか、そもそも火炎瓶は燃えるだけで爆発しない。ならダイナマイトか?
冷や汗のような何かが頬に流れる。汗ではなく血かも知れない……そう考えると同時に手にもべっとりとした汗が溜まる。
殺意と言うものは人に新鮮な恐怖感を与えると、そんな事を何処かで聞いたことがあるが、オレの頭の中は真っ白だ。何が起こって何をされたのかさえ分からない。左腕の炎はすでになくなっているが、右手の方は未だに燃え続けている。逃げなければやられる、そう思った瞬間オレの脚は回れ右のち、走ると言う行動を取っていた。
「……! 逃すか……!!」
後ろから再び大きな光。おれは咄嗟に丁字路を曲がり、後ろを見ずに走る。爆発音が聞こえた。多分、丁字路を曲がったことでなんとか避けることの出来た二個目の火の玉が、流れ弾としてまたどこかにぶつかったのだろう。あんなもの、そう何度も避けられる気がしない。
向かうところはあの橋の下。そこに隠れればやり過ごせるかもしれない、とオレは必死になって走る。次々と爆発音が聞こえるが、その爆発音はオレが走れば走るほど、確実に遠のいてきている。それが単にオレを外して遠くに当たって鳴り響いた音なのか、実体にあの男との距離が開いているからなのかは、後ろを見ずに走っているから定かではない。
必死に走っていると、目的地である橋に到着する。後ろを見ず半ば飛び降りる感じで堀を下っていく。子犬達がいる橋につき、下に飛び降りて息を潜める。
「ハァ……ハァ……。何なんだよ一体……」
ふと、奴が呼んだオレの名前を思い出す。オレの名前は節嶐だ。だが、『ルシファー』と確かにあの男はオレをそう呼んでいた。
「知らねぇよそんな奴……やっぱり人違いじゃ――
不満を言葉にし終わる前に、オレは言葉を止める。
コツ、コツと革靴が地面を蹴る音が聞こえてくる。あの男が着ていたのは都内にある有名な私立高校の制服だ。上も下も白色の制服で、靴は確か革靴指定だったはずだ。こんなことにもオレのどうでもいい様な記憶力は発揮された。息を潜め、唾を飲む。
数秒後、舌打ちが聞こえた。
「逃がすものか……ルシファー、今度こそ、今世こそこの勇者が……魔界とは別の冥土に送ってやる……!」
恨みが塊になった様な声と共に、靴音が遠のいていく。息を潜めていた間、肺に溜まっていた息を吐き出す。走って息が荒いのに息を止めていたせいか、酸欠を感じて前の景色が歪む。どうやらやり過ごせたようだ。
――回想シーン終わり。漫画で言うなればコマの外が黒く塗りつぶされているページである。襲われていると言っても、もうなんとかやり過ごせたんだけどな……。
「ハァ、良かった……ッッ――」
安心した途端。腕に痛みが走る。最初の一撃を避けた時に、どうやら肘を擦りむいてしまったようだ。制服が破けて滲んだ血が痛みをより鮮明なものへと変えている。
隣の箱を開けて、子犬達の様子を見る。身を寄せ合い、潤々と瑞々しい瞳はオレを静かに見返している。遠くから爆発音がすれば犬達だって怖がるだろう。
「ゴメンな、毛布はまだだ……」
今日二度目の日課を終え、今日のことを親に話して警察を呼んでもらおうと帰ろうとした時、川の向かい側に人影に気づく。逃げていた途中、道を照らしていた月明かりはいつの間にか雲の所為で消えていた。
「見つけたぞ……」
さっきの金髪の男だ。一体いつの間に居たのだろうか。そいつの赤い目からは未だに殺気が出ている。
「なっ……」
その男は川の上を歩いてきた。そいつの靴が特別製って訳でも何でもない。ただ単に水に触れず、まるで見えない何かを土台にして、コツコツと靴を鳴らしながら渡ってくる。
「観念しろ。もう逃げ場は無いぞ……」
「何なんだよ、お前は……!オレはルシファーなんかじゃない!オレの名前は鬼灯だ!!」
「……? まさか貴様……記憶でも消えたのか……?」
記憶でも消えたのか――だって?どう考えてもお前の記憶が継ぎ足されているだけなのではないのか?さっきから奴の言っていることがさっぱり分からない。
「まぁいい……楽に殺せるから逆に好都合だ……だが貴様に勇者に殺されるという屈辱を感じさせる事が出来ないと言う事は残念だがな……!」
奴の右手が右腕の刺青をなぞり、再度燃え始める。後ろには壁、横に逃げても堀があって、上がりはどうしても脚が遅くなる。そうなればあの火の玉は避けられないと死を覚悟した――
「ぐっ……何だ……?」
箱から出てきた子犬が金髪男の脚に噛み付いている。その一匹は箱のなかで最もオレに懐いてくれた一匹だった。
「お前ら……!!」
「……魔王に従う愚かな生命よ……」
奴は舌打ちし、噛み付いた子犬を蹴り飛ばし、腕の炎も大きくなった手を高く振り上げる。……まさか――
「まずは貴様等から……!引導を渡してやる――!!」
「やめろぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
人を殴ったのは、子供の喧嘩の時ぶりだろうか。殴った手が痛む、だがオレはこの男がしようとした事を見過ごせなかった。オレを守ってくれた子犬を燃えた手で攻撃しようとした金髪男は大きく後ろに飛ばされた。くっ、もう少し強く殴ってれば川に突き落とせたというのに……。
「テメェがオレにどんな恨みを持ってるか知らねぇけどな……こいつらには!!何も関係ないじゃねぇか!!!」
オレはこんなに熱い性格をしていたのか?いや、違うはずだ。死を覚悟すると人間何をしでかすかわからない。
「貴様は……!!」
「殺るなら、オレだけを殺れよ!!!」
「ならばお望み通り……魂もろとも消し炭にしてくれる!!」
金髪男が起き上がり、腕に大きな火の玉が出来上がる。こんなところで死ぬなんて、とんだ不運だ。でも、それでも子犬達を守れて良かったと、そう思って目をつぶる。目を閉じていても、見えてくる炎の光。
「ぐっ……!!」
打撃音……?しかし、オレの方はなんともない。声を上げたのもオレではない。覚悟を決めたのに何も起きていない。痛みもない。恐る恐る目を開けるとそこには――
「……お怪我はありませんか。我が主―― ルシファーよ!」
犬耳とふわふわの尻尾のついた、半裸の白髪の美少女が立っていた。
更新日:毎週、月水金を予定
(初回のためプロローグと第一章の一話目を更新)